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二十九話

 アッシェン王国の壮大なシャンデリアには電気が使われているらしい。

 ブランシュ王国では係の宮廷魔術師がいまだにロウソクに本物の火を灯していくのだ。

 ロウソクと比べると、格段に明るく見える気がする。光量が多い分、ガラス細工に光が多く反射して、煌めき方も豪華だ。

 きれいだなあ、天井を見上げながら現実逃避をした。


「まあ、魔女さま。とてもちいさくて、おかわいらしいのね。まるで、わたくしの妹のようですわ」


 案の定、アーノルドが挨拶回りをしてくる、と少し離れた隙に、先ほどの娘の集団がやってきて私を取り囲んでしまった。

 一人が声をかけたのを皮切りに、わらわらと集まってきたのだ。

 若い娘たちの瞳は好奇心で輝いている。


「まあ、魔女さま。御髪がまっくろでいらっしゃるのね。さらさらだわ」

「魔女さま。あたくし、魔法に興味があるの。呪いってほんとうに存在するのかしら」


 口々に適当なことを言って褒めそやしたり、願望を口にしたりする。

 しかし、その目的が別なところにあるのは明白だ。

 ひっ。寄るな。触るな。近寄るなあっ!!

 私のそんな心の声など、もちろん聞こえてはいない。


「あたくし、この国には魔術師があんまりいないのを残念に思っていましたの。お会いできて嬉しいわ」

「ねえ、その御髪に特別な力が宿るときいていたのだけれど、もしよろしければ少し分けていただけて?」

「あら、髪の毛だったの? わたくし、爪ときいてよ」

「イヤです。宿りません。さわらないで」


 こういう注文は即座に断らないと、後がめんどくさい。

 魔術に疎い人間のなかには、魔女の体には特別な力が宿ると勘違いしている者がいたりする。パーティに出て、私を無視しない者、積極的に関わろうとしてくるものは大抵こうした人間だ。

 貴族の令嬢だから願望を口にする程度だけど、その目に宿る光は剣呑だ。

 アーノルドはまだだろうか。

 ああ、誰か偉そうな人と話している。

 もはや戦くしかない。


「お飲物はいかがですか?」


 突然、給仕が話しかけてきた。

 彼の方を見ると、お盆がちょうど目の高さにあった。相手の背が高いのだ。盆の上には薄緑の液体に満たされたグラスが並んでいる。

 話しかけられた令嬢たちの空気が一気にはりつめた。


「まあ、あなた。給仕のくせに話しかけてくるなんて不躾ではなくて?」

「そうよ。マナーいうものをご存知ないのかしら」


 無作法に令嬢たちがまなじりをつり上げている。

 しかし、騒ぎが大きくなってはまずいと考えたのか、そのうちの一人が取りなし始めた。


「まあまあ。いいではありませんか。許して差し上げましょう。きっと新人なのですわ」

「まあ、それでは示しが、」


 あからさまに反駁した令嬢が、給仕を見る。


「…あら。…そうね。だれにでも間違いはありますものね」


 どうやら意見を変えたらしい。


「あなた、お名前は?」


 周りの令嬢も口々に好き勝手なことをいう。

 しめた。

 興味の対象が私から逸れている。

 その隙に、そうっと輪から離れた。

 さいわい、誰も気がついていない。

 人をかきわけ壁際にたどり着くと、備えられた椅子にどっかりと腰を下ろす。疲れた。さらって来たシャンパン入のグラスをぐいと飲み干し、脇のテーブルに置いた。

 なにやら上手いこと令嬢たちから逃れたらしい先ほどの給仕も、壁の毒花となった私を追って来たらしい。すい、と盆を差し出す。


「お一ついかがですか?」

「いや、飲み物は…、ん?」


 顔を見上げてよくよく眺めて見ると、それは赤ずきんだった。

 給仕の恰好をしているが、赤ずきんだ。

 驚いた。


「なにしてるの? 頭巾は?」

「ししょー、ひどい! 助けてあげたのに、俺のこと気付いていなかったでしょ。もしかして俺のこと頭巾で判断してるの?」

「いや、いるとは思わなかったから…」


 黒いズボンに、白いシャツ。ネクタイまで締めている。

 どこからどうみても給仕だ。

 なにをしているのだろう。


「ししょーもてるんだねえ」


 しみじみと赤ずきんが感嘆する。


「あれをもてると言うなら、私は一生もてなくていいな…」


 ため息をつく。

 息を吐ききって、彼に問う。


「で、どうだった?」

「白いネズミを追っていたら城に戻って来ちゃったんだ。で、ついさっきまでうろうろしてたんだけど、今日は忙しいのに何しているの、って捕まっちゃって。言い訳するヒマもなく、この衣装を渡されたんだ。間違えられちゃったみたい」


 こまったね、とすっとぼける赤ずきんに開いた口がふさがらない。


「あんた…」


 どうしたらそんな間違いが起きるんだ。


「でも、ネズミはたしかに城に戻って来たんだよ」


 赤ずきんは一日をかけて街の中を一周してきたということだ。それは、つまりネズミに魔法をかけた人間はこの城にいるということだ。

 それは大いにありうることだった。

 王はここに魔術師はいない、としきりに繰り返したが、確実に一人はいるだろう。私はすでにそれに出会っている。


『あの人だよ』

『そうだ、きっとあの人だ』


 壁際の椅子にもたれる私の耳に、声が聞こえた。

 人が大勢集まる騒がしいパーティで、肉声がこんな明瞭に聞き取れるワケがない。

 魔力で作られた声だ。


『白いネズミ、あたしもほしいなあ』

『たのんでみようよ』 

『そうだ。たのんでみよう』


 人の縫い目の向こう側から、幼い男児と女児が手をつないでこっちを伺っているのが見えた。背丈も、見た目もそっくりだ。兄弟なのだろうか。合計よっつのくりくりとした瞳がこちらに向けられている。

 貴族の集まるパーティだというのに、彼らはまるで農民の野良着のようなものに身を包んでいる。しかし、その異質な恰好にも関わらず、誰の注意も受けていないようだった。

 他人には見えていないのだろうか。


『あ、こっち向いた』

『逃げなきゃ』

『逃げなきゃ』


 なにが可笑しいのだろうか。いたずらっ子そのものの、からからとした笑い声をあげると、はしゃいでくるくると体を動かす。

 近くの招待客に体がぶつかりそうになって、慌ててもう片方が手を引いた。


『いいつけやぶったのがばれたら、おこられちゃう』

『こわい、こわい』


 ビール腹の中年の男が一瞬視界を横切ったのち、二人の姿が見えなくなった。


「今の子たち、ししょーを見てたね」


 赤ずきんが言う。

 どうやら彼にも見えたらしい。


「幻覚だったらいいのにって思ったよ」


 夏だというのに、背筋が逆立った。


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