二十六話
「え。ほんとうに、ここ?」
戸惑うように揺れる赤ずきんの言葉に、実体を持たない白ネズミがちゅう、と返事を返す。
少女と別れた後、赤ずきんは街を大回りし、結局再び城に戻って来たのだ。天にも届くだろうかという背の高い城が、赤ずきんの眼前にはそびえ立っている。
使用人たちの出入り口までたどり着く。時折、お仕着せを着た女給たちが扉をぱっと開けては、木桶に入った灰色に濁った水を排水溝に捨てては、忙しそうに中に戻って行く。
赤ずきんは白ネズミに話しかけた。
「一日中走り回ったのは何のためだったのさ」
がくりと肩を落とす赤ずきんに、ちゅうと再び返事が返る。
「きみ、もしかして意味を理解しないで、適当に返事をしているんじゃないだろうな」
半眼になって白ネズミを見遣るが、案の定、返事はちゅう、だった。
やれやれ、と背を伸ばした時、こつん、という足音がした。その瞬間、ネズミの姿が掻き消える。
ついで、声がかかる。
「あれ、一人でなにをしているんですか?」
「散歩だよ。お兄さんこそこんな所で何をしているの?」
アーノルドが赤ずきんの背後から現れる。
「偶然ですね。俺も、散歩ですよ」
普段の騎士服ともまた違う、服を見慣れない赤ずきんでも分かるほど、一等上等な服を来ている。
その上、糊が利いている。
その香りが赤ずきんまで伝わる。
「散歩?」
「ええ」
にこにことアーノルドが頷く。
「そうなんだ。もっとお兄さんって忙しいのかと思ってたよ」
「まあ、それなりに忙しいです。息抜きです」
赤ずきんが小首を傾げる。そして、アーノルドから距離をとる。
「そう。じゃあ、僕はもう行くけど」
「あれ、まだ俺のことが嫌いですか? 仲良くなれたと思ったんだけどなあ」
そっけない避けるような態度に、アーノルドが戯けたように肩を竦める。
見透かされて、赤ずきんは口をもごもごと動かした。
「お兄さん、ヘンだから」
アーノルドは意外だ、と顔で大げさに表した。
「そんな風に言われたのは初めてです」
あやすような言い方に赤ずきんは口を尖らせる。
「僕の知っている人間とおんなじ感じがするよ。お兄さんは、危ない」
「そうですか。もしかして、それが俺をあなたの師匠から引き離そうとする理由ですか? だとしたら、それはこまったなあ」
アーノルドがぽりぽりと頬を掻く。
赤ずきんはそっけなくアーノルドの言葉を否定した。
「別にそれは関係ない」
赤ずきんは後ろ手で扉を開く。
いつの間にか移動したらしい白ネズミが、扉の向こう側でヒゲをひくひく動かして赤ずきんを待っている。
「へえ」
アーノルドは口の端をつり上げると耐えきれなくなったのか、ぶふっと吹き出した。
「それはいいですね。あなたがライバルですか」
じろりと赤ずきんが不満そうにアーノルドを睨む。
しかし、彼はそれを意に介さず、いかにも機嫌がよさげに笑うと、赤ずきんに告げた。
「そこから使用人以外の外部の者が入るのには許可がいるんじゃないかな」
「そうなんだ…」
困惑する赤ずきんにアーノルドが重ねて助言する。
「侍従長に会いに行ってみては。この扉から入って右側の脇の部屋にいると思います。城の中をそれなりに自由に動き合われるようになれると思いますよ」
「お兄さんは来ないの?」
「俺は、他にも仕事がありますんで」
「分かった。行ってみる」
「がんばって」
「ありがとう」
にかりと赤ずきんが笑う。
内側に入った赤ずきんが扉を閉める。
最後までにこにことアーノルドが笑みを浮かべていた。




