二十五話
犯罪が起きた時、犯人確保に功を奏すのは地道な捜査だと言う。
かくいう私も、その地道な捜査とやらをしていた。
怪しい。
あまりにも怪しすぎるのである。
灰被り嬢の周囲は異常に満ちている。
灰被り嬢自身が立て続けに起きているという異常事態を引き起こしたのだと言われたら首を捻らざるを得ないのだが、それでも彼女は充分怪しかった。
とにかく異常事態に関連しているらしき魔法の網に彼女が引っかかっていることは確かで、魔女の勘がこれにはなにか奥深い問題があるぞ、と私に告げていた。
まず、彼女の周辺の人物たちもどこかしっくりこない。
マルティナの態度は腑に落ちないし、噂に聞く継母たちの情報はもっと腑に落ちない。
灰被り嬢がマルティナに継母たちと義姉たちの居場所をいかにもおそるおそるというように伺った時、てっきり私はその継母というのはとんでもなく怖い母親なのかと思ったのだが、噂ではまるで聖女のようにやさしい貴婦人ということらしい。二人の義姉たちも慈善活動に精を出す、まさに民に誇れる貴族のなかの貴族なのだそうだ。
本人たちをいまだ私は知らないわけだが、それでもとんでもなく腑に落ちない。
だから、義母と義姉たちの地道な聞き込み捜査とやらを私はしている。こんなのは魔女の仕事でも、薬師の仕事でもないが、気になるのだから仕方がない。
まず話を聞いたのは、長い間かの邸宅の庭の面倒を見ているという中年の庭師だった。
なんでも、もともとは義母の初婚時の相手の男性に雇われたらしく、二十年以上も働いているのだそうだ。
頭髪の半分以上が白髪で覆われた、なんとももっさりした男性である。
その険しい目つきで人嫌いを表現し、反面、そのヒゲで覆われた口元はなんとも寂しそうに孤独を現していた。どこにでもいる偏屈そうな中年男性だ。
こういうひねくれた手合いになぜだか私は好かれる事が多い。
赤ずきんを送り出した後、腰痛に効く薬を携え、彼の町外れにある自宅を訪問し、嘘と真と大弁説を垂れ、自慢だと言う大きな庭に招かれることに成功した。
庭に揃えられた簡素なイスに腰掛けながら、根掘り葉掘り聞き出す。
白髪まじりのヒゲをいじり回す庭師は見かけによらず案外おしゃべりだった。
ごわごわとした表情に比べると、その語り口は軽快だ。
人に飢えているのかもしれない。
「あの姫サマもかわいそうな人なんでさあ」
訛りまじりに庭師が言う。
「お姫さま、というと、なんでしたっけ、ああ、そうだ。その灰被嬢という方が?」
「いやいや、嬢ちゃんの方じゃねえよ。あれだ、奥方のほうだあ」
「なるほど、奥方さまにも確かに姫さまと呼ばれた時代があってもおかしくはないですね」
「実際にあったのさあ」
うんうん、と庭師が頷く。
しかし、ふと真顔になった。
「なんだい、薬師さん。ゴシップが好きだあね。おれあ、なんだか喋りすぎているような気がするよ」
口は軽いが、誠意あるいは忠誠心はそれなりにあるらしい。
「いいじゃあないですか。一旦話し始めたならおしえてくれないと。気になるじゃないですかあ」
「調子いいなあ。そんなに急かすなって」
続きが話したくて仕方がない、言葉とは裏腹にそんな表情をしている。
「いいか。おれも詳しいことは知らんのだがね」
そう前置きして話を始める。
「よくある話さあ。姫サマが結婚する前の話だ、最初の結婚前、どうにも恋人がいたんだそうだ。ところが、親は強引に結婚相手を決められたらしい。そうじゃなくってもその恋人との結婚なんて許されなかっただろうがね」
「その恋人は貴族ではなかった、とか?」
「おお、分かっているじゃないか。そうだよ、相手は一介の商家の息子だったのさあ。結婚しろと言われた姫サマは、とうぜん、大反発さ。いくら貴族でも若い娘だよ。いやなものはいやだろうさね。姫サマは譲らなかった。でも、親の方も譲らなかったんだ。貴族の務めとはなにか、そうしたことをくどくどと連日言い聞かせた。それでも姫サマは諦めなかったが、どうにもならんかったのさあ。なにしろ若い娘だったからな。それに、飢えた領民のためだと言われりゃあ、貴族様なら来ないわけにもいかないだろ」
それが貴族ってもんなんだろ、としたり顔で頷く。
「詳しいですね」
「なに言おう、それが俺の仕事先だったもんだからな。それに、姫サマがお屋敷に来た時は、そりゃあもうその話が流れたもんだ。姫サマも気の毒だが、旦那サマも姫サマを嫁にもらったことだけは気の毒だったなあ。とくに姫サマは若くてお美しかったものなあ」
庭師が遠い所を見つめる目をする。
彼も二十年前にはその高貴で美しい姫君に懸想していたのかもしれない。
「そうしてお屋敷にやってきたんだが、ウチの旦那サマもまあ、なんというか特殊なお方でね。姫サマよりだいぶ、歳上だったんだが。いろんな意味で姫サマは苦労なさっていたよ。仲は最悪だった」
同情するような口調。
ほう、と庭師が息を吐き出す。
「なにが起きたんです?」
「それは、いくら俺でもいえないな」
なるほど、口に出すのを憚るようなことをする男性だったのかもしれない。
それが当たっているかどうかは分からないが。
「旦那サマが亡くなった時、俺は悲しかった。幼い頃は一緒に遊んだりもしたもんだしな。同時に、ほっともしたもんさあ。姫サマはこれで自由になれるってな」
「再婚もなされたそうじゃないですか」
「そうなんだよ。とてもお優しい良い人だったよ。お相手も、連れ添いをなくして、女の子を一人で抱えていたんだ。頼りはねえが、優しそうな感じだったな。傍から見てても、仲睦まじいご様子で安心したものさ。ところがあっけなく死んでしまって…」
「星の巡りが悪いと言うか、なんというか」
「なんだろうねえ。姫サマは運がちょっとばかし欠けているのかもしれないな」
庭師が額に皺を刻み、深刻な面持ちをする。
その彼の意識を呼び戻したのは、あなた、あなた、ちょっと手伝ってちょうだいと家の方から彼を呼ぶ声だった。
彼はそれに返事をしてから、私にすまないなあ、と言った。
私は首を振ってそれに答える。
そして椅子から立ち上がる。
「そろそろお暇を」
「ああ、そうかい。悪かったな。長話につき合わせちまって。薬の代金はいくらだ?」
タダでもいいぐらいだが、貰えるものは貰っておこう。
あくまで彼の中の私の立場は薬師なのだから。
「貴重なお話を聞かせてもらいましたからね。お安くしときましょう」
にっこりと笑って、指を五本指し示した。
「むう、ちょっとばかし高くはないかい」
庭師は難問に直面した学生のようなうなり声をあげた。




