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二十四話

「ネズミの記憶を追う?」

「そう。君の協力が必要」


 赤ずきんが私の言葉にこくこくと頷く。

 たまに理解しているのか心配になるが、きっと大丈夫だ。うん、多分。

 部屋の隅に置かれているカゴ。その中に閉じ込められてきゅーきゅーと哀れな声を上げる一匹のネズミを指差し、シルバーの指輪を赤ずきんに見せた。


「あれから強い魔力の残滓を感じる。魔法の術式に直接関与している可能性が高い。つまり、影響を受けて行動が変化しているんじゃなくて、術式そのものに組み込まれているってことね。だから、私が調べている件に関与した魔法使いの顔を知っているかもしれないんだ」

「うーん。わかった!」

「そう、ありがとう」

「…あれ、でも。直接ネズミから記憶を抜き取ってそれを視ることってできないの?」


 当然の疑問だ。

 私はそれに首を横に振って答える。


「それが魔法も万能とはいかなくて。他者が誰かの記憶を勝手に覗き見るのには、その記憶された場所にいる必要があるんだ。だから、悪いんだけど、お願い出来る?」

「もちろん」


 赤ずきんがにかっと笑って、了解のポーズをとる。


「この指輪にネズミから抜き取った記憶を篭めておいた。最もあたらしいものから古いものへと順に再生されるはず。これで、このネズミがどこから来たか、探って欲しい。ただ急がなくていいから、ケガはしないでね」

「了解! まかせておいて!」


 元気のいい返事。


「ふふ、頼もしいね」


 赤ずきんをイスに座らせ、背後に回る。

 細身のチェーンに通した指輪。まん中にはルビーが埋め込まれている。チャーンを、首の後ろに通し、留め金をかける。


「いい。この指輪をけっして手放してはいけないよ」


 赤ずきんがまた、こくこくと頷いた。

 きらきらの麦畑のような金色の髪を手で梳く。

 ついでだから彼の頭に頭巾を被せた。頭の後ろで布の端同士を結び合わせる。

 いつも通りの赤ずきんが完成した。


「さあ、いってらっしゃい」


 部屋から駆け出して行く赤ずきんを見送り、廊下から冷気の差し込んでくる扉を閉める。夏だというのに、朝は寒い。

 部屋に戻ると、テーブルに置かれたマグカップから、ココアが湯気を放っている。起き抜けに赤ずきんが淹れてくれたものだ。

 それを持って窓際に寄る。

 下を見下ろすと、朝靄が城下の街を包んでいた。

 ああ、眠い。





 朝靄の中。

 城の庭から抜け出した、さらにその先に周囲に広がる草むらで、赤ずきんは大きく伸びをする。

 城のなんだか篭った空気に比べて、外の空気には流れがあり、ひんやりと肌を刺す冷気は却って心地よく感じられる。

 動きに合わせてかしゃかしゃとチェーンにつながった指輪が揺れた。

 それを指で摘んでみる。

 そして、こまったな、と眉根を寄せる。


「ししょー、これが行き先示してくれるんじゃなかったの?」


 そう。

 指輪が行き先を提示してくれないのだ。


「寝ぼけてたから、べつの道具わたされちゃったのかな…」


 唇を尖らせる。

 昨日の師匠はなんだか変だったな、と思い出す。

 彼女がよく寝ているのは確かだが、あんな風に疲れきっていることは珍しい。疲れていたから変だったのか、変だったから疲れていたのか。

 きっと、両方に違いない。

 一人頷く。


「うーん」


 もしかして仕掛けでも隠されているんだろうか、と指輪を上に掲げ、目を細める。

 その指輪に、霧の隙間を縫って光が差し込み、指輪が光を反射して煌めいた。

 すると、埋め込まれた石が周囲の靄を吸い取るようにして、ゆるゆると空でまとまり出す。そして一つの形を成した。

 それは大きなまっしろなネズミだった。

 目の部分がルビーのように紅い。

 そのネズミが空を掻き、やがて地表に着地した。

 それは赤ずきんが出発前に見たカゴの中のネズミとそっくりだった。ちがうのは毛皮の色だけだ。実物はまるで炭のような薄い灰色をしていた。

 ネズミがチュウと鳴くと、その小さな瞳で赤ずきんを見た。


「ついてこいって、ね」


 少年は真っ白なネズミを追って、勢い良く駆け出した。

 ネズミが横に縦に街の中を駆け抜ける。

 赤ずきんは見失うこともなく、それを追って行った。

 中心街を通り抜ける。やがてたどり着いたのは、先日迷い込んだ高級住宅地の一帯だ。

 街路樹沿いに走る。


「あ…」


 足を止める。

 赤ずきんの耳が、女の声で誰かがすすり泣いているのを拾ったのだ。


「ちょっと待ってて」


 赤ずきんが白ネズミに声をかける。

 ネズミはチュウ、と返事をした。

 霧でできているのに、どうして鳴けるのかふしぎである。

 そろりそろりと忍び足で音の方に近寄る。

 その音の発生源は角を曲がった先にいた。

 こんな朝早くだというのに、なにがあったのだろうか。それは女の子だった。巨大な街路樹下のベンチで打ちひしがれるようにして泣いている。

 その金色の髪色に、赤ずきんは先日出会った買い物帰りの少女を思い出した。


「だいじょうぶ? なにがあったの?」


 もしかして、と赤ずきんが尋ねる。

 膝に顔をうずめていた少女が、赤ずきんを向く。


「あなたは、…この前の」


 瞳から溢れる涙のせいで、目のふちが赤くなっているものの、たしかにそれは赤ずきんにシュトーレンと言うケーキをプレゼントしてくれた少女だった。


「なんだか、こういう時にばかりお会いするのね」


 ほろほろと涙を零しながら、少女が諦めたように笑う。泣いているのにあえて笑おうとする歪な笑みだ。


「誰かに、襲われた?」


 赤ずきんはさっと彼女の様子を確認するがそれらしい怪我は負っていない。案の定、少女は首を横に振る。


「誰かが君にひどいことをしたの?」


 赤ずきんの問いに、少女は哀しげに首を振った。


「分からない。分からないわ」

「泣いているのに?」

「だって、ほんとうに分からないんだもの」

「そっか。それなら、きっと哀しいんじゃないかな」

「…哀しい?」

「なにかが哀しいから、君は泣くのかもしれない。それとも、もしかしたら、なにかがおそろしいのかも」

「そうかもしれないわ」

「それとも、うれしいの?」

「それは、ちがうんじゃないかしら」


 どこか他人事なことば。

 少女はしゃくり上げる。


「わたし、婚約しているの」


 それは唐突な告白だった。


「そうなんだ」


 赤ずきんはただ言葉をそのまま受け止めて、思ったことをそのまま口にした。


「聞かないのね」

「なにを?」

「いやじゃないのかって」

「いやなの?」


 少女は再度首を振る。


「うれしいわ。それなのに、涙がとまらないの」


 そう言って、また泣き出した。

 朝の街に少女のしくしくと泣く音だけがこだまする。


「わたしなんかではあの方にふさわしくないもの」

「だれがそんなことを?」

「だれって、そんなの…決まっているわ」


 ぶるぶると少女が震える。


「わたし別にきれいじゃないし、ほかにきれいな人ならたくさんいるんですもの」

「その恋人は君を選んだんでしょう?」


 大きな瞳の表面に水分の膜ができる。


「でも…、誰でもよかったの、きっと。でも、わたしが欠けている人間だって、気がつかなかったのね」


 赤ずきんは一瞬、師匠に相談しようか、と考える。

 しかし、その案はすぐに却下された。

 代わりに赤ずきんはずい、と近づき、灰かぶりの手をにぎる。

 そして、言葉を紡いだ。


「あの、そんなに泣かないで」

「…ごめんなさい。こんなんじゃいけないわ、わたし」


 赤ずきんが首を振る。


「ちがうよ。そうじゃない。でも、僕、思うんだ。きっと、この街にいる人間で、一番魅力的なのは、綺麗なのはきっと君だって。だから前を向いて。胸を張って。」


 話しているうちに徐々に赤ずきんの言葉に力が篭る。


「恋人が君を選んだんじゃない。君が恋人に選ばせたんだ。うん。そう思った方がたのしいよ!」


 溢れるような言葉にか、勢いにか、少女は目を見開いた。

 ぴたりと涙が止まる。


「…ふふ。おもしろいこというのね」


 そうして終いには苦笑した。

 ありがとう、少女が礼を言う。

 その拍子に、その大きな目からほろりと雫が零れたのだった。


「あなたが、王子さまだったらよかったのに…」

「え…?」


 思わずと言ったようにこぼれ落ちた言葉に、その意味を計りかねた赤ずきんが問い返す。


「いいえ、なんでもないいわ…」


 少女はまた、はかなげな笑みを浮かべた。


「また、あなたに会えるかしら…?」


 少女の言葉に赤ずきんは笑顔で返事をする。


「もちろん」


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