二十三話
城の窓から直接自分の宛てられた部屋に戻る。上階のおかげで格子がはまってなくてよかった。
急に体が疲れを認識する。ベッドまで行くのもだるい。遠い。
どうせここは城だ。綺麗に掃除されている。
そのままごろりと横になる。石の床がひんやりして気持ちがいい。
灰被り嬢。
灰被り嬢には魔法がかけられている。
そして、それは彼女の魔力を原動力にして動いている。
だけど、それが何だというのだろう?
耐えきれない睡魔が襲って来て、そのまま眠りに落ちた。
夢を見た。
燃え上がる炎。
子守唄。この唄。私は知っている。
寒い。寒い。
甘い香り。
現が幻で、幻想が現に。
私は森の中をずっと歩いている。
隣にいるのは誰だろう?
私はその人と手をつないでいる。
手のぬくもりが私を安心させる。
ところが、突然。
私は足下の泥沼にはまり込んでしまい抜け出せなくなってしまった。
足から腰へ、腰から顔へ。ついには鼻の下へ。抵抗しているのにぶくぶくと沈んで行く。息ができない。こわい。苦しいのはイヤだ。
たすけて、ついに洩らしたその言葉は声にならず空気をなって出て行った。
恐怖。それから弛緩しきった絶望。
ずっとずっと沈んで行く。もう何もかも見えなくなってしまった。あんまりにもどうしようもなくなって、私はなんだか安心して胎児のように丸くなる。
このまま、ずっとこうしていられたらラクだろうなあ、と夢の中の私は思うのだ。
それなのに、声がした。
私をひっぱりあげようとする声だ。
「————う」
それは、私にとってもっとも警戒するべき声で、蠱惑的な声。
「ししょう!」
意識が急激に浮上する。
「あかずきん」
私を覗き込む顔がそこにはあった。
「なにしてんのさ。こんな所で寝ちゃダメでしょ!」
「…え、うん。ごめん」
頭がしびれる。
存外、体が冷えていた。
赤ずきんの手が暖かい。
「連絡もしないで。まったく、なにかがあったのは俺じゃなくて、師匠の方じゃないか」
赤ずきんが意味の分からないことをぶつくさと言う。
「ごめん。連絡しそびれた」
体を起こす。
なんだか喉が乾燥してはり付いた。
もしかして口を開けたまま寝ていたのだろうか。
「まったくもう」
なんだか懐かしい夢をみていたような気がする。
赤ずきんがすっと立ち上がる。
「ししょー、お茶でも飲む?」
「うん」
「ほら。ソファに移動して」
窓の外を見ると、陽がくれかけている。
結構寝ていたのかもしれない。
ソファに身を埋める。
どういう素材を使っているのか、体半分がすっぽり包まれた。
水に揺蕩うようで、心地がいい。
「…なんか疲れた」
「あんなところで寝るからだよ」
かちゃかちゃと陶器のふれあう音がする。なんだかその音に安心した。
赤ずきんがこちらに背を向けて作業している。
「まったくもう、倒れてるのかと思って心配したんだからね」
「ごめん」
「どこに行ってたの?」
「うん。調査に」
「なんのさ?」
ゆらゆらと足を揺らす。
ふと赤ずきんに問うてみた。
「赤ずきん」
「なあに?」
「仮に私が死んだとして」
「え、師匠。死ぬの?」
「死なないよ。で、死んだとして、もし私と別の性別で、そっくりな個体がいたらどうする?」
「ええと、どういうこと?」
「そう、…たとえば子供がいたらどうする。この場合は、男の子」
「え?」
「子供はいないよ」
「違くて。ぼく、いや、俺がどうにかしていいの、それ?」
「いいよ。むしろ、接する必要に迫られたと思って」
もし赤ずきんが子供を育てるような機会があれば、その子供もきっと屈強な猟師になるに違いない。
赤ずきんが私に振り向いた。
窓から光が差し込んでいる。
夕日に照らされて、その髪がオレンジに染まっている。
「きっと大事にすると思う」
あっさりと肯定する。
「自信満々だね。私と子供は別個体だよ」
赤ずきんがカップを二つ手にとってソファにやってきた。当然のように私の隣に腰を下ろす。
「はい、お茶。だって、師匠に子供がいるなら、きっとすごく大切にしているもの。僕も大切にしたい」
「そう」
いつか恋人ができたとして、赤ずきんは今と同じように、同じ言葉を言えるだろうか。
大抵の人間にとって赤ずきんの存在は、あまりにも眩しい。
後ろ暗いところがある人間が今の彼の返答を聞いたら、目を伏してしまいたくなるに違いない。
まっすぐなことば。まっすぐな視線。ある種の人間にとって、それは凶器だ。
「君に有り余っているその自信、少しは分けてやれればいいのにね。ありがとう」
赤ずきんが首を傾げた。
「師匠どうしたの?」
「ごめん、なんでもないんだ。…ところで赤ずきん。ひとつ、願い事を頼まれてくれる?」
「うん、なになに? 任せといて!」
かわいらしい赤ずきんを、怖がらせてしまわないよう、私はできるだけ優しくほほ笑みかけた。
「記憶を辿ってほしいんだ」




