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二十話

「申し遅れました。わたくし、この屋敷の女中頭のマルティナと申します」

 

 先頭に立って案内しながら、私に名前を告げる。

 見た目通り、広い家だ。

 屋内に入ると、すぐに吹き抜けのホールがある。

 扉の対面には、ゆるやかに弧を描く階段が二つ、取り付けられている。螺旋階段だ。

 このホールだけで私の住んでいる小屋が三つも入りそうだ。


「灰被りさまは私がどのような理由でここに来ているのか知っていますか?」

「いいえ。お嬢さまはこのことをご存知ありません。ご家族のうちで理由を知っているのは奥様のみでございます」


 ふと、階段の陰で、身を潜めるようにしてソバカスの女中がこちらを覗いているのに気がついた。

 彼女は私の姿を認めると、いまにも泣き出しそうな涙目で、おそるおそる姿を現し、マルティナに抗議した。


「メイド長。客人を招き入れてはならぬ、と仰せつかっているではないですか」


 ソバカスの女中が、お仕着せの袖の部分をぎゅっと握る。


「あたし、あたし、もういやです。こんなの…」


 マルティナは全てを諦めきったように頭を振ると、淡々と告げた。


「さがりなさい。お客様の前です」

「で、でも」

「罰はすべてわたくしが引き受けます」


 そして、まるでソバカスの女中を哀れむような、慈しむような、そんな声音で彼女を諭した。



「この屋敷は、きっと変わらねばならないのです」



 その言葉に、ソバカスの女中はしゅんと縮こまると、申し訳ありません、と言って退いて行った。マルティナもまた、謝罪を述べると、私を階段に向けて先導した。

 階段を昇ると、すぐそこに灰被りの部屋はあった。


「ここにお嬢さまはいらっしゃいます」


 淡々とマルティナが告げる。


「ずいぶんいい部屋なんですね。さすが貴族のご令嬢だ」


 思わず軽口が口から飛び出る。悲壮な様子の女中たちに比べると、まるで空でも飛べそうなくらいに軽い。しかし、私も彼女達と同じように口調を合わせていたら、まるで葬式になってしまう。

 それにしても、さすが未来の国王妃。

 扱われ方が違う。

 彼女の部屋へと続く扉には、さまざまな意匠が篭められているのだろう装飾が施されている。


「いえ、ここはお嬢さまが住まうお部屋ではございません」

「では、応接間?」

「…いえ」


 必要以上に喋るつもりがないのか、固く口を閉ざしている。

 マルティナがドアをノックする。


「お嬢さま。魔女さまのご訪問でございます」


 返事はない。


「入りますよ」


 声をかけ、ドアノブに手を伸ばした所で、か細く高い声が内側から聞こえた。


「こ、こないで。お会いすることはできません」

「なぜです?」


 拒否された。

 しょうがないから、扉越しに理由を問う。


「それは…」


 どうやら言いにくい理由のようだ。


「理由がないなら入らせていただきます」


 ドアノブをひねる。

 その音が聞こえたのだろう、


「魔女に会いたくないからです!」


 扉の向こうで叫ばれた。


「……」


 これが美しく、心のやさしい娘の所行だろうか。

 むしろ羅刹悪鬼の仕業ではないだろうか。

 この屋敷の人たちは全体的に、私に対していろいろとひどい。


「入りますね」


 声をかけ、ドアノブを回した。

 扉を開ける。

 中は応接間というより、やはり寝起きしている部屋なのだろう。寝台を始めとした家具が一通り揃っている。しかし、あまり使われていないのか、どれも一様に真新しく見える。

 灰被り嬢は、ソファに身を縮めるようにして座っていた。

 表情は伺えないが、豊かな金の髪を結い上げている。


「…っ」


 思わず息を飲んだ。

 魔法がまるで全身を縛り上げるようにして、彼女に絡み付いている。

 様子もヘンだし、あれではまま身動きもとれないのではないだろうか。

 うめき声のような小さく、くぐもった声が聞こえる。


「え?」





『こないで!』





 灰被り嬢が堪え兼ねたように、金切り声を上げた。

 声の力で空気がうねりを上げる。

 魔力が流れるのを感じる。

 最初に聞こえたのは、たくさんのものを引きずるような奇妙な音だった。

 次に感じたのは、まるで地鳴りのような、床の振動だった。

 最後に見えたのは、黒風のような奇妙なかたまりだった。

 次の瞬間、部屋が黒で埋め尽くされる。あっという間に灰被り嬢の姿は見えなくなった。

 扉の形に四角く闇が切り取られている。

 いやむしろ、分厚い壁か。

 それは生き物のように、蠢いている。

 ぬらぬらとしたその様はそれだけで見ている者の嫌悪感を刺激する。


「ひい」


 マルティナが私の後ろで喉から空気を漏らした。


「なんだ、これ」


 蠢く壁を、ホウキの柄で、とんと突いてみる。

 キュウ、と音がした。

 その拍子に、小さな塊がこぼれ落ちる。


「へ?」


 それは、小さなネズミだった。

 こぼれ落ちたネズミはピンクの指先で顔をこすり、小さなキャビアみたいな黒い目をぱちくりさせると、上を向く。

 目が合った。

 私もびっくりしたが、相手もびっくりしたようで、お互いに硬直する。

 しかし、人間よりがネズミの方が本能に優れていたらしい。先に我に返ると、あわててどこかに駆け去ってしまった。


「え、ええ……?」


 残された私の喉から、なんとも情けない声が溢れてしまった。


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