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十九話

 高級住宅街だという区画で、一際大きな屋敷を見つけた。

 間違うことはないと聞いていたが、たしかにこれだけ大きければ迷いようもないだろう。

 表口に降り立って、細工の施された鉄の塊を、板に打ち付ける。

 どおん、と鈍い音がした。

 ほどなくして、中から女中が姿を現す。


「どちらさまでございましょうか…?」


 いかにもおそるおそるといった様子である。

 まだ若い娘のようで、ソバカスの散らかった顔が初々しい。


「ソルシエールと申す魔女でございます。話は通っているかと」

「ひいっ…」


 身分を名乗った途端に、相手が礼儀もなにもかなぐり捨てて、おののいた。


「あの…」

「も、もうしわけありません。お通しすることはできません」

「いや、あの」

「ひいっ。だれか、だれか!」


 私が何をしたって言うんだ。

 ソバカスの女中は、悲鳴を残して走り去って行った。ご丁寧に、扉は閉じられてしまった。


「……」


 屋敷を見上げると、なんだか禍々しいオーラが私を待ち受けているようだ。中で魔物でも巣くっているのだろうか。いや、私が魔物か。

 呆然としていると、やや時間をおいて、再度扉が開く。

 先ほどより歳のいった、中年の女性である。


「先ほどは、うちの若い者が大変失礼いたしました」

「はあ、お気になさらず」

「今日はどのような御用で?」


 じろりと私を睨みつける。


「灰被りさまにお目通り願えますか」


 先ほどより話の通りそうな女性は、ところが灰被りという言葉を聞いた途端顔をこわばらせた。そしてややきつめの口調で断言する。


「申し訳ありませんが、お嬢さまにお会いいただくことはできません。体調をくずしていらっしゃるのです」


 かたくなな口調。

 表情を押し込めて隠そうとはしているが、これではなにかある、と言っているようなものだ。


「そうですか。では、お見舞いをさせていただければと」

「なりません」

「しかし、王太子妃ともなるお方の調子が悪いともなればやはり心配です。こう見えても、薬剤師としての心得もありますのでお役に立てるかと」

「薬剤師ならばこちらで手配しておりますので」

「心配です。一目でも」

「無理でございます」


 埒が明かない。


「悪いが、こちらとしても王たっての願いでここに来ているのです。少しだけでもお会いすることはできませんか?」


 こういう場合、権力は笠に着るに限る。

 王という言葉を強調した。


「もうしわけありません」

「ただ謝られても分かりません」

「ですから、ご加減が」

「ちがうでしょう?」


 私を見ているようで、微妙に反らされていた視線が、こちらを向く。

 やっとこっちを見た。

 ゆっくりと噛んで含めるように、幼子に言い聞かせるように、問いかける。


「ちがうでしょう。ほんとうの理由はなんですか?」

「……」


 女中は目元を険しく歪ませ、下を向くと、黙り込んでしまった。眉間には深いシワがよっている。

 なんだか先ほどから傷つく対応ばかりだ。

 私ってそんなに酷いことをしているだろうか。

 思わず、ため息が溢れてしまう。


「いいですか。もう一度言います。私がここに来ているのは、他の誰でもない、あなたがたの王の意志です。奥に通してください」

「………ますか」

「え?」


 それは絞り出すような声だった。


「この家を救ってくださいますか」


 驚嘆した。

 女中は私を睨みつけていた。

 いや、私を通して、私の見知らぬなにかを睨みつけていた。

 そして同時に、縋ってもいるようだった。

 この人は、会ったばかりの私に、縋っているのか。

 いったい、中で何が起きている。

 胸がどくんと脈打つのを感じる。


「なぜ?」

「名高い魔女さまだとお伺いしております。約束していただけなければ、たとえ国王陛下の使者でもお通しすることはできません」


 震える声で、決然と言い切る。

 女中としての範疇を越えている。

 なにが彼女をここまでさせるのか。

 なんだ、これは。

 なんだか、とっても、おもしろそうだ。

 身の内で感情がうねるのをを感じる。


「お約束できません」

「……」


 女中の眉間のシワが深くなる。今にも舌を噛みちぎりそうな悲壮な顔だ。

 仕方がないではないか。王らの望む最良と、この女性が望む最良は違う可能性が高いのだから。


「けれど、できるだけ良い方向に向かうよう努めることはお約束させていただきます」


 私にはせいぜいこんなことしか言えない。 

 女中は肩を落とし、一気に歳をとったようなため息をつくと、私に告げた。


「どうぞこちらにお越し下さい。お嬢さまのところまでご案内いたします」


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