十八話
灰被り。
それが件の姫君の名前らしかった。
父親は街の商人で、母親は元々パン屋の娘だったようだ。
母親の方は灰被り嬢の生後間もなく亡くなっており、灰被り嬢が齢三つの時からは父親と灰被り嬢、それからその再婚相手である継母とその二人の娘たちと暮らしていたようだ。しかし、その父親も行商中に、例の飢饉によって反乱を起こした飢えた農民たちによって暴行された末、死んだらしい。
残された灰被り嬢はその継母とその娘二人とともに、町外れの高級住宅地に住んでいるのだそうだ。
貴族も多く住むというその住宅地になぜただの商人の娘である彼女が住めるのかというと、継母の方に理由があるのだそうだ。継母が大貴族出身の女性らしく、一旦は侯爵家に嫁いだものの、結婚相手が病死した後莫大な遺産を手に入れたという経歴の持ち主で、身分にも金にも困っていないいかにもな貴族の未亡人である。
そんな女性がなぜ一介の商人と再婚したかはナゾだが、その理由を探そうとするだけ野暮と言うものだろう。そんなもの、つけようと思えばいくらでもつけられるのだから。
すべて渡された資料に書かれていたことである。
灰被り嬢の情報に特筆することがないためか、その継母が貴族である故か、やたらと彼女についての記載がされていた。
ホウキにまたがって、彼女がいるという屋敷に向かう。
彼女に魔法がかかっているかどうかを確認するためである。
時期から考えてみて、動物たちの異常行動が呪いによるものだとすれば、その呪いはエーリッヒの婚約騒動に絡んでいる可能性が高い。これは王も言っていたことだ。
呪いは糸のようなものだ。関係しているものに絡み付く。よほど高度に、細かく編み込まれていなければ、魔術師ならまず間違いなく気がつく。
しかし、私の目が確かならばエーリッヒに呪いの片鱗は見えなかった。
それなら、婚約相手であるという灰被り嬢が関係している可能性が高い。
呪いは、単純に呪いをかける相手を苦しめるだけではない。それでは単純すぎる。貶めることを目的として使うこともまた、可能だ。
王子との婚約を妬んだ人間によるものか、政敵による策略か、はたまた別の相手によるものかは分からないが、灰被り嬢には異常現象の原因をなすりつけられるだけの動機がある。この国の貴族は飢饉を乗り越えた結束力の固さで有名だが、ほんとうに一枚岩であるかどうかは疑わしい。
さらに出自を鑑みても、難癖の付けやすい相手であることはまちがいない。
動物の異常行動を引き起こしたのが彼女だという風の噂が流れただけでも、王子の相手としてふさわしくないと見なす人間はいるだろう。実際、灰被り嬢を不安視し始めている貴族は、いるという。
しかし、それだけでは引きずり下ろすのに充分ではないかもしれない。
彼女を悪の元凶に確実に仕立てようとするなら、まず間違いなく魔法は彼女に絡んでいるだろう。
そうであったなら、その糸の絡め先を辿ればいい。
それが本当に呪いなら、そこに犯人がいるはずだ。
「やれやれ。どろどろしそうだなあ」
空から街を見ると、対空用の防護結界が施されている場所がまだらだ。王の言葉通り、魔術師の数が足りていないのかもしれない。さすがに、城には施されているようだが、街の方には不足が目立つ。しかも、だいぶ古びているようだ。
きっと、古い魔法を捨て、機械で防衛しているのだろう。目に見えないが、レーダーと言うものがあるのだ、とエーリッヒが以前口にしていた。
「おおっと、ごめんよ」
トリにぶつかりそうになって、慌てて避けた。
王からの派遣といえども、以上高にいきなりに庭に現れるのはまずいだろう。最初が肝心なのだ。情報を聞き出す為にも、うまく振る舞わなければ。




