十七話
ここはどこだろう。
エーリッヒの部屋からの帰り道、見事に私は迷っていた。
送りますと申し出てくれた女給に素直に従っておけば良かった。
ボンヤリ考え事をしていたせいで無意識に断ってしまった。普段から人の注文をはね除けているせいだ。慣れって怖い。
まったく、どちらにどの部屋があります、という看板でも出しておいて欲しい。それかパンくずでも撒いてくればよかった。
先ほどから、同じ建物の中にありながら、自分に割り当てられた部屋に戻ることもできず、うろうろしている。
時間帯のせいか、人とすれ違わない。
まっすぐの長い廊下に、ひとりきりだ。
左手側には、個室が並ぶ。反対に、右手側には、大きなガラス窓が等間隔ではめ込まれていて、そこからは中庭が見える。中庭には小さな小屋が数軒。それから、木々が生えていて林になっているようだった。赤茶の毛皮を纏ったリスが一瞬で庭を横切って行く。
その庭と比べてみた感じ、自分のいる場所は三階ほどの高さのようだ。
きっとエーリッヒの部屋のあった階と同じだろう。
しかし、肝心の自分の部屋の階数が分からない。
ふと、向かい側のテラスが開け放されているのが、窓越しに見えた。
開け放された扉の向こうで白いカーテンが風にそよいでいる。その奥はどうやら、今いる場所と同じような廊下のようだった。
ちょうど今いる場所とは反対側だ。
観葉植物が活けられていて、あんな場所で朝食でもとれたら気分がいいだろうな、そう思わせるに足る立派なテラスだ。天気がいいのも、その気分に拍車をかける。
しかし、残念なことにそこへの行き方も分からない。
どうしたものか、ため息をつくと、それを嗜める声がした。
「あー、ソルシエール。ため息ついてる!」
「君は?」
いつの間にか廊下のまん中に、つまり私の目の前にいたその人物は、目をまん丸くすると、大げさにそして拗ねたように唇を尖らせた。
「えー、ひどい! 自分の弟子の顔をわすれちゃったの?」
「あ、ああ…赤ずきん」
「そうだよ。僕だよ」
よく見たら、たしかにそれは赤ずきんだった。
いつものように赤い頭巾をかぶって、にっこり笑って私を見ている。
「あのね、探してたの」
「私を?」
「そう、こっちに来てよ」
そう言って、赤ずきんは私の手を引いた。
そうしてどこかに連れて行こうとする。
「どこって、テラス。さっき行こうとしていたんでしょ?」
「…まあ」
「方向音痴でしょうがないね、もう」
抜け道でも使ったのか、いつの間にか先ほど眺めていたテラスにたどり着いた。
赤ずきんが白いカーテンを持ち上げて、私をテラスに通してくれる。
床には大理石がはめ込まれていて、複雑な文様が描かれていた。魔方陣によく似た、美しく、細かい太陽の模様だ。
楕円を描く手すりの方に向かうと、そこからはより中庭の様子が望めるのだった。
「ねえ。あれはだれだろう」
横に並んだ赤ずきんが、正面の建物の、数階分上を指差す。
先ほど、私がいた棟だ。
横一列に並んだ窓の向こうで、誰かが通りすぎるのが分かる。
その人物の方も、すぐにこちらに気がついたようで、慌ただしく窓を開け、身を乗り出すと、大きな声を出した。
「ししょー! そこでなにしてるの?」
それは、赤ずきんだった。
真横にいたはずの赤ずきんを横目で確認すると、こちらの方は跡も形もなく消えている。
目の前の赤ずきんに答える。
「さんぽ」
「うわあ! いいなあ。俺も行くからそこでまってて!」
その全身で喜色を現す。
そして、体をひっこめると、窓を閉め、消えて行った。
五分もしないうちに、彼が現れる。どんな道を辿ったのだろうか。謎だ。
「赤ずきん」
なんとなく触りたくなって、手を伸ばしてその金色の髪に触れた。
さらさらとした髪がきもちいい。
赤ずきんは目を見開くと、私に尋ねた。
「師匠、どうしたの? なんかいいことでもあった?」
「ううん、なんでも」
赤ずきんの水色の瞳が空に映る雲を映し出した。
「そっかあ。まあ、でもししょーが嬉しそうならいいや」
赤ずきんがネコのように目を細め、能天気に笑った。




