十三話
ところ代わって、城である。
部屋まで迎えに来てくれた女中に連れてこられたのは、王と王妃の元だった。
「今宵は、ワタクシも参加させていただきます。魔女さま、どうぞよしなに」
そう広くはないけども、美しく設えられた室内。調度品含めた内装が、石の圧迫感を緩和している。
マリオネット男が、私に向かって操り人形のように奇妙なお辞儀をした。
優雅ではあるのだけど、やはりどこかかくしゃくしている。関節を使った動きにしなやかさがないのだ。
私もお辞儀を返す。
「技術省の大臣ですのよ。彼のお話はとてもおもしろいの」
彼を紹介した王妃が、あでやかに笑う。
紺のドレスがその細い体に似合っている。
まるで若い娘のように肩を出しているが、それになんの違和感もない。むしろ、隣にその辺の若い娘でも立てば、娘の方が霞んでしまうだろう。オーラがある。
その隣に寄り添うのは国王だ。厳めしい顔が、怖い。
「ぜひ、この国の料理を堪能してくださいね。みなさん、お食事にしましょう」
王妃の、その一言で、それぞれが席につく。
着席して間もなく、給仕が開始される。
人形をきた機械が静かに盆を運んでくる。
マリオネット男が作ったのだと王妃が言った。
緑色のスープが運ばれてきた。
豆だろうか。おいしい。
「魔女さま」
雑談も早々に本題を切り出して来たのは、マリオネット男だった。
「われわれに魔法での協力をしていただけないでしょうか」
思わず身構える。
ただでさえ、スープを跳ね飛ばさないように気を使っているというのに。スプーンを置く。
聞き流していたら、そのまま喋られそうだったので、失礼にならない範囲で遮る。
「恐れながら申し上げます。私より優れた魔法使いなどいくらでもこの城にいるのではないでしょうか。その方々に命じればいいのでは」
城である。
魔術師くらいいくらなんでもいるだろう。
「いや、ざんねんながら、この国にいるのは技師ばかりでな。恥ずかしい話、魔術師が足りておらん」
国王が重々しく口を開いた。
この話し方だと、どんな些事でも、まるで国家存亡の危機のように聞こえてならない。
王の言葉に他国で、アッシェン国の城付きの魔法使いの名前を聞いた事がなかったことに思い至る。ほんとうにいないのかもしれない。
さらに王が続けた。
「動物たちの異常行動が頻発している。臆病なはずの野生動物の人間への襲撃。ネズミの首都への集結。どれもこれもが魔力の暴発による結果だ。しかし調査をしても何も浮かび上がってこない。単なる魔法ではなく、呪いではないだろうか」
髭に囲まれた口。
表情は変わらない。
「魔女直々に、その解決をして欲しい」
口だけが淡々と言葉を連ねる。
「災いの原因は取り除かねばならんのだ」
それは。
いっそ残酷なほど、私情の見えない王としての言葉だった。
「その原因が何であっても、誰であっても、でしょうか?」
「そうだ」
言い切った。
その言葉にウソはないだろう。
「この国で飢饉があったことはご存知でしょう。これ以上、災厄を呼び込むわけにはいきません。王はそれを憂えているのです」
悲しげな素振りでマリオネット男が言う。
「アンリット、慎め」
「はい。申し訳ありません」
王の叱咤に即座にマリオネットが謝罪した。
二十年前。
この国を大きな飢饉が襲ったことは知っている。
それで多くの人間が死んだことも。
「お心当たりがあるのですね?」
私の言葉に重々しく王は頷いた。
「三ヶ月」
表情を見せぬまま、唇が言葉を紡ぐ。
「王子が婚約を結んでからたった時間だ。同時に災厄が起きている期間でもある」
「このお話を私にされてもよろしかったのですか?」
「そなたは魔女であろう」
「さようです」
「なら、我らが口を挟むことではあるまい」
国王は私に告げた。
「魔女とは言え、他国の者にこんなことを頼むのは、心が苦しい。だが、これも両国の友好のためと思って、働いてもらえないだろうか」
「…それは」
「どうか魔女さま。お願いいたします」
マリオネット男が外野から口をつっこんでくる。
国王がシワだらけの瞳で私を見つめた。
その視線に突き動かされて、思わず言葉が口から流れ落ちていた。
「一つだけ、お伺いしたいことがございます」
「なんだろうか」
「陛下は何のため、誰のために生きていらっしゃるのでしょうか」
王はゆっくりと一回、瞼を伏せると、再び持ち上げ、そして言い切った。
「この国のため、この国の国民のためだ」
民のため。
美しいことばだ。
そして、だれにでも口にできることばでもある。
私に、ことばの真偽は計れない。
けれど、その言葉に、私は頷いた。
「かしこまりました。努めさせていただきます。既に他の契約があるため、二重ですることはかないませんが、それでもよろしければ」
「よかろう」
王が頷く。
なんだか、とても悲しくなった。
「皆さん。お食事を続けましょうよ」
気がつけば、皆が食事を中断していた。
王妃のとりなしに、詰まっていた空気が露散して、流れを取り戻す。
先ほどまでの多弁とは正反対に国王は黙り込み、反対に口を開いたのは王妃だった。
「あなたのことは王子から伺っていますわ」
「はあ。色々とご縁がありました故」
「ええ、愚息がブランシュ王国に行っている間に、散々お世話になったようね。母親として礼を言わせていただきます。どうもありがとう」
確かに、この国のエーリッヒ王子がブランシュ王国に来たときには、散々白雪たちと一緒に時間を過ごした。問題児ばかりで手を焼いてばかりだった。もちろん、焼いたのは私で、焼かせたのは彼らである。
とはいえ、初対面の相手に愚痴をこぼすのもどうかと思うので、とりあえず謙遜する。
「王子さまにお助けしていただいたことはありましても、私にできたのは微々たる協力です」
私の言葉に王妃はにこやかに言葉を放った。
「まあまあ魔女さま。度が過ぎた謙遜はただの傲慢でしてよ」
「はあ、すみません。助けた数の方が多いかもしれません」
王妃は紅を引いた唇で、ほほ笑んだ。
「聞いていた通りの人物ね。ああ、そうそう。そういえば、うちの宮廷雅楽士からも貴方のことを聞き及んでおりますわ」
「え?」
そんな知り合いはいないはずだ。
困惑した私を前に、王妃はまるで秘密を共有する少女のように楽しげに理由を話す。
「最近になってやってきたリュート奏者なのです。彼はあちこちを放浪して、演奏を披露していたようなのですが、その演奏が鼠害を生むというとんだ風評被害を受け、危うく小さな村にて、冤罪で首つりになりそうだったところを拾いましたの」
だれだ、そんな間抜け。
「おお、王妃さまが最近お気に召しているという例の奏者ですな」
マリオネット男がなにやら得心したように呟く。
「こんな風にしてつながっているとは、世界とはかように狭いものですな」
「その彼が、あなたのことを話しておりましてよ。腕のいい魔法使いだと。二人もの人間から名前を聞いて、わたくしも一度あなたにお会いしたいと思っていたのよ」
一向に思い当たらない。
そもそも私は音楽にとんと縁がない。むしろ苦手だ。
それから話題はその奏者が演奏すると言うリュートの話題になった。
「彼の音楽を聞いていると、心が洗われるような気がするものよ」
「ワタクシもぜひ、その奏者の演奏を聞いてみたいものです」
マリオネットが調子よく相づちを打つ。
「まあ、まだ大臣にも紹介していなかったわね。きっとあなた方は気が合うと思うの。そうね、いずれ演奏会でも開きましょう」
王妃は頷いた。
「魔女さま、あなたもお会いなさるといいわ」
『音楽家』とは、いったい誰なのだろうか。
謎である。
結局、晩餐が終わっても、それが誰なのかを思い出すことはなかった。




