十三話
赤ずきんがアーノルドをはぐれたことに気がついたのはそれからしばらくのことだった。
赤ずきんが自らの師匠の為になにかいいものはないか、と食べ物屋で物色している隙にどこかに行ってしまったのだ。外で待っているのかと思っていたら、消えていた。しかも結局、変なモノしか見つからなかった。
赤ずきん一人で城に帰れるけれども、街を案内してもらった手前、それはしにくい。急用ができたのなら、さすがに一声かけるだろうから、アーノルドが先に帰ったとは考えにくい。
雑踏の中きょろきょろと辺りを見回すが、姿は見当たらない。
匂いも途中で途切れている。まさか空を飛んだわけでもないだろう、と頭を捻らせる。
「どこにいっちゃったんだろう」
どうしたものか、唇を無意識のうちに尖らせて呟く。
通行の邪魔にならないように隅に引くが、見渡せど、見渡せど、アーノルドはいない。
しようがないから、適当に歩くことにした。
歩いていればその内、会うだろうと考えたのだ。
ところが適当に歩いているうちに街の中心から外れ、住宅街にたどり着いてしまった。
庶民的というにはやや豪華すぎる家が立ち並んでいる一画だ。狭い街でも土地を持っている人間は持っているものらしい。
平に均された道路の幅が、家の大きさに合わせて広く作ってある。植え付けてある木々も太く、高い。
『金持ちの馬車は大きいんだ。それにアッシェン国は自動車の開発も積極的なんだよ』
赤ずきんはそんな師匠の言葉を思い出した。
中心地とは違い、明らかに最近作られた地域だ。
臭いすらも新しく感じられた。
その広い道の向こう側から、角を向かって出てきた女の子が一人歩いてくるのが見えた。
ケープを被っているが、その細さから女性だと分かる。
使用人だと思わしき彼女は、背に重たげな籠を背負い、両手には布袋を抱えている。
細いその背中に背負うには、あまりにも荷物が大きすぎる。
「だいじょうぶ? 手伝おうか?」
赤ずきんが声を掛け、駆け寄る。
俯いていた少女は声にはっとしたように赤ずきんを見ると、おずおずと、
「だいじょうぶです」
と告げた。
関わらないでくれ、と言わんばかりである。
まるで不審者のような扱いに赤ずきんは小首を傾げたが、少女の片手の荷物をひょいと奪い取った。
「そんなに重かったら大変だよ。お家はどこ?」
「あ、あの…こまります」
困ったように叫んだ拍子にかぶっていたケープがずり落ちる。
大きな青い瞳と整った卵型の顔が現れた。
その瞳が悲しげに、ふしめがちに告げる。
「親に手伝ってもらったことが、知られると困るの」
うす桃の唇が、艶かしく動く。
赤ずきんはあまりにも調和のとれた顔に瞬きをするが、すぐに我に返った。
「じゃあ、家の近くまで送ってあげる! もし見つかったら僕がムリヤリ奪ったんだと言えばいいよ。ね?」
赤ずきんの様子に、少女は困ったように、うすくほほえんだ。
「ありがとう、ございます」
赤ずきんは少女の荷物を纏めて持つと、少女と並んで歩く。
少女はおずおずと赤ずきんに問いかけた。
「あなたも、この辺に住んでいるの?」
「ううん、僕は隣の国から師匠の仕事についてきたんだ。王子さまの結婚をお祝いするためだって。きみ、王子さまのこと知ってる?」
「…ええ、いつも民のことを思ってくださる尊い方よ」
うっすらと頬をそめて恥ずかしげに答える様子に、見かけた事でもあるのだろうと判断する。
「かっこいいんだ?」
「えっ、あ、…」
頬を真っ赤に染める少女に、赤ずきんは笑い声を上げた。
「…もう」
控えめな少女の抗議。
やがて通りの外れに位置する、一際大きな屋敷の前にたどり着いた。
「うわあ、大きな屋敷だなあ。ここが君の家?」
「…はい。あの、ありがとうございました」
少女はぺこりとお辞儀をした。
「いいよ。またね。お仕事がんばって」
赤ずきんが少女に荷物を渡すのと引き換えに、少女が小さなケーキを差し出した。
「よかったら、これ。この国の名物なんです」
ビニールで綺麗にラッピングされたそれは、たかだか荷物持ちのお礼として貰うにはもったいないようなシロモノだ。
「シュトーレンって言うの」
「でも、だいじょうぶ? 叱られない?」
心配する赤ずきんに少女はやっぱり幸薄げに笑った。
「いいの。貰って」
赤ずきんは手の中にあるものと、少女の顔を見比べ、礼を言う。
「わかった。ありがとう」
赤ずきんは手を振って、少女が屋敷の裏口から中に入るのを見送る。
僅かに軋む音をたてて、裏口の木戸が完全に閉まったのを確認した。
もう一回中心街に戻ろうか。
そう考え、来た道を戻ろうとした所で、赤ずきんは奇妙な人影を見つけた。
先ほどの少女が入って行った屋敷の周りで、不審者のごとくうろうろと中を覗き込んだりしている。顔を隠しているし、明らかに不審だ。顔を隠している分、その茶まじりの金髪が目につく。
赤ずきんはその空色の瞳で、じっとその人影を見つめたが、やがて自らの師匠のように肩をすくめると、元の道を引き返していった。
「たぶん、だいじょうぶ」
案の定、その人物は中に入ることはせず、やがて肩を落として屋敷から離れて行った。
どこに行っていたんですか、再会したアーノルドから赤ずきんがそう叱られたのは、余談である。




