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十二話

 通された客間の窓からは街を一望できる開放的な眺めが広がっていた。まるで迷路のような廊下をたどってきたから、具体的にどの辺りなのかは分からないが、悪くない待遇をされている気がする。たまたまいい部屋でも空いていたのだろうか。

 部屋にはそれぞれの壁際に寝台が二つと、窓際には背の高いテーブルとそれに併せた椅子が二脚、置かれている。


「うう。ししょー、いっしょじゃないのかあ」

「夕餉のために迎えがくるってさ」


 外を眺めながら悲しそうな表情を作る赤ずきんに、私は寝台に寝転がりながら肯定した。私のなかで、諦めの境地に至るための脳内回路が確実に構築されつつあるような気がする。


「ずっと一緒って約束したくせにぃ」

「そんな覚えはないな」

「これからするんだ、たぶん」

「はいはい。ヒマなら街を散策でもしておいでよ」


 ただの祝言を届けるだけの使いなので、騎士たちはけっこうヒマだ。異文化交流する必要に迫られた人間はともかく、下っ端の騎士なんかはほとんどすることがないだろう。一週間後に、本祝い前の小規模な祝賀会が行われるため、それには参加するが、それ以外には問題を起こさずに過ごすこと以外、とくに求められていない。

 だからこそ王もこの一行に私たちを詰め込んだのだろう。

 ああ、働きたくない。


「ううん、そうする」


 わざとらしくむくれる赤ずきんに、思わず笑ってしまう。


「なにさ」

「なにって、じつは嬉しくてたまらないんでしょ」

「そんなことは、…あるけど」


 ますます笑いがとまらない。

 赤ずきんがさっと顔を赤らめた。


「だって見たことない場所なんだもん!」

「いいと思うよ。かわいいなあ」

「で、でも、師匠といっしょに行きたかったのはほんとだから! それにかわいくないし」

「そうだよね、ふふ」

「ああ、もう!」

「私も赤ずきんといっしょに街を見て回りたいなあ。別の日にでもいっしょに行こう。なにか美味しいたべもの売ってるお店がないか、調査してきてよ」

「うう…うん、わかったよ」


 素直だ。

 こくりと頷いた。

 いい子、と頭をなでると、子供扱いしないで、とご機嫌ななめになってしまった。

 赤ずきんはときどき、むずかしい。




 私と別れた後、街に出た赤ずきんは特にあてもなく散策したのだそうだ。

 どこか田舎町の風情を残した首都というのは、それは新鮮だったことだろう。

 自分の国とは違うものすべてがきらきらして見えた、のちに彼は語っている。

 ところが彼にはひとつ、不満があった。


「お兄さん、どうして一緒なのさ」


 そう、アーノルドが共についてきたのだった。

「いえ、ソルシエールさんに貴方がこの国に来るのが初めてだと伺ったものですから。時間も空いたので、案内しようかと」


 筋肉を身に纏ったアーノルドと比較すると、赤ずきんの体がまだ少年で、しなやかさを残しているのが分かる。


「べつにいいよ。迷ったりしないし」

「そういう問題ではありません。万が一、何かがあればソルシエールさんが悲しむでしょうから」

「なにかあると思っているわけ?」


 暗に子供扱いされてムッとした赤ずきんが、アーノルドを睨む。


「ですから、万が一」

「僕が弱いかどうか、ためしてみる?」

「俺ではかないません。あなたは強い」

「ウソつけ」


 アーノルドが弱くないことを赤ずきんは知っていた。

 おそらくあの騎士団の中で一番強いに違いない、と思うほどには。

 ぎりぎりと奥歯を噛み締める。


「街中で騒ぎを起こすわけにはいきません。そのくらい考えられないと、いつまでたっても図体だけの子供扱いのままですよ」

「へえ、じゃあ。外にでたらいいんだね」


 アーノルドが鷹揚に頷いた。

 くるりと赤ずきんが体を回転させて、石畳の道をすすむ。


「まあ、いいや。師匠になんか買っていこう」 

「ソルシエールさんは何が好きなんですか?」


 後ろからアーノルドが声をかける。


「師匠にきけばいいじゃない」

「尊敬するかたの情報を事前に収集をすることは変ではないでしょう?」

「お兄さん貴族のくせに、なんか泥臭いよ」


 おや、とアーノルドが片眉をつり上げた。


「盗み聞きはよくないですね」


 赤ずきんが舌打ちをする。

 足が止まった。


「師匠がいやがることをしようとしたら、許さない」


 アーノルドを頭巾の下から睨みつける。


「そんなことはしませんよ」


 睨みつけられた方は、あくまでも穏やかにほほ笑んでそれを躱した。


「あちらに庶民に人気の菓子店があるんです。行ってみませんか?」


 そう言って、すたすたと先に進む。

 あとに残された赤ずきんは、不満そうに頬をふくらませながらも、ため息をついて後につづいた。

 やがて二人は中心街にたどり着く。

 赤ずきんがきょろきょろと周辺を物珍しそうに見回すのを見て、アーノルドが笑みを零す。まるで子供を見守る父親の表情だ。


「ねえ、この街っていつもこうなの?」

「どういうことです?」

「なんか、へん」


 道ばたの屋台でアイスクリームの売り子をしている少女に赤ずきんが近寄り、問いかけた。


「お姉さん、なんであちこちにねずみ取りがあるの?」


 客のいない売り子は、暇つぶし、とばかりに答えてくれる。


「なんでって、そりゃあ。ネズミを捕まえるために決まってるでしょう?」


 赤毛の三つ編みを揺らしながら、少女はほがらかに、そして歌うように続ける。


「さいきん、ネズミがやけに増えているの。ウチのお店でもそうなのよ。こまっちゃうわ。でも、お店のほうだって一応見えないように置いているのによく分かったわね」

「僕、目がいいんだ。ありがとう」

「ネズミがどうかしたんですか?」


 傍で会話を見ていたアーノルドが問う。


「臭いが新しいんだ。なんでだろう」

「鋭いんですね」


 スカウトしたいな、とアーノルドが口の中で呟く。

 それが聞こえたが、答えあぐねて、あえて素知らぬふりで赤ずきんは先に道を進んだ。


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