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十話

「ソ、ソルシエールさん」

「はい」


 アーノルドの声でぼんやりと考え込んでいた意識が浮上する。

 どこにいるんだっけ。

 ああ、そうだ。

 あの黒い森から一番近くの街に寄り、怪我人の治療をしたのだった。結局、そのまま一晩泊まることになり、こうして宿屋の食堂にて、みんなで晩餐をとっている。隣にいる赤ずきんは一心不乱に口に食べ物をつめこんでいて、騎士たちは酒を含んで顔を赤らめている。

 宿屋の内部の壁面には木の骨組みが露出していて、いかにも民家といった風情だが、小さな街なので仕方がない。むしろ、急に大人数で押し掛けて断られなかっただけましかもしれない。無茶を押し通そうとする騎士たちと宿屋の主人とを、アーノルドがうまく取り持ってくれたおかげだ。

 目の前の皿には、円形のパンが置いてあり、それを器として中にじゃがいものスープが注がれている。半分以上無くなっているのを見ると、どうやら機械的に食事をしていたらしい。

 スプーンでスープをかき回すと、大きな猪肉がごろりと回転した。


「なんでしょう?」

「今日はありがとうございました。お陰さまで荷物ともども助かりました」

「余計なことかと思いましたが、…それなら良かったです」

「ほんとだ、いい迷惑だよ」


 小さく誰かが毒づいた。

 まあ、そうだよな、と思ったのだが、周りの反応は今までとは違った。


「団長、もうやめましょうや。助かったのは本当でしょうが」

「魔女のいうことなんて信じられるか」

「いい人じゃないですか。ただ、たまに笑い方が変なだけだ」

「そうですよ。目薬までいただいて、魔女さまがこんなにいい人だとは思わなかった。笑い方はヘンだけど」

「それによく見たら老婆じゃなくて、俺の娘くらいじゃないかい」


 口々に、猪の襲撃以前とは正反対のことを言う。

 先に不満を言った騎士は、仏頂面で沈黙し、くい、と酒をあおった。


「今夜は魔女さまと王国の未来に乾杯だ」


 誰かが音頭をとると、おのおのがジョッキをつき合わせて乾杯した。

 猪の撃退で、私の評価が変化したようだ。

 酒を含んで顔を赤らめた御者の一人が上機嫌に絡んでくる。


「それにしてもすごかったなあ。嬢ちゃんなら王さまの隠密部隊すらこなせるんじゃねえかい?」

「私にはとても、そんな」


 だれがそんな仕事好んでやるものか。

 無給で無休に違いない。 


「嬢ちゃん、兄弟は?」


 今度は向かいに座るへべれけな騎士が話しかけてきた。


「兄が一人。どうしようもない奴ですが」

「そいつも、魔術師かい?」

「そうです。多才なので私よりも魔術の幅が広い」

「そいつはすげえなあ。同じ家から二人もかい。親御さんはさぞ、あんたらを誇りに思うだろうなあ」

「どうなんでしょうね。魔術を扱うのは、だれにでもできますし」

「謙遜しちゃって」


 左隣にいた騎士が背中をばんばん叩く。痛い。

 ふと、ある騎士が思い出したように語り出した。


「そういや、魔術師と言えば、さっき面白い話をきいたぜ。つい先頃、隣の領地でネズミが大量に発生したんだそうだ。鼠害に困っていた領民のところに、見知らぬ男がひょんと現れ、鼠の子いっぴき残らず追い払ったらしい。でも、その代わりに子供たちを要求して、攫っていったんだそうだ。なんでもその男が攫うのに使った道具っていうのが喇叭やら弦楽器らしいんだよ。これも魔術なのかね」

「そんなことあるのか? 気味悪いな」

「おいおい、攫った子供はなんに使うんだよ。まさか食っちまうのか? お嬢ちゃん、どうだい? これも魔術かい?」

「さあ、奇妙な話ですね。魔法使いの行動はその他と違うだけで、そんなに変わっているわけでもありません。うひ、……。まあ、ないとも言い切れませんが」


 最初に質問をした騎士がぐいと酒を呷ると、しんみりと呟いた。


「子供とられちゃたまらんなあ。俺にはな、女房に娘が二人いるんだ。そいつらに家を出る時約束したんだ。王様の命を受けたからには、なにがなんでもやり通して己の栄誉を守ってみせるってな。だから、よかったよ。荷物をちゃんと守れて。おかげで名誉も家族も守ることができた。嬢ちゃんのおかげだ」


 へらへらと酒に酔う情けないこの騎士は、きっと家に帰ればいい父親なのだろう。


「それはよかった」


 おいしい酒が飲めているようで。


「おいおい、まだ旅は終わってないんだぞ」


 周囲が茶化す。

 騎士が騎士として、父親が父親として存在できる国は、国として優れている。自分の属性を疑わないでいい者は幸いだ。

 そういう意味で、王は統治者としては優れているのだろう。

 それを否が応でも再認識した。

 まったくもって、糞食らえ。




 頃合いを見計らって席を抜け出す。

 梁の上からネコが退屈そうにこちらを見下ろしていた。

 廊下に設えられた階段を昇る。

 扉をノックして、中に入る。


「気分は?」


 寝台に寝転んでいるのは怪我人たちだ。

 出来るだけ音をたてないように、ドアをしめる。

 そうすると、廊下の光が遮られ、窓からの月明かりがくっきりと浮かんだ。

 怪我人たちが顔だけをこちらに向けていた。

 骨が折れるほどの傷を負ったのが三人、村唯一の医者に安静を言いつけられている。

 ちなみに、その医者自身は簡単な処置を施した後、帰ってしまった。

 死にそうなほどの重傷者がいなかったからだろう。


「魔女さん。平気です。かすり傷ばっかりで。酒が飲めないのが残念なくらいです」


 まだ若い男が肩を包帯でぐるぐる巻きにしている。

 たしかに顔色はよさそうだ。


「はは、それはよかった」

「お弟子さんに庇われましたからね。騎士としては情けないかぎりですが」

「赤ずきんが?」

「ええ、ほんとうに危うい時には、弓矢で手助けをしてくれたですよ。あんな風にはアーノルドさんでも動けないんじゃないかな。俺たちからの礼を言っておいてください」

「分かった」


 脳震盪を起こした男が申し訳なさそうに言った。


「わざわざ来てもらって申し訳ねえ。まだ、宴の途中でしょう?」


 あれは宴だったのか。

 道理でにぎやかなはずだ。

 首を横に振って否定する。


「いいんです。あそこはとても賑やかだから。このくらい静かな方がおちつく」

「あはは、魔女らしいや。活気を好まないって本当だったんですかい」


 密やかな笑い声が起きた。

 窓辺に近寄ると、そこからはくっきりと月がきれいに浮かんでいるのが見えた。

 目を閉じて光を浴びる。

 しずかな光に包まれるのを、肌が感じた。


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