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4月1日 早朝

 目を覚ました時、すでに広美の姿はなかった。

 テントの中まで明るくなっていたので、日の出も見られなかったわけだ。

 それだけで損をした気分になる。

 しかし、それよりも広美の寝顔を見てみたかったと思った。

 昨日まで存在しなかった気持ちである。

 一緒のテントで一晩寝ただけで、そんな感情が芽生えたということだろうか?

 自分でも戸惑っている。

 恋愛感情というのは、その程度のことで発生するものなのだろうか?

 なくはない、と思った。

 相手が広美だから困惑しているのかもしれない。


 でも考えてみると、不思議ではなかった。

 広美は、僕がこれまで出会った異性の中で、最も多く会話をしてきた人だ。

 好きになる可能性だって、ゼロではなかったはずだ。

 恋愛とはキッカケ待ちみたいなところがある。

 未来なんて僕に分かりっこないのだ。

 ひょっとしたら、この合宿がキッカケだった、となることもあるかもしれない。


 しかし、現実的ではなかった。

 なぜなら、僕には好きな人がいるからだ。

 そこで一息つくことができた。

 思いを寄せる人がいなければ、確実に意識し始めていたことだろう。

 そんなことを夢想する朝だった。

 でも頭で考えたことを、他者に伝えてはいけない。

 劇団内で異性を感じさせただけで、女子に嫌悪感を抱かせるからだ。

 最悪の場合は、無視の連鎖が始まってしまう。

 ここは顔に出さずに、テントから出なければいけない。


 外に出ると、すでに九人が朝食の塩むすびを食べていた。

 かなり寝坊したようである。

 みんなが僕の存在を忘れたかのように食事をしている。

 それを離れたところから見ていると、ふいに寂しさが込み上げてきた。

 主な原因は、ユウ君がすっかり溶け込んでいたからだ。

 まるでユウ君の方が昔からの劇団員みたいである。

 そして、僕が前日に知り合ったばかりの部外者のように感じられた。

 いや、気のせいではなく、実際に僕の分の塩むすびが見当たらない。


「おはよう」

 僕が声を掛けても、誰も挨拶を返してくれなかった。


「ごめん、寝坊しちゃったみたいで、手伝えなくてホントごめん」

 僕が謝っても、誰も聞こうとせず、みんなで塩むすびの感想を言い合っている。


「本当に、ごめんなさい。後片付けは全部僕がしますので許して下さい」

 そう言って、僕はみんなの前で土下座することにした。九人いるので九人分の土下座をすることにした。プライドを持ちたくても持てない人間なので、この程度のことは、まさに朝飯前なのである。


「シュウ君、ごめんね」

 ユウ君が謝ると、全員がため息をついた。


 米ちゃんがガッカリしている。

「ああ、もう、カットが早いよ。シュウはこんなことで反省するような男じゃないんだから。ユウ君は優しいかもしれないけど、ちょっと甘やかしすぎなんじゃないの?」


「だって、すごく可哀想になっちゃって……」

 ユウ君が珍しく言い訳をした。


 米ちゃんがお姉さんのような顔になる。

「だからエイプリルフールなんだから、こういうのも楽しんでくれないと」

 単純に性質の悪いイタズラのように思ったが、それを口にするのは止めておいた。

 日頃から僕をおもちゃにして遊ぶのが常態化しているので、注意してもムダなのだ。


「そうそう、これは罰ゲームでもあるからね」

 森ちゃんが僕を睨むが、僕には何を言っているのかさっぱり分からなかった。

「とぼけてもムダだから。こっちは広美から全部聞いたんだからね。寝てる間に抱きついたって言ってたよ」


 言っていることが無茶苦茶だった。

 寝ている間だから記憶がないし、第一、寝袋の中では抱きつくことも困難だ。

 仮に腕を出して抱きついたとしても、そんなのは不可抗力だろう。


 それでも僕は謝ることにした。

「ごめんなさい」

 謝ることで事実を認めたことになるが、そんなことは気にする必要はないだろう。

 なぜなら、この日はエイプリルフールだからだ。

 つまり、謝罪が嘘でも構わないということである。

 嘘には色んな使い途があるということだ。



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