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3月31日 夕方

 この時期の日没が六時ということで、日の傾きから現在は五時頃だと思われる。というのもただの勘で、実際は分からなかった。稽古が終わってから、僕はユウ君や早見君と一緒に釣竿を持って港へと来ていた。


 そこの埠頭で釣りを始めたわけだが、三人とも初心者なので、釣り針にエサを付けるのにも手こずる始末だった。当然、海に糸を垂らしても魚が引っ掛かるということもなかった。そのくせ、ボウズという言葉だけは知っていたりするのだ。


「ねぇ、釣れた? って、聞くまでもないか」

 退屈そうな米ちゃんが銛を持って話し掛けてきた。


 誰も反応しないので、僕が答える。

「一度だけ手応えがあったから、魚がいないということはないと思う」

「ホッケとカレイがいるんだよね? モリでも捕まえられるかな?」


 僕の代わりにユウ君が答える。

「朝方の干潮時に岩場の多い島の北側に行くといいかもしれません。ただ、足場が悪いと危険なので、充分に気をつけなければいけませんけどね。それと夜になると真っ暗になるでしょうから、それにも注意が必要です」


 米ちゃんがため息を漏らす。

「男子はいいよね、アウトドアに興味がある人が多いからさ。三人とも釣りの初心者かもしれないけど、実際にやってみようと行動に起こしたわけでしょう? ウチの女子は私以外で魚を獲りたい人なんていないんだもん」


「いや、いたとしても銛はチョイスしないと思うけど」

 僕が控えめに突っ込む。

「カスミンも誘えば良かったのに」

 これは早見君の意見だ。

「ほんとだね、カスミンなら一緒に潜ってくれたんだけどな」

 米ちゃんがため息交じりに遠い目をする。


 カスミンというのは望月佳純もちづき かすみのことで、高校時代の演劇部にいた二個下の後輩のことだ。途中入部で半年しか同じ部活で活動していないので、普段はまったく会話に上らないが、米ちゃんが特に可愛がっていた後輩なので、僕もよく覚えている。


 ただし二個下ということは、まだ十八歳になっていないということでもあるので、それで誘いたくても誘えなかったのだろう。仲の良かった部活の後輩といえども、進学して顔を合わせなくなると疎遠になるものだ。


 それから、しばらくして四人でテントへ引き返した。

 着いた時には、すっかり辺りが暗闇に包まれていた。

 海と宇宙の境目も分からない世界だ。

 雲の切れ間から顔を出す月が、昼間の太陽よりも愛おしく感じられた。

 みんな無口だった。

 見えているのは、焚き火の炎だけだ。

 ストーブよりも暖かく感じた。

 その火を見ながら、座長たちが用意してくれた塩むすびを十人全員で食べることになった。

 しかし、広がって輪になることはなかった。

 身を寄せ合って座ったのは、決して寒いからという理由だけではないはずだ。

 みんな怖がっているように見える。

 闇夜が、怖くて、怖くて、仕方ないのだ。

 無口になってしまうのは、話すことがないからではない。

 それは、涙を流してしまいたいと思うほど不安な気持ちしかないからである。

 その暗闇は、生意気なまま成長した僕たちを懲らしめているようだった。

 気が強いと思っていた米ちゃんが、かよわく見えた。

 行動的な座長も頼りなく感じる。

 ヒロシさんも年長者には見えなかった。

 堀田先生は闇に飲まれていた。

 舞台で存在感を発揮する早見君も小さく見える。

 話し好きの森ちゃんも元気がない。

 綾ちゃんの顔から笑顔が消えた。

 広美は誰よりも臆病に見えた。

 その中で、ユウ君だけが微笑んでいるように感じるのはなぜだろう?

 まるで停電を楽しむ子どものようだった。

 素直な子どもには、お仕置きなんかできないということだろうか。

「寒い」と誰かが言った。

 それを契機に解散となったが、テントへ戻る前に全員で歯を磨くことになった。

 でも、歯ブラシを持っていないので指で磨くしかなかった。

 水を口に含んで、指を突っ込み、キュッキュッとさせる。

 そんな中、座長だけ何度もえずくので、僕たちは笑いを堪えることができなかった。

 普段なら笑うようなことではないのに、その時は子どもに戻ったかのように笑った。

 そこで夜の帳が、少しだけ優しい気持ちにさせてくれるもののように感じられたのだった。



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