4月2日 夕焼け
警察が来るまで、僕は空を見ていた。
早見君は何も語らず、米ちゃんの手を握っている。
広美は座長と堀田先生に付き添われて崖を下りた。
小さな探偵は、僕の横で同じ空を見ている。
それは一緒に推理アニメを観ている時と同じ姿だった。
夕陽を見て思い出すのは、ちょうど一年前に見た夕陽だ。
高校を卒業したばかりの春休み。
忘れ物を取りに戻った部室も夕陽に染まっていた。
誰もいないと思っていたのに、中から声が聞こえてきた。
どうやら、早見君と米ちゃんがエチュードの練習をしているようだった。
練習の邪魔をしてはいけないと思い、中に入るのを待つことにした。
エチュードは続いていた。
「思わせぶりな態度をとったのは、私の方なんだ」
「そういうのは、どっちが悪いとかじゃないよ」
「でも好意を持ってるのに、冷たくしたのは、やっぱりダメだよ」
「仕方ないことだってある」
「それが自分だけのためでも?」
「君だって、つらいんだよ? 充分苦しんでるだろ」
「怖いだけだよ。ノーマルじゃないと思われるのが怖い」
「そんなの打ち明ける必要ないんだ」
「嘘をついて生きろってこと?」
「どうして隠したままじゃいけないんだ?」
「でも、嘘は嘘だよ」
「打ち明けなければ嘘をついていることになるのか?」
「そう思う人もいる」
「そんなの、思わせておけばいいよ」
「でも、いつかはバレるんだろうね」
「だったらこうしようか。二人が俺を取り合ったことにすればいいんだ」
「それだけで騙せる?」
「それなら俺も、君のことが好きだっていうことにするよ」
「そんなことしたら彼女ができなくなるけど、いいの?」
「構わないよ」
「どうして私のためにそんなことするの?」
「俺も同じだからさ」
「同じ?」
「同じだ」
「そうだったんだ」
「だから俺と付き合ってることにすればいいんだ」
「そんなことすると死ぬまで嘘をつくことになるんだよ?」
「いいよ、べつに」
「私は怖い」
「演じ続ければいいんだ」
「できるかな?」
「大丈夫さ。だって俺たち役者だろ?」
思えば、これはエチュードの練習ではなく現実だったのだ。
了




