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4月2日 真昼

 僕と堀田先生が浜辺へ戻ると、そこにいるはずの人が全員いなかった。

 消えるはずのない場所から全員いなくなったのだ。

 神隠しとしか言いようがないが、堀田先生は予想できていたみたいだ。

「ね? これで分かったでしょう?」

 いや、僕には何が起こったのか、さっぱり分からなかった。

 堀田先生がイラついた。

「なんで分からないの!」

 こんな感情的な堀田先生を見るのは初めてだった。

「ここにいないということは、何らかの理由でみんなガケノウエニイッタンだよ」

 説明を受けてもピンと来なかった。

「だからみんな、ガケノウエニノボッタノ!」


 え?


 ガケノウエニノボッタノ?


 堀田先生が言った言葉が理解できなかった。


「これで二人を殺した人たちが分かったでしょう!」

 僕は唖然とするしかなかった。

 つまり「ガケ」とは崖のことか?

 この島の中央に鎮座している、絶壁のことだというのだろうか?

「だって、この急な崖は……」

 そう、登れるはずのない崖だ。

 堀田先生の、僕を見る顔が、小さい子どもを見ている顔になっている。

「確かに急だけど、こんなの登ろうと思えば、小学生の子どもだって登れるよ」


 はぁ?


 子どもにも登れる?


 ああ、そうか。


「……そういうことだったのか」


 僕には断崖絶壁に見えていた崖も、他の人から見れば登るのが、さほど難しくない急斜面にすぎなかったわけだ。運動が苦手という意識から、崖の上に行くのは不可能だと思っていたが、それは単なる思い込みにすぎなかったわけである。


 ということは?


「目を覚まして!」

 堀田先生が叱責する。

「シュウ君の友達思いの性格は素敵だけど、犯人の協力者を庇うのは間違いだよね?」


 頭の中がグラグラしていた。

 目に映る現実が壊れてしまいそうな感覚だ。

 天地が逆さまになった気分である。

 探偵が僕のことを悲しそうな目で見ていた。

 目の前の彼女もつらそうである。

 口を動かそうとしているが、躊躇う気持ちがあるのだろう。

 探偵が深呼吸をした。

 どうやら意を決したようである。


 そして、堀田先生が答えを提示した。

「二人を殺害した犯人は早見君で、彼に協力したのがユウ君なのよ」

 はっきりと名前を出されても理解できなかった。


 ユウ君は僕の友達だ。

 僕が連れて来た友達ではないか。

 その彼が犯人の協力者だって?

 そんなはずがない。

 あるはずがないのだ。


 そこで堀田先生が僕の真正面に立った。

「いい? よく聞いて。早見君とユウ君は綾ちゃんと森ちゃんを、それぞれ小屋と崖の上に別々に呼び出したの。そこで初めに小屋で綾ちゃんの首をロープで絞めて殺したわけ。男二人なら首吊り自殺に偽装することも難しくなかったはずよ。それからユウ君は港へ行き、早見君は崖の上で森ちゃんと落ち合った。でもそこでいきなり殺したりしなかった。様子を窺って、全員が綾ちゃんの遺体を発見するまで待ったのよ。森ちゃんはそのことを知らないけど、早見君は時間を稼ぐだけだから簡単でしょう? 綾ちゃんの遺体を発見するのは誰でも良かった。そう、たまたま広美さんとシュウ君だったけど、私や米ちゃんでも問題なかったはずなんだ。でも、港へユウ君を呼びに行くのはシュウ君じゃないとアリバイ工作ができないはずだから、事前にユウ君と早見君が夜釣りに行くことを伝えていたんじゃない?」


 確かに、彼女の言う通りだった。

 僕は誘われなかったけど、二人が約束していたことは、この耳で聞いていた。

 そうか、だから釣竿だったわけだ。

 テントの外に釣竿がないのは、二人がテントの中にいないことを意味する。

 今朝も釣竿がなかったから、僕は港に行こうと思ったのだ。

 そういう意味において、釣竿は不在を報せる理想的なアイテムだったわけだ。


 堀田先生は続ける。

「シュウ君が港へ行くことで、早見君は動かぬアリバイを手に入れることができるのよ。みんなが小屋に向かったのを見計らって、早見君が森ちゃんをテントに誘って、そこで殺害する。首を切ったのはユウ君のナイフね。森ちゃんを殺した早見君は、急いで崖の上に登り、小屋の先の崖上に向かうの。そこで下りやすいところから地上に戻って、何食わぬ顔で小屋へ行けばいいわけ。薄暗いから早見君が崖から下りてきても確認なんかできない。そこで重要になるのが港に残した置手紙だったんだ。ユウ君は予め置手紙を用意していて、それを早見君が最初から持っていたのよ。そうすれば早見君はわざわざ港まで引き返すことはないでしょ? ユウ君は早見君に渡していた置手紙と同じ文面を、シュウ君の持っていた紙に書き、釣竿の下に置いた振りをして、シュウ君に分からないように回収してから、小屋へ向かったというわけ。なぜそんなことをするかというと、薄暗いとはいえ、小屋と港の間ですべり下りて来た早見君が、そこから港へ向かって置手紙を取りに行くのはリスクが高いじゃない? 誰かが港へ向かう早見君の後ろ姿を目撃したら、その時点でアリバイ工作は破たんするからね。それで置手紙を二枚作ることにしたんだ」


 完璧なアリバイトリックだった。

 どう考えても、僕には否定することができなかった。

 でも目の前の探偵には、見破られてしまったわけだ。


 堀田先生が続ける。

「唯一の誤算は、みんなが綾ちゃんの遺体を探しに行く時に、テントの中を確認されてしまったことね。騒ぎになれば、そんな余裕はないと思ったんでしょうけど、人間の行動は想定外のことが起こってしまうから、予想に反して不可能犯罪の状況が生まれてしまったのよ。誰も森ちゃんのテントを確認することがなければ、綾ちゃんが森ちゃんを殺して自殺したということで事件は結論付けられたと思う。シナリオライターならば想定外の行動を予想できたんでしょうけど、物を書かない彼らには、それができなかった。その差が、私を解決に導いたんだんだ。ほんのわずかな差なんだけどね……」


 そこで堀田先生は考え込んでしまった。

 僕は丁寧な説明を聞いたというのに、何も考えることができなかった。

 頭の中が真っ白になる、とはこのことだ。


 突然、堀田先生が狼狽え始める。

「どうしよう? この真相に辿り着けたのは私しかいないんだよ。他のみんなは彼らが犯人だとは思っていない。ということは、崖の上で彼らに背中を向けてしまうことだってありえる。ヤバい……」

 そう言って、崖の斜面に向かって走り出した。

「シュウ君も一緒に来て!」


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