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4月2日 昼前

 迎えの船が来ても、そのままその船に乗って帰ることはできないだろう。警察が来るまでは、島に留まらなければいけないからだ。それから本土の警察署で事情聴取を受けることになるが、それも早くて半日後ではないだろうか。


 予定以上に滞在が延びることになるが、食事が喉を通りそうにないので構わなかった。ここまで食欲が減退することなど、今まで経験したことがなかった。つまらない比較だが、中学時代の失恋の比ではないというのは実感している。


 劇団員の話を聞いた後、森ちゃんの殺害現場を確認したいから一緒に付き合ってほしい、とユウ君にお願いされた。もう一度あの姿を直視することは耐えられなかったが、ユウ君の行動が気になったので応じることにした。


 他の人の目も気になったが、好奇心が勝ってしまったという感じだ。そこで何か分かれば、それをみんなに報告してあげればいいし、調べた結果、何もなかったとしても、そのまま報告すればいいわけだ。


 テントの中は朝方よりも明るかったが、血だまりの黒さが色として認識できたため、より凄惨に見えた。夏場ならば虫がたかるところだが、それを見なくて済んだのは、せめてもの救いだろうか。


「朝方見た時は分からなかったけど、首を絞められた痕があるんだね。それから首を切ったんじゃないかな」

 そんなことを言われたところで、確認したいとは思わなかった。

「テントに返り血は飛んでないし、完全に心停止してから切ったんだろうね」


「犯人はどうしてそんなことを?」


「さぁ? 二度殺したか、あるいは二度殺されたか、そのどちらでもないか、だよね」

 ユウ君は特に深く考えた様子はなかった。

「この血、変な色してるね」

 そう言って、ユウ君は森ちゃんの吐血した口元を凝視する。

「乾いてないよ?」

 と言いつつ、指で口元の血に触れ、匂いを嗅いで、舐めてしまった。


「えっ?」


「甘い」


 あまりの常軌を逸した行動に、見ない振りをするのがやっとだった。森ちゃんは甘いのが好物なのだから、血糖値が高いのは当たり前だろう。いや、でも血が甘いなんて話は聞いたことがない。


 それよりもユウ君の行動が、幼稚すぎるという言葉では擁護できないほど非常識なのが気になった。常軌を逸した行動とは正にこのことだろう。さすがにこれは、みんなには報告しない方がいいかもしれない。


 それからユウ君はテントから出て、原っぱに身体を投げ出し、仰向けになって、手の平を枕にして目を閉じてしまった。急に疲れて眠くなってしまったのだろうか? まるで探偵ごっこに飽きてしまった子どもそのものだ。


 太陽が頭の上に来るには、まだ時間がある。春の陽光ではあるが、全身は冷え切っていた。みんな思い思いに過ごしており、会話をする者はいなかった。そう言う僕も浜辺で一人になり、海を眺めながら考え事をしている。その中身は探偵ユウ君についてだ。


 部外者の大学生が殺人事件に遭遇して探偵のように推理して事件を解決に導くというのは、現実ではとても難しい話である。捜査権を持たない者が現場を調べると証拠が失われるかもしれないし、刑事や鑑識に誤解を与えて混乱させてしまうかもしれないからだ。


 それだけではなく、最悪の場合は証拠隠滅を疑われてしまうことがあるので、やはり事件の関係者は現場保存だけしっかりするべきで、その他の余計なことなどは一切してはいけないのである。


 現場保存に関してはアニメでも手抜きをせずに毎回しっかりと描いているので、現在は僕のような一般人でも知識として備わっている人が多い。そこまで分かっていながら、好奇心の強いユウ君を制止することができなかったので、そこは反省しなければいけないだろう。


 ユウ君が調べたところで、真相を探り当てるのは困難だ。なぜなら検死や現場に鑑識を呼ばなければ、はっきりとした調査結果が出ないわけで、それがなければ捜査の道筋が成り立たないからである。そこを誤ると、見当はずれな推理になってしまうことになり兼ねない。


 と思いつつ、一方でそれほど難しくない事件だという認識もある。なぜなら無人島という閉鎖空間ならば外部犯行説を一切排除できるからで、この島では強盗や行きずりの犯行が成り立たないからである。


 それでもユウ君が事件の真相を解き明かすのは、限りなく不可能に近いだろう。このような仲間内だけが集まった時に起こった事件では、犯行動機が最も重要になってくるからである。一昨日知り合ったばかりのユウ君に人間関係を整理することなど出来るはずがない。


「よしっ」


 ここは僕が真相解明に努めるべきだと思った。劇団仲間と近すぎず遠すぎない距離感で人付き合いをしている僕こそが、最も探偵役に相応しいように思えたからである。ただの美術スタッフなので演者としての利害関係も皆無だ。


 では、どうやって真相を見つければいいかというと、ここは困った時の消去法というのが最も無難であると考えられる。誰が犯人として有り得ないかをランキング形式で思索していくわけだ。そうすれば最後に名前が残った人が犯人となるわけである。


 不謹慎な表現かもしれないが、捜査や推理で頭を働かせるには、感情を殺して、冷静かつ、客観的に物事を見なければいけないのである。そうするためにも、あえてランキングを用いるというのも一つの手なのだ。


 まず初めに、最も犯人たり得ない人物を発表すると、この僕ということなる。当たり前すぎるのでわざわざ説明する必要もないだろう。殺人を犯した後に真相解明を試みるなど、そんなことをしていたとしたら、自分でも自分が怖くなる。


 二番目に犯人たり得ない人物はユウ君だ。探偵にもなれなければ犯人にもなれないだろう。出会って二日しか経っていないので、殺人を犯すほどの動機が芽生えるはずがないからである。それでもユウ君が犯人だとしたら、そういう変質者だったと思って諦めるしかない。


 過去に出会っていた可能性も排除していいだろう。仮に被害者に恨みがあったとして、顔が割れていないのならば、そのまま知り合わずに殺して、通り魔の犯行に見せ掛けた方がいいからだ。それに彼は僕の友達なので、そんなことをするはずがないというのが一番の理由だ。


「問題はここからだ」


 三番目に犯人たり得ない人物は座長である。劇団員の中で最も演劇を愛しているので、芝居を続けられなくなるような事態を引き起こすとは思えないからだ。恋愛にも興味がないみたいなので女性関係のトラブルも考えられない。


 それに、座長は動けないほどの風邪を引いている。さすがに鼻水や鼻づまりまでリアルに芝居をすることなど無理だろう。いくら女性の身体とはいえ、自殺に見せ掛けるには体力が必要だ。そこを踏まえると、座長の犯行ではないと断言することができるのだ。


 それに座長は、気さくに話せる高校時代から付き合いのある僕の唯一の友達だ。大学にいる時は、大体いつも座長と一緒にいることが多い。そんな人が仲間に手を掛けるなど考えられない。ずっとお世話になっている恩人でもあるので、早めに容疑から外したいと思う。


 四番目に犯人たり得ない人物は広美だ。仲間思いでいえば彼女も負けていないからである。特に死んだ二人と三人娘を結成するほど仲が良く、いつも一緒に行動していたので殺すことはずがないからだ。


 それに広美とはテントが一緒だった。いくら俺が寝ているからといって、テントを抜け出して人を殺しに行くというのはリスクが高すぎる。俺だって、いつ目を覚ますか分からないのだから、そんな無茶な計画など実行するはずがないのだ。


 寝起きで真っ暗だったとはいえ、空っぽのテントを見間違えるほど、頭がボケているはずがない。俺たちが小屋へ行く前には、テントに森ちゃんの遺体は確実になかった。大事なことなので警察に聞かれたらちゃんと答えたいと思う。


 五番目に犯人たり得ない人物は早見君にしておこう。それは事件が起きたと思われる時間にユウ君と行動を共にしていたからである。知り合ったばかりの部外者であるユウ君がアリバイの証人ならば、疑う必要はないだろう。


 現実的に考えたら、早見君はもっと早く容疑者から外すべきかもしれない。港にいた早見君には、どうやってもテントで森ちゃんを殺すことが不可能だからである。合流が遅れたけど、ちゃんと港の方角から姿を見せたので、完全なシロと見て間違いない。


 動機に関しても思い当たる節がなかった。早見君を巡って女同士が殺し合いになるようなことがあっても、早見君が女の子を殺すことはないからである。カッコいいけど女遊びを一切しないので、そこが個人的にも好感を持てるので早めに容疑から外したいと思う。


 六番目に犯人たり得ない人物は、僅差だが、大道具の仕事でお世話になっているヒロシさんの名前を先に出しておきたいところだ。ヒロシさんも、部外者といえば部外者だからである。そこを踏まえると、ユウ君の次に容疑者から外してもいいくらいだ。


 それに骨折をしてギブスをしている。本人は治ったと言っているが、重い水を運べないので完治していないはずである。治っていたら率先して重荷を引き受けたがるような人だ。そんな人を疑えるはずもなく、今は事件に巻き込んでしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 七番目に犯人たり得ない人物は堀田先生だ。彼女は例の脅迫状に興味を持っているので、ユウ君と同様に探偵側の人間だからである。彼女が犯人ならば、さすがに僕も人間不信になってしまうだろう。


 ただでさえつらい精神状態なのに「脚本を書いているうちに殺人事件のアイデアが浮かび、それを実行してみようと思い至ったの」などと動機を語られたら日には、明日から生きていく気力がなくなってしまう。


「ああ、なんてことだろう」


 そして、最後に容疑者が一人残ったわけだ。それは米ちゃんである。こうして理論立てて考えていくと、残るべくして残った一人とも言えるだろう。彼女なら犯行が可能、というよりも、彼女しか考えられないと断言してもいいのではないだろうか。


 どう見ても単独犯では不可能に見える二つの殺人だが、米ちゃんならばそれが可能なのだ。それは米ちゃんだけが持っている魔法、つまりウェットスーツがポイントになる。それを着ている者だけが、隠された秘密のルートを手に入れることができるからである。


 最初に森ちゃんをテントから離れた所に連れ出して殺害し遺体を隠す。次に綾ちゃんを小屋に連れ出し殺害し自殺に偽装する。そこで人に見つからないように海を泳いで浜辺に戻るのだ。そして騒ぎを見届けてから森ちゃんの遺体をテントに戻して知らない顔をして小屋へ行く。


 これならば誰にも見られずに二人を殺すことが可能である。結局のところ、この事件で一番大事なポイントは『隠された道を発見する』ということに尽きるのではないだろうか。浜辺から港まで道は一本だが、真夜中ならば海も道となってしまうのである。


 残念なことに、米ちゃんならば動機も充分だ。ただし、恋愛絡みではないだろう。早見君とは何度も恋人役を演じたり、付き合っているように見えるが、それはあくまで台本やエチュードの中だけの話であって、現実ではなかった。


 それよりも、彼女は主役の座を綾ちゃんに奪われそうになっていることが許せないのだろう。焦りや、嫉妬や、憤りや、悔しさがあったに違いない。脇役から徐々に出番を増やしていった綾ちゃんに対して、実力の差も感じていたのではないだろうか?


 米ちゃんは主役しかやったことがない女優である。それに加えて、劇団の看板俳優でもある。立ち上げから今まで劇団を引っ張ってきたという自負もあっただろう。それが綾ちゃんの敵役や踏み台になりかけていたのだから恨んでも当然だ。


「シュウ、ちょっといいかな?」


 背後から声を掛けられ、心臓が止まるかと思った。

 その声の主が米ちゃんだったからだ。


「なに?」


 夢中になって推理していたので、また声が漏れていたのだろうか?


「二人きりで話がある」

 さすがに僕まで殺すということはないだろう。

「あっちに岩場があるんだけど、そこでいいかな?」

 と尋ねつつ、米ちゃんは一人で歩き出してしまった。


 向かった先は、港とは正反対の位置にある西端の岬だ。

 そこだと浜辺にいる人からは、僕たちの姿は見えない。

「そこ座ってくれる?」

 僕が従うと、彼女も岩の上に並ぶように腰を落ち着けた。


「シュウ、私に言うことない?」

「いや、僕の方からはないけど」

 米ちゃんがため息を漏らす。

「そう」

 これは僕に探りを入れているのだろうか?


「本当はこんなこと言いたくないけどさ、私ね、一人になって考えてみたんだ。誰が二人を殺したんだろうってさ。殺害方法はわからないよ。でも動機っていうのかな、それなら私にも分かるじゃない?」


 自白ではなさそうだ。


「まずユウ君はありえない。座長も殺す理由がない。広美と堀田先生も違う。早見君のはずがないし、ヒロシさんなわけがない。そう考えるとシュウ、アンタしかいないんだよね。前日に綾にフラれたでしょう? その腹いせに殺したんじゃないの?」


 驚くことに、どうやら米ちゃんは米ちゃんで僕のことを殺人犯として疑っているようである。素人が探偵の真似事をすると、色んな人が有力な容疑者となってしまうようだ。怖いのは米ちゃん以外の者も僕のことを疑っているかもしれないということである。


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