4月2日 早朝
ユウ君の他殺宣言によって、その場に緊張が走った。
「待ってよ、私たちの中に森ちゃんを殺した人がいるの?」
尋ねるまでもなく、そのことが分からないほど米ちゃんは鈍い女じゃないはずだ。
「えっ? 自殺じゃないんですか?」
堀田先生は死体を見ていないので、彼女が疑問に思うのも当然だ。
「あれは自殺じゃないな」
ヒロシさんが落ち着いて答えた。
正直、彼がこれほど冷静でいられる人とは思わなかった。
「でも、俺たちの中に……」
早見君が苛立っている。
「そんなはずないだろう!」
と大声で叫んだ。
これも意外な反応だった。
やり場のない怒りをどこに向けていいのか分からずイライラしているようだ。
ヒロシさんと早見君の反応が逆ならしっくりくるが、それが現実だった。
「脅迫状の一件がありましたからね」
死体を確認していない座長が、他殺と聞いても驚かないのはそのせいだ。
失念していたが、確かにそのことが頭にあれば、不測の事態とは捉えないかもしれない。
「いや、そんなのがあったって、僕らの中に犯人がいるはずないじゃないか」
口調は穏やかだが、早見君が座長にまで腹を立てているのが分かった。
脅迫状の話題が出てから、米ちゃんが僕を睨んでいる。
そこで思い出した。
昨日、僕は冗談に付き合うつもりで、脅迫状の差出人は自分だと認めていたのだった。
そこで急いで弁明しようと思った。
でも、頭が回らなかった。
それでも話さなければいけない。
差出人が僕ではないことを、はっきりと言わなければいけないのだ。
「僕は、違う。昨日のは、冗談だったんだ。いや、その、冗談というのは、脅迫状を出したのは自分ということではなく、会話のノリで認めただけで、本当はやっていない」
説明したが、しどろもどろになってしまった。
自分ではちゃんと発音したつもりだった。
でも、他人に聞き取れる言葉になっていたかどうか自信が持てなかった。
これではどこからどう見ても怪しく見えるだろう。
「なに言ってるか、全然分かんないよ」
米ちゃんが怒るのも当然だ。
怒られて泣きそうになる。
それがまた自分でも罪を認めた犯人のように思え、とても情けなくなってしまった。
「シュウ君は脅迫状を出していません」
ユウ君だった。
「話の流れで認めただけであって、それも含めて冗談だったんです。そうだよね? シュウ君」
ユウ君が僕の代わりに説明してくれた。
それはいいが、今の言葉は意訳しただけである。
僕を信じて庇った言葉ではないというのが気になった。
「誰が脅迫状を出したか分かりませんが、これでイタズラではないことははっきりしましたね」
座長の言葉や態度は、いちいち芝居っぽかった。
何もなければ気にしないことでも、こういう事態の最中では腹が立って仕方がなかった。
「そんなはずがないだろう!」
早見君が僕の代わりに怒りをぶちまけてくれたので溜飲が下がった。
「落ち着けよ」
それをヒロシさんが宥めるという、初めての図式である。
脅迫状の話題が出てから、広美が何かに怯えたように、小刻みに震えている。
早見君と同じように怒りが込み上げてきた感じだろうか。
汗をかいて身体を冷やしたというのもあるだろう。
いや、それよりも仲のいい二人を立て続けに亡くした悲しみが先立っているようだ。
堀田先生はノートを開いて、例の脅迫状を読み込んでいる。
「先生、その脅迫状は証拠物件なので、失くさないように保管して下さい」
ユウ君が的確に指示を出した。
思い返すと、ユウ君の行動は感情が感じられないほど冷静沈着だった。
綾ちゃんの死体を見ても驚かず、他の人が現場を荒らさないように、常に見張っていたのも彼だ。森ちゃんの死体が発見された時は出遅れたが、テントを閉め切って現場保存に努めたのもユウ君だけだ。
昨日知り合ったばかりの間柄なので、関係者に思い入れがないから冷静でいられるのだろうが、二十歳に満たない人とは思えないほど落ち着いている、というのも事実である。ユウ君がこの場にいてくれて、僕は本当に感謝している。
この場を仕切っているのはユウ君だった。
「座長さん、お昼に迎えの船が来るのは本当ですね? もう、今日はエイプリルフールではありませんので、本当のことだけ答えて下さい」
「もちろんです。嘘なんかつきませんよ。お昼に迎えは来ます。それは確実ですから、何も心配はいりませんよ」
仲間が死んでいるので、もう嘘をつくことはないだろう。
「堀田先生、どうされました?」
ユウ君が尋ねた。
発言を求めていた堀田先生が分析した結果を解説する。
「はい。その、脅迫状に犯行時間を指定する記述はありませんでしたから、二泊することを黙っていた座長の嘘と、二人が死んでしまったこととは関係ないと思ったんです。そもそも脅迫状が発見された日もエイプリルフールだったんですから、それ自体が冗談で、これも同じく二人の死とは関係ないのかもしれません。脅迫状は誰かがやった冗談で、森ちゃんが殺害されたこととは別個のことだと考えられるわけです。当たり前のように関連付けてしまいましたが、同一でない可能性を排除してはいけませんよね」
誰もが納得できる説明だった。
ただし、無機質なしゃべり方なので冷たく感じられた。
堀田先生の感情が感じられないのだ。
彼女は続ける。
「そこで考えたんですけど、私たちの中に森ちゃんを殺害した人がいると思い込んでいるようですが、森ちゃんを殺した綾ちゃんが自殺したと考えるのが自然ではありませんか? 最初に発見したのが綾ちゃんだったから、つい、綾ちゃんが先に死んだと思い込んでしまったんです。でも、先に死んだのが森ちゃんなら、綾ちゃんの自殺に不審な点はなくなりますよね? だからもうすでに、この事件は終わっているのかもしれないんです」
早見君がしきりに頷いている。
いや、彼だけではなく、全員が異論を挟まなかった。
僕は何かが引っ掛かったが、頭が働かなかった。
「ねぇ、広美、寒いんじゃないの?」
米ちゃんが心配そうだ。
広美の震えは、僕の気のせいではなかったようである。
「私も着替えるから、広美も着替えがあるなら着替えちゃいなよ。ねぇ、座長、今すぐ火を起こしてくれない? これじゃあ、みんな風邪を引いちゃうよ。燃やせるものは全部燃やしてしまおう」
いつの間にか、いつもの米ちゃんに戻っていた。




