4月2日 朝焼け
テントの中は色んなものが散乱していた。
持ち込んだ全ての持ち物が床に散らばっているという有様だ。
チョコやアメやおせんべいなど、すべてである。
ハチミツのキャップやマーガリンの蓋まで外されていた。
非常用の乾パンまで、わざわざ開けて中身がぶちまけられている。
血が付いた着替えも無造作に脱ぎ捨てられた感じだ。
綾ちゃんが大事にしていた枕も無造作に放り出されている。
その中で、森ちゃんは首を切られて死んでいたのだ。
寝袋にくるまっているので、傷口がなければ眠っているようにしか見えなかった。
でも、傷は確かに存在していた。
首の横、おそらく頸動脈だろうが、かなり深くまで切られている。
口からも吐血しており、首の下は大きな血だまりになっていた。
気密性が高いのか、地面に染みこむまで時間が掛かりそうだ。
そのためか、吐き気を催すほどの匂いが充満していた。
これだけの血の量から見て、死因は失血死で間違いないだろう。
初見の状況を、一般人の僕の知識だけで判断するのは、この辺が限界だった。
それから異変に気がついた米ちゃんが、僕を押しのけて、テントの中へ入ってきた。
「森ちゃん!」
米ちゃんは身体を揺さぶるが、反応は返ってこなかった。
僕の頭がやけに冷静なのは、綾ちゃんの時と違って、明らかに他殺と判明しているからだ。
この犯行を実行したのは、自分以外の人間だ。
そのことを一番に知ることができたので、他人を注意深く観察できているわけである。
水を飲んでいた者もテントに集まってきた。
ここでもヒロシさんが一番乗りだった。
綾ちゃんの時と同じように、米ちゃんを落ち着かせようとして必死だった。
森ちゃんの死体を見るまでもなく、全員がその死を察したようだ。
「森ちゃん」
広美もテントに入ってすがりつこうとするが、早見君が抑えつけた。
「なんで?」
堀田先生がへたり込む。
ユウ君が入り口の隙間から中を観察している。
ヒロシさんが米ちゃんをテントの外へ強引に連れ出した。
米ちゃんは、この場にいる誰よりも弱弱しい姿を晒していた。
ヒロシさんに抱えられると、そのまま草むらに倒れ込み、うつ伏せで顔を覆った。
座長は腕を組んで、立ったまま、その様子を見ていた。
僕たち全員がよく見える場所で、俯瞰で観察するには理想的ともいえるポジションにいる。
デジャブかと思ったが、それが稽古場で演出する座長の姿と一緒だと思い出した。
ユウ君は中を確認してから、テントの入り口を閉じてしまった。
あまりに悲惨な状態なので、見せるべきではないと判断したのだろう。
第一発見者じゃなければ、僕も見たいとは思わなかった。
記憶だって消したいくらいだ。
いや、それよりもユウ君は現場保存を優先しただけだろうか?
おそらく、その可能性が高そうだ。
ヒロシさんは何をするわけでもなく、ずっと米ちゃんの側に付き添っていた。
本能的に、この場で最も弱っている人を感知したといった感じである。
広美も米ちゃんと同じように草むらで横たわっていた。
仰向けで顔を両腕で覆い隠し、肩を時折震わせているので、たぶん泣いているのだろう。
広美が泣いている姿を生まれて初めて見た。
早見君も相当参っている様子だ。
草むらで胡坐をかき、地面を殴りつけては聞こえない声で何やら呟いている。
きっと、やり切れない思いを抱えているのだろう。
地面にへたり込んでいる堀田先生は、まったく動かなかった。
微動だにしないとはこのことで、瞬きすらしていないように思われた。
みんなを観察している自分は、周りの目にどう映っているのだろうか?
立ったまま頬杖をついて、目だけをキョロキョロさせている。
その姿は、かなり挙動不審に見えるに違いない。
なぜなら、座長も同じように挙動不審に見えるからだ。
「これは殺人です」
全員の目が、発言者のユウ君に向けられる。
そうだ、死体を見れば他殺は明らかだ。
しかし、死体を見ていない者にとっては判断ができないだろう。
特に首を吊った綾ちゃんの後ならば森ちゃんも自殺と考える方が自然な流れだ。
誰が他殺と知っていて、誰が自殺じゃないと分かっていたか?
さすがに表情だけでは判断しようがなかった。




