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4月2日 夜明け前

 首を吊った綾ちゃんの死体を目にした僕は、広美と同じようにライターを落としてしまった。

 うまく立ち上がることができない。

 やはり彼女と同じように腰を抜かして、這うように外に出ることしかできなかった。

「綾、だよね?」

 広美は正気を取り戻したようだが、今は僕の気が動転している。

 それでも頷くことはできたので、何度も頷いて見せた。

「森ちゃんは?」

 確認していないので、何度も首を横に振った。

 森ちゃんのことを考えることで、やっと僕も行動しなければならないと思った。

 もう一度、小屋に入ってライターを探す必要がある。

 広美も同じことを思ったようで、僕たちは床を這ってライターを探した。

「あった」

 見つけたのは広美だった。

「点けるよ」

 確認なんていらない。

 急いでほしかった。

「うん」

 小屋の中が明るくなる。

 やはり見間違いではなかった。

 綾ちゃんの首にロープが食い込んでいる。

 もう、助かることはないだろう。

 それが、紛れもない現実だった。

 広美がライターを持っているので、ロフトの上を調べるのは僕の役目だ。

 ハシゴを全部上り切るまでもない。

 そこには森ちゃんどころか、何もなかった。

 すぐにハシゴを下りて、小屋の外に出る。

 森ちゃんの名前を呼んでも無駄だと思い、口にしなかった。

「森ちゃん」

 広美は、僕とは考えが違ったようだ。

 いや、これは思いの差だろうか。

 当然だが、返ってくる言葉はなかった。

「探してくるよ」

 と言いつつ、足が動かなかった。

 慌てているのに、身体が固まってしまうのだ。

 いや、頭の方かもしれない。

 何か忘れている。

「みんなに知らせてくる」

 それだ。

 広美の方が、頭が回っている。

「港の方に行くから、そっちは頼んだ」

 指示を出して、頭がすっきりしたようだ。

 僕は港へ向かい、広美は浜辺へと向かった。


 最初は走ったが、すぐに息があがってしまった。

 これでは、かえって遅くなる。

 途中から早歩きに切り替えて、呼吸を整えることにした。

 綾ちゃんの変わり果てた姿が頭から離れなかった。

 首を吊ったのだから、自殺以外には考えられないはずである。

 でも、そんなはずがない。

 一瞬だけ脅迫状のことを思い出したが、そんなことではないのだ。

 綾ちゃんが自殺なんて、考えられなかった。

 ただ、それだけである。

 集中しすぎて、地面ばかり見ていることに気がついた。

 今は考えている場合ではなかった。

 森ちゃんを探さねばならないのだ。

 目を凝らしても、それらしい人影はなかった。

 海の方も見るべきだと、今さらながら思い至った。

 あらゆる可能性を考慮すべきなのに、いつも気がつくのが遅かった。

 東の空は、まだ黒いままだ。

 それでも港の先の埠頭は確認できる。

 そこで再び走ることにした。


 疲れ切っても構わない距離まできている。

 誰かいた。

 しかし小柄なので、森ちゃんではないだろう。

「ユウ君!」

 走りながら、泣きそうになってしまった。

 いや、冷たい頬に熱い涙が伝うのを感じた。

 鼻水も止まらなかった。

 悲しい気持ちが一気に溢れ出した。

「どうしたの?」

 ユウ君が自分の足元に膝をつく僕を見て心配した。

 僕は息が上がり、思い切り泣いてしまったため、うまく返事ができなかった。

「なにがあったの?」

「……森ちゃんは?」

 そう尋ねるのが精一杯だった。

「来てないよ」

 しゃがんだユウ君が、僕の背中をさすり続けている。

「……綾ちゃんが」

 そこでまた鼻の奥が痛くなるくらい大粒の涙が出てしまった。

「綾ちゃんが……」

 言葉にしようとすると、呼吸が苦しくなる。

「ゆっくりでいいよ」

 ユウ君はとても落ち着いていた。

 それで焦る気持ちがどこかへ消え去った。

 呼吸が落ち着いてくのが自分でも分かる。

 ユウ君は、そんな僕を辛抱強く待ってくれていた。

「小屋で、首を吊ってたんだ」

 それを聞いたユウ君は、何も言わずに僕の肩に手を回して、うなだれた。

 しばらく、僕たちはそのままじっとしていたと思う。

 ただそれは、一瞬のようにも感じられた。

「森ちゃんは?」

 さっきも尋ねたはずだが、ユウ君の返事は覚えていなかった。

「来てないけど、いないってこと?」

 落ち着いて見えたが、ユウ君も頭が真っ白なだけなのかもしれない。

「早見君は一緒じゃないの?」

「うん。この時間は干潮みたいで、岩礁の上を行けるところまで行くって言って、行ったっきりなんだ」

「こんな暗いのに?」

「米ちゃんの話では、『浅瀬が続いているから溺れる心配はない』っていう話だよ」

 二人で北端の岬の方に目を凝らすが、早見君らしい人影は見えなかった。

「森ちゃんがいないのは確かなの?」

 ユウ君が確認を求めた。

 頷いて、意思表示する。

「うん。小屋へ行く時、僕もテントの中を見たから間違いないよ」

「僕もって?」

「ああ、広美と一緒だったんだ。いま、広美は浜辺に戻ってる」

 まだ呼吸が整っていなかった。

 それでも続けなければいけない。

「みんなに知らせるために二手に分かれたんだ」

「だったら僕たちも早く小屋に行った方がいいね。森ちゃんが来ていないことを伝えないと」

「だったら、どこにいるんだろう?」

 一本道しかない島で姿を消すなんてありえないことだ。

「それは分からないけど、とにかく小屋へ急ごう」

 小屋へ行こうと立ち上がったところで、ユウ君が考え込む。

「どうしたの?」

「うん。早見君にも伝えたいけど、どうしたらいいかと思って」

 僕はそこまで考えが及ばなかった。

 そこで、すぐにユウ君が閃いた。

「紙と鉛筆を持ってるよね?」

「うん」

 僕の答えに、ユウ君はホッとした顔をする。

「それに置手紙を書いておくのはどうかな?」

 答える前に、紙と鉛筆をユウ君に手渡した。

 携帯していて良かったと思った。

 でも、こんなことのためにスケッチブックを持ってきたわけではない。

 それが悔しくて堪らなかった。

「ありがとう」

 そう言って、ユウ君は小屋にいることだけを紙に書き記した。

 綾ちゃんが死んでしまったことは伏せている。

 その行為が有り難かった。

 文字であろうと、綾ちゃんの死を見るのはつらいからだ。

 知り合ったばかりのユウ君だって、書き記すことなんてできるはずがないのだ。

 それから、その紙を風に飛ばされないように、釣竿を重しにして地面に置いた。


「さぁ、行こう」

 声を掛けられる前に、すでに歩き出していた。

 小屋へ行く道中で、僕が目を覚ましてからの行動を、すべてユウ君に話して聞かせた。

 僕が話したというよりも、ユウ君の質問に答えた形だ。

 もうすでに息が上がりきっていたので、言葉にするのも途切れ途切れだ。

 話しながらも、僕は海岸線を注視することも忘れなかった。

 森ちゃんが浜辺や港にいないということは、海に入った可能性があるからだ。

 いつも陽気な彼女が、入水自殺をするとは思えない。

 しかし綾ちゃんが首を吊った現実の前では、どんな可能性も否定できないのである。

 小屋へ到着したが、他のみんなの姿はなかった。

 小屋から浜辺までの距離は、小屋から港までの距離の倍はあるので仕方がなかった。

 東の空が白み始めれば夜明けも近いが、この時はまだまだ暗いままだった。

 ユウ君が自前のライターを取り出した。

 火を点けて、小屋の中に入る。

 綾ちゃんの死体を見ても、ユウ君の表情は変わらなかった。

 僕や広美のように腰を抜かすこともなかった。

 それからアルコールランプに火を点ける。

 そして、落ち着いた様子で綾ちゃんの死体を観察し始めた。

 それを見て、やはり所詮はユウ君も部外者なんだと考えた。

 どんなに溶け込んでいるように見えても、感傷的になどなれないのだ。

 僕は二度目だが、綾ちゃんの顔を正視できないでいる。

 それでも部分的に見てしまうのだ。

 死んで全身が弛緩したのだろう、ズボンの股間の辺りが、おしっこで染みができている。

 それを見て、僕は再び涙を流してしまった。

 綾ちゃんの、そんな姿は見たくなかった。

 自分でも、どんな感情か分からなかった。

 悲しくて、悔しくて、苦しかった。

 ありきたりだけど、そんな憤りにも似た感情だ。

 ユウ君はロフトに上がって、何かないかと調べようとしていた。

 しかし、僕はすでに調べてあるので、結果を聞かされる前に小屋を出ることにした。

 防波堤の上に腰掛けて、みんなの到着を待つだけだ。

 森ちゃんがいないようならば、夜明けと共に全員で捜索する必要がある。

 場合によっては、米ちゃんにもう一度だけ島を一周してもらわないといけないだろう。

 とにかく、やれるだけのことはやるつもりだ。


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