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4月1日 日没後

 日が落ちてからも、僕たちは焚き火の前から離れなかった。

 焚き木は明日の分を残すだけでいいので、使える分はくべてしまおうということとなった。

 ヒロシさんが寝袋を取ってきて、下半身を冷やさないようにした。

 それを見て、全員が真似をした。


「魚は獲れなかったけど、昨日よりは楽しかったかな。やっぱり二泊は必要だね」

 米ちゃんが充実した顔を見せた。

「昼間は怒ってたクセに」

 森ちゃんが突っ込む。

「ハハッ、そうだっけ?」

 すっとぼける米ちゃんの、こういうところが大好きだ。


「だからボクに間違いはないんですよ」

 そう言って、座長が得意げな顔をする。

「騙しの三泊なら、ぶん殴ってたけどな」

 ヒロシさんの冗談だ。

「お酒が飲めないことくらい我慢しなよ」

 米ちゃんの言葉にヒロシさんが口を尖らせる。

「他はいくらでも我慢できんだけどな」


「ああ、お腹へった」

 森ちゃんの心の叫びが声に出た。

「お風呂に入りたい」

 これは綾ちゃんの願望だ。

「私はチョビの散歩かな」

 広美が飼っている犬のことだろう。


「みんなで今一番、何がしたいか言ってく?」

 米ちゃんが提案し、自分で答える。

「私はね、魚が食べたい。だって、もう捕まえられないのが悔しいんだもん」

 焚き火の炎が、みんなの微笑みを照らしている。

「ああ、僕もだ。今度はちゃんと準備をしてから本格的に釣りがしてみたいな」

 早見君が続いた。

「三人もいて、一人も釣れないって酷くない?」

 米ちゃんの言葉に、僕たち釣り人三人は苦笑いを浮かべることしかできなかった。


 座る順番で答えているので、次は堀田先生だ。

「私はスマホが欲しい。気になることがたくさんあるのに、すぐに調べられないのがつらいので早く帰りたいです」

 堀田先生らしい答えだ。

 米ちゃんが尋ねる。

「次の芝居のアイデアは浮かんだ?」

「まだ、全然」

 堀田先生は謙遜するタイプなので本心が分かりにくいところがある。

「じゃあ、あとで一緒に考えようか」

 ということは、次の公演も最終的には米ちゃんの希望通りになりそうだ。


 次は僕の番だ。

 パッとエッチなことを思い浮かんだが、口にするわけにはいかなかった。

「シュウは?」

 米ちゃんが催促した。

 一度エッチなことを考えてしまうと、なかなか他に頭が回らなくなる。

「なにニヤけてんの?」

 広美からツッコミが入った。

「ああ、もういい、なんか分かっちゃったよ」

 米ちゃんが呆れてしまった。

「シュウはほんとサイテーだな」

 森ちゃんの言葉だが、綾ちゃんではないので気にならなかった。


「ユウ君は?」

 米ちゃんが僕を飛ばしてしまった。

「僕は家族に会いたいです」

 ユウ君の本音だろうが、これでは僕の印象が悪くなるばかりだ。

「いい子だね」

 森ちゃんの感想だが、僕も同じ感想だ。


「あっ、俺はビールね」

 ヒロシさんが簡単に答えた。

「まだ飲み足りないの?」

 米ちゃんの言葉に、ヒロシさんはヘラヘラするばかりだ。

「へへっ、焼酎とビールは別物だからな」


 最後は座長の番だ。

「ボクはですね、風邪薬が欲しいです。うんと眠くなるのがいいですね」

「もうさ、テントに戻って横になりなよ」

 米ちゃんが邪険に扱った。

 座長は嫌味ったらしく言う。

「あ~あ、これですよ。こんな時にカスミンがいてくれたら良かったんですけどね。彼女がこの場にいたら、みんなのために風邪薬を持ってきてくれたでしょうよ。例え自分が使う分がなくなったとしても、ボクに恵んでくれる子ですからね。今度は是非とも参加してもらいたいもんです」


「都合よすぎ」

 広美が冷たく言い放った。

「ほんと、自分で持ってくればいいのに」

 綾ちゃんからも見放された。

「みなさんには病人を労わるという気持ちがないんですか?」

 そう言って、座長が憤慨する。

「だって、全然病人らしくないんだもん」

 全員が米ちゃんと同じことを思っていることだろう。


「頭痛薬で良かったら飲みますか?」

 堀田先生の好意だ。

「そうですね、みなさんの言葉が頭にガンガン響きますから、頂いておきましょうかね」

 そう言って、座長が立ち上がった。

「私もそのままテントに戻ります」

 堀田先生も座長と一緒に、この場を後にした。


 おやすみの挨拶で二人を見送った後も、僕たちの会話は続いた。

 喋るのは森ちゃんと綾ちゃんと広美の三人だけだ。

「ウチらだけでやる合宿も今回で最後かな」

「そうだね、次は卒業した後輩も入ってくるだろうし」

「入学してくればの話だけど」

「まったく連絡取ってないんだけど、ちゃんと推薦もらえてんのかな?」

「分かんない」

「こっちから連絡しないと、向こうからはメールも来ないもんね」

「嫌われてんのかな? アタシたち」

「まぁ、好かれてはいないと思う」

「ハハハ」

「でも新しい子でもいいからさ、後輩は入ってきてほしいよね」

「それ、雑用をお願いしたいだけでしょ」

「バレた?」

「バレるよ」

「だから顔を出さないんだって」

「最初の公演の時だけだもんね」

「やっぱり嫌われてんな」

「ハハッ、それならそれでいいんだけどね」

「でも、後輩は必要だと思うな」

「うん。でも、そこは座長次第かな?」

「いや、米ちゃん次第でしょ」

「ね?」


 森ちゃんが米ちゃんに尋ねるが、米ちゃんは上の空だった。

「聞いてる?」

 米ちゃんが我に返る。

「え? わたし?」

 と言いつつ、とぼけた顔のままだ。

「後輩どうするの?」

 森ちゃんが改めて尋ねた。

「知らないよ。そういうのは座長に訊いて。わたしは、そういう面倒なのは、もういいや」

「米ちゃんがそんなんだから、座長も劇団員を増やさないんだよ」

 珍しく綾ちゃんが意見した。

「入りたい人はたくさんいるけど、米ちゃんが断ってるんでしょう?」

 綾ちゃんの問い掛けに、米ちゃんは何も答えなかった。


 代わりに答えたのがヒロシさんだ。

「うまくいってるんだから、いいじゃねぇかよ」

 その言葉に、綾ちゃんが黙ってしまった。

「……ごめん」

 謝ったこと自体が、いつもの米ちゃんと様子が違うような気がした。

 すると、早見君がタイミングを見計らったかのように口を開いた。

「明日早いから、もう寝るね」

 その言葉がキッカケとなり、解散となった。

 それは早見君なりの、米ちゃんへの気遣いに思えた。

 しかし、米ちゃんに元気がないというのは僕の想像にすぎない。

 だから、実際のところは何も分からなかった。



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