4月1日 昼下がり
港へ行く前に、ユウ君の思い付きで、脅迫状が置かれてあった小屋を確認することにした。しかし、小屋の中は前日と変わりはなかった。メモ用紙代わりにしているスケッチブックの切れ端を取り出したが、特に書き残すことはないようである。
六畳間のスペースにテーブルがあり、畳まれた二脚のパイプ椅子が壁に立てかけられていた。天上に取り付けるタイプの電気はなく、テーブルの上にアルコールランプが一つだけ置いてあるだけだ。
ロフトの上には二畳ほどのスペースがあったが、特に目につくものがないので、上がり切って調べるほどではなかった。転落防止用の柵があるので、寝袋を並べて眠っても安心できると感じたくらいである。
窓は東側の壁の高い位置に一つだけ存在していた。二枚の引き戸になっているが、鍵がついているのは外窓だけである。内窓が曇りガラスになっているので、中からは外の景観を見ることはできなかった。
小屋の入り口には内側から鍵を掛けられるようになっていた。戸についている掛け金を時計回りに回して、壁の留め金に落とすタイプのものだ。外からは施錠できないタイプなので、閉じ込められる心配はなかった。
夜になったら外から差し込む光がないので、中は暗闇になる。簡易トイレが置いてあるが、昼間のうちに置かれた位置を確認しておかなければ、ライターなしでは探し当てるのも難しいだろう。
小屋の中を調べたところ、脅迫状以外の不審物は見つけられなかった。女性陣がまだ暗いうちに来ていることから、例えその時点で脅迫状があったとしても、暗いので発見するのは難しかったのではなかろうか。
しかし、ユウ君の意見は違っていた。
「誰かが嘘をついているのは間違いないんだけど、話を聞くだけで特定するのは難しいね。でも森ちゃんのグループにはライターがあるし、そうなるとアルコールランプの下にある脅迫状に気づかないはずはないんだよね。だから見ていないということは、脅迫状はなかったと考えられるわけだ。米ちゃんのグループだってライターがないとはいえ、何も見えない中で用を足すとは思えないから、薄明かりが差し込むくらいの時間だったと思うよ。窓があるから日が昇れば室内の様子を把握できるだろうし、目だってすぐに慣れる。そうなるとやっぱり脅迫状に気がつく可能性はあるわけだよね? それでも気がつかなかったということは、やっぱり脅迫状はなかったということなのかな? せめてグループの中で誰が最後に小屋を出たのか分かれば特定しやすいんだけど、どこまでいっても確証は得られないだろうな」
不完全な問題で完璧な答えを求めてはいけないということだろうか。せめて差出人を当てるクイズ形式にでもなれば、おもしろい余興の一つになったかもしれない。自分が言われた言葉だが、このイタズラを考えたヤツに「センスがない」と言ってやりたかった。
それから小屋を後にして、早見君と米ちゃんのいる港へ行くことにした。しかし、そこに二人の姿はなかった。ということは、島の北側にある岩礁エリアにいるということになる。北東エリアにいる早見君の姿を確認するには、東端まで移動しなければいけなかった。
港がある東端から北端の先までは岩礁地帯になっており、絶壁になっているのでテントを張るスペースもなかった。岩礁を飛び石代わりにジャンプしていけば歩いて島を一周することも可能だが、岩礁が濡れていることから、波で足元が濡れるのは確実である。
米ちゃんのようにウェットスーツを着ていれば問題ないが、着替えがなければびしょ濡れになるのは必至である。一度濡れてしまうと、乾きやすい季節ではないので、わざわざ焚き火に当てて乾かす他なさそうだ。
東端の港にいる僕たちの姿を確認すると、早見君は岩礁を大股で跳んで戻って来た。抜群の運動神経を持っているので足元も濡れていない。僕ならば滑って岩間に足を落としてしまうことだろう。
「米ちゃんは?」
僕の問いに早見君が答える。
「モリを持って反対の方に行っちゃったよ。泳ぎも得意だっていうし、足場がなくなっても問題ないって言ってた。だからこっちには戻ってこないんじゃないかな」
つまり、米ちゃんは島を一周するつもりのようだ。
「無茶するな」
「自然児だからね」
早見君は心配する素振りすら見せなかった。
「それで港に靴が置いてあったんだね」
ユウ君の指摘だ。
僕は気が付かなかったが、水が入ったポリタンクの横に米ちゃんの靴が並べられていた。
「あっ、そうそう、持ち帰るように頼まれたんだ」
自分が脱いだソックスと靴を、異性に触れられても気にしないのが米ちゃんらしいところだ。しかし、相手が早見君だから託すことができたとも言えるかもしれない。相手が僕なら彼女も頼むことはなかっただろう。
それから僕たち三人は釣りをして、勝手が分からないまま釣り糸を海に投げ込み、結局この日も釣果を上げられず、キャンプ地に戻ることとなった。成果といえるのは、浜辺に戻るついでにポリタンクを運ぶことを忘れなかったことくらいである。




