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4月1日 昼

 現在が昼だと思うのは、昼食の準備を終えたからだ。今の僕にとって時間は、その程度の認識でしかない。いつもはスマホを時計代わりにしているのだが、前述した通り、この日は持ち込みを禁止にしている。禁止にしなければ全員が持ち込んでいたことだろう。


 思えば高校一年生の時に携帯電話を所有してから、現在まで片時も手放したことがなかった。充電が切れそうになると、ゲームでライフゲージが削られた時のように焦ってしまうので、充電切れを起こさないような生活を心掛けているくらいだ。


 己の心臓と携帯電話のバッテリー、どちらが本当の命か分からないような生活を送っているが、依存症を危惧されたところで、ライフスタイルを変えるつもりはなかった。大事なのは、大切に思うという気持ちが重要だからである。


 それでもユウ君と知り合ってからは、スマホをいじる機会が少なくなったように感じる。アルバイトの休憩など、ユウ君がいれば一度もスマホに触らないこともあるくらいだ。常に笑い話をしているわけではないのだが、その行為がこの上なく幸せに感じるのだ。


 この時も昼食の塩むすびをユウ君と二人で、浜辺に座って無言で食べていた。周りの人は座長に腹を立てたが、僕としてはサプライズがなければ、こうしてユウ君と二人きりになることもなく帰宅していたと思うので、密かに感謝していた。


 ただし表立って喜ぶと、座長ではなく僕が責められてしまうので、感謝の言葉を口にしないように心掛けていた。男は旅程が一日延びたくらいで別にどうっていうこともないが、女性だと色々と大変なことがあるので配慮が必要だからである。


 その女性陣だが、現在は森ちゃんと綾ちゃんと広美が三人で固まり、米ちゃんと堀田先生の二人はヒロシさんを交えて雑談していた。それはつまり、いつもの合宿風景と変わらない状況でもあった。


 他の二人はというと、早食いの座長が一人で飯ごうを洗っていて、早見君は塩むすびと釣竿を持って港へ行ったきりである。早見君は劇団内の雰囲気がちょっとでも悪くなると、すぐに一人でどこかへ行ってしまうので、今さら気に留める者はいなかった。


「ごめんね、家族は心配しない?」


 ユウ君が塩むすびを平らげるのを待ってから話し掛けた。無人島に一緒に行きたいと言ったのはユウ君だが、サプライズで滞在が延びることまでは話していなかったので、申し訳ない気持ちになったのだ。僕自身も驚いているくらいである。


「大丈夫だよ。一泊じゃないと思っていたから」

「ああ、そうか、ユウ君は急きょ参加したんだもんね。だから前もって座長に教えてもらってたんだ。だったら教えてくれてもいいのに。いや、それだとサプライズにならないか」


 ユウ君は首を振る。

「そうじゃないよ。座長さんからは何も聞かされていない。それですごく申し訳なさそうに謝ってたけど、僕は初めから一泊にしてはおかしいと思ってたんだ」


「どういうこと?」

「うん。つまりそれは一泊にしては持ち込んだ荷物の量が多すぎると思ってさ、だって十人だとしても、一泊でお米十キロはやっぱり多いよ。水だって半分以上は残っているし、初めから二泊するつもりで用意したとしか思えないんだ。まぁ、アクシデントに備えて多めに持ってきたのかもしれないから断言はできないけどね。でも驚くことではないかな。まぁ、他にも理由はあるけどさ」

 そう言って、ユウ君は塩むすびを持っていた指を舐めた。

 その姿は、まるでおしゃぶりを取り上げられた子どもみたいだった。


「確かに二泊分ならちょうどいいかもしれないけど、だったら予備の食料がないということになるけど大丈夫かな?」

「それは心配いらないよ。僕たちが帰らなければ捜索願が出されるだろうし、ここにいることは多くの人が知っているからね。上陸許可の申請もしているから、すぐに救助が来ると思う。多少海が荒れても慌てることはないよ。迎えの船が来ないからといって、間違っても泳いで助けを求めに行っちゃいけないんだ」


「ユウ君がいると心強いな」

 彼に対してだけは、不思議と思ったことをそのまま口にできるのだ。


 ユウ君がかぶりを振る。

「それは僕の台詞だよ。シュウ君が信頼できるから一緒に行きたいと思ったんだ。どんなにおもしろそうだと思っても、シュウ君がいなきゃ実際に行こうとは思わなかったよ」

 まるでエチュードの続きをしているみたいだが、ユウ君の目は真剣だ。

「ありがとう」

 ユウ君が素直な人なので、照れ臭い言葉も恥ずかしくなかった。

「こちらこそ、ありがとう」

 ユウ君も恥ずかしがる人じゃなかった。

「滞在も延びたことだし、せっかくだから一匹くらいは釣り上げたいな」

「早見君が先に行ってるみたいだし、僕たちも負けられないね」

 噂をしたところで、早見君が港の方から浜辺に戻って来る姿が見えた。


「あれ、早見君だよね?」


 浜辺にいないのは早見君だけなので尋ねるまでもないのだが、視力が弱いので念のため確認してみた。これは日頃からの癖である。近視なので眼鏡を必要とすることはないのだが、町中の横断報道の向こう側から声を掛けられても誰だか分からないくらいの視力である。


「うん」

 ユウ君が断言したので間違いない。


「なんだろう? 手を振ってるみたいだけど」


「白い紙を持ってるね」

 そう言って、ユウ君が立ち上がった。

「僕たちを呼んでるみたいだから行ってみよう」


 僕らの他に、米ちゃんも気がついたようだ。

 他の者は気づいていない。

 早見君が手にしているのは、破られたノートの切れ端だった。


「なにそれ?」

 真っ先に尋ねたのは米ちゃんだ。

「小屋の中で見つけたんだ」

 そう言って、早見君は米ちゃんにノートの切れ端を渡した。

 米ちゃんは一読し、怒りの矛先をまたしても座長に向けた。

「ねぇ、座長、ちょっと来て」


 その声に、全員が集まった。

「これ、なに?」

 そう言って、米ちゃんがノートの切れ端を座長に突きつけた。

「いやぁ」

 問い詰められた座長も心当たりがない様子だ。

「なんて書いてるの?」

 僕の位置からは読めなかったので尋ねてみた。


 座長が紙に目を通しながら読み上げる。

「えっとですね、『我は復讐を望む者なり 取り返しのつかない罪を犯した者は 死をもって償うべし 恐怖に震えろ』とありますね」


「もうさ、こういうの、いいって」

 米ちゃんのイライラが止まらなかった。

「ちょっと、しつこいよね」

 森ちゃんも座長を責めた。

「ほんと、ウチら、ただでさえ不機嫌なのに」

 綾ちゃんも黙っていなかった。

「幼稚すぎるよ」

 広美も突き放した。


「いや、ボクは何も知りませんよ。勝手にボクがやったって決めつけないで下さいよ。本当に何も知らないんですから」

 座長は否定するが、必死すぎて逆に怪しく見えた。


 座長の弁解は続く。

「第一ですね、ボクはすでに用意したエイプリルフールの嘘を、さっき披露したばかりじゃありませんか。だとしたらボク以外の誰かってことになりませんか? おそらく、こんなことをするのはヒロシさんだけだと思いますけどね」


「俺じゃねぇよ」

 ヒロシさんが大きな声で否定する。

「んなもん、ついていい嘘は一つだけとは限らないんだし、除外する理由になんねぇだろう。それに、どこで見つけた?」

 早見君に尋ねた。

「小屋の中です」

「だったら俺じゃねぇや。だって俺、小屋なんて行ってねぇもん。ションベンはめんどくせぇから海にしちゃったからよ」

「もう、やめてよ」

 米ちゃんが嫌悪した。

 嫌な顔をされても、ヒロシさんは気にしなかった。

「でも俺じゃないことは、はっきりしたろ?」


 座長がお返しと言わんばかりに反論する。

「それだって分からないじゃないですか。夜中にこっそり仕込むことも可能ですし、ボクがみんなから責められてるのを見て、引っ込みがつかなくなり、知らないフリをしているんじゃないですか?」

 ヒロシさんが指摘する。

「それなら全員に当てはまるわけだ」


 おそらく座長やヒロシさんの言葉が真実に近いのだろう。

 座長の余計なサプライズのせいで、冗談を受け入れられない空気になっている。

 仮に仕掛けたのが僕だとしても、この雰囲気の中では名乗り出るのは躊躇われる。

 他の者もそれを察してか、互いを疑うことに辟易した様子だ。


「もう、いいや、くだらないし、全部忘れて楽しもうよ」

 こういう時に雰囲気を変えられるのは米ちゃんだけだ。

 他のみんなも助かったという顔をしている。

 僕もホッとすることができた

 ただ一人、ユウ君だけが考え事をしている様子だった。


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