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4月1日 昼前

 それから役者の六人が二組に分かれて長尺のエチュードをすることになった。本格的な練習を始めるので、僕は用無しだ。退屈そうな顔をして見学すると怒られるので港で釣りをすることにした。ロン君も誘ったが、釣りよりも見学していたいと言うので、一人で行くことにした。


 港へ行く前に、ユウ君からスケッチブックを貸してほしいと頼まれた。

「メモしたいことがあると思うから」

 ユウ君からの是非にというお願いは断れない。

 そこで僕はスケッチブックと鉛筆をそっくりそのまま手渡すことにした。


「一枚でいいんだ」

 そう言って、ユウ君が遠慮した。

 それならばと考え、鉛筆を半分に折り、スケッチブックの紙を破って半分にした。

 それを仲良く分ければ、互いに気を遣う必要がないだろう。


「ありがとう」

 そう言って、ユウ君は自前のナイフで鉛筆を削り始めた。

 僕は手の平サイズになった紙と鉛筆をポケットに忍ばせ、それから港へと向かった。


 港の埠頭からは、テントを張った浜辺は見ることができない。

 無人島に来て、初めて一人きりになれたわけだ。

 やっと日常から解放された気分である。

 それにも係わらず、考えることは家に帰ったら肉が食べたいと思うだけだった。

 どうやら帰る場所がある時点で、無人島生活の疑似体験はリアルに感じられないようだ。

 昼過ぎには迎えの漁船が来るので、浜辺へ戻るのが意味のないことのように思えた。

 しかし荷物を他の劇団員に任せては、あとで全員から文句を言われるだろう。

 だから、仕方なく引き返すことにした。


 港には前日に運ばなかった水の入ったポリタンクが二つ放置されたままだった。

 十人で一泊なら二十リットルのタンク二つで充分だと分かった。

 でも、そういうのは実際に体験してみないことには分からないことである。

 浜辺に戻ると、何やら不穏な空気が流れていた。

 どうやら、原因は座長と米ちゃんの口論にあるらしい。

 他の者も腹を立てている様子だ。

 さらに観察したところ、座長が孤立無援の状態だということが分かった。


「どうしたの?」


 米ちゃんが怒っている。

「どうしたじゃないよ。私たち今日は帰れないんだって」


「えっ?」


 米ちゃんは僕の薄いリアクションにも腹を立てる。

「だから、『えっ』じゃないんだって。迎えの船が来ないんだよ。私たちは帰れないの」


 座長が弁解する。

「いやいや、帰れないわけじゃないって言ってるじゃないですか。さっきも説明しましたけど、エイプリルフールのささやかな嘘なんですよ。まさかこんなに怒られるとは思わなかったな」


「座長、旅行の日程だけは嘘ついちゃダメだって」

 森ちゃんは怒りを通り越して呆れているようだ。

「ほんと、やっていいことと悪いことがあるよね」

 綾ちゃんも見たことがないくらい怖い顔をしていた。

「これは嘘じゃなくて騙しているだけだよ」

 広美は座長のことを見ようともしない。

「これ、私たちだけじゃなくて家族も心配すると思うんです」

 そう言って、堀田先生が可哀想なくらい不安げな表情を浮かべた。


 座長が弁解する。

「その点は心配いりません。みなさんのお家には、ボクの母親からちゃんと昨日のうちに連絡を入れていますので。どうぞ安心して下さい」


 米ちゃんがイライラをぶちまける。

「いや、そういうことじゃないんだよな。目的はなに? 滞在が延びるのは構わないよ。でも黙ってることないでしょう?」


 座長が言い訳をする。

「あのですね、せっかく無人島に来たわけですから、一泊だけではもったいないと思ったわけですよ。それならばと、予定外のアクシデントを盛り込んだ方がおもしろいんじゃないかと思ったわけです。これで帰っても意味がないじゃないですか? どうです? 今から過ごす時間の方が、よりリアルに無人島を感じられませんか?」


「変わらないような」

 早見君がぼそっと呟いた。


 米ちゃんの怒りは収まらない。

「変わらないよ。一泊だろうが二泊だろうが、疑似体験に違いないんだから、そんな理由で正当化しないで」


 ここまで劇団内の空気が悪くなったのは、前に恋愛問題で揉めた時以来のような気がする。


「まぁ、もう過ぎたことだ。仲良くやろうや。そろそろ昼飯の時間じゃねぇのか?」

 ヒロシさんだけがご陽気だった。


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