壱 3 ギルドと生活費稼ぎ
ギルドと生活費稼ぎ
ふと、考える。
何事にも資金はいる。でも、正直な心境を暴露するなら、「働きたくないでござる!」と全力で叫びたい。
それに、どうせなら前世にはなかったような仕事をしたい。ポーション専門店とか、アーティファクトのオーダーメイドとか。
けど、そうなるとまた別の問題が出てくる。元手をどうするかとか、営業形態をどうするかとかだ。
そしてどっちにしろ忙しくなるわけで、やっぱり働く気がない今の自分では難しい。
「ひとまずは、冒険者ギルドと商業ギルドで簡単な仕事をこなしていくしかないかぁ」
けど、その前に腹ごしらえしとこう。
★★★
テーブル席の適当に空いたところに座って、備え付けられたメニューを眺めながらギルド内を観察する。
冒険者ギルドは商業ギルドと違って居酒屋に近い感じだ。大衆食堂って言ってもいいかもしれないが、雰囲気がどうにも酒飲み向けな感じである。
やっぱあれか。冒険者ギルドの依頼で食ってる人たちって、こういう俗っぽい感じが多いのか。ぱっと見でも女性は一割いるかどうかだし、男の大半はごつくて厳ついのが多いし。
――あんまり入り浸らない方がいいかもしれんな、これは。
「(絡まれるのはゴメンだし、面倒事は避けるに限る)」
これからの人生、私が送りたいのは「ゆったりスローライフ」だ。基本だらだらしたいのに、わざわざ面倒事にかかわっていく必要はない。
「となると、出来るだけ目立たないことが必須かな。採取や納品ならそうそう目立つこともないはずだし…… しばらくはそういうので稼いで余裕が出てきたらまた考えよう」
というか、冒険者自体が自由業的なとこあるしな。商業ギルドに関しても「ギルドの品格を貶めない」「税金を支払う」といった規則をキッチリ守っていれば大丈夫なわけだし。あれ、改めて考えてみても、結構緩いぞ。色々と。
まぁ、面倒な手続きなんかが少ないのは楽でいいし、気にすることはないか。
「そうと決まれば、後でボードを見て楽そうなものを探しますか」
今の私が出来るといったら、採取とスライム退治ぐらいしか思いつかないけど。
「では、お気を付けて」
「ありがとうございます」
受付のお姉さんに依頼が書かれた紙を渡して、受理して貰う。
ギルド内のイートインスペースでパスタ(何の肉かは知らんがミートソース)を食べた後、ボードから依頼を選んで剝がした。
私が最初の仕事として選んだのは、採取系の納品依頼だ。
採取するのは森の中に生えているヒーリングリーフという草で、主に傷薬や回復ポーションの材料になる薬草である。
これにした理由は単純に一番簡単な依頼だったからと、私もヒーリングリーフが欲しかったからだ。
調合はアーティファクトを作るのとは違って、結構面倒くさい。というのも、決まった材料を決まった分量揃えないといけないからだ。アーティファクトみたいにお手軽にはいかない。
屋敷にあったもので作れたポーションも、正直言ってあまり出来は良くなかった。材料になるものが少なかったのもあるけど、作る時に分量をケチったのも理由だと思う。
そんなわけだから、この依頼はついでに色々薬草やら何やらを採取することもできるという都合の良さもあって選んだのだ。
「さて。じゃあ一応ヒーリングリーフについて調べておきますか。あと、他にも出没しそうな魔物も調べておかないと」
ギルドには敷地内に併設された図書館があり、そこで魔物や薬草、地理なんかを調べることが出来るようになっている。
屋敷の地下書庫にわざわざ戻って調べなくても、此処で調べて依頼に直行出来るっていうのは有り難い。手間にならないからね。
依頼書と引換てもらった、依頼に関する情報が簡単に書かれたメモに目を通す。場所は屋敷がある方角とは正反対にある森の中で、そこにある湖の近くに群生地があるとのこと。
「(地図はマップアプリで分かるからいいし、ヒーリングリーフの形や色は屋敷の書庫にあった図鑑で把握してる。魔物はスライムと植物系の魔物数種類にウォルフっていう狼のような魔物ぐらいしか出て来ないって書いてあるし…… 大丈夫かな)」
そうとわかれば善は急げだ、いざ行かん。
★★★
「うわぁ」
森に着くなり口から出たのは、感嘆を多分に含んだ声だった。
いや、だって凄い。屋敷から街に来るまでの間に歩いていた森とは全然違う。
まず目を引くのは、生い茂る樹木の大きさだろう。屋敷がある方の森の木々と比べて太さも高さも倍以上はありそうな大樹が聳え立っている。
雰囲気も鬱蒼としていて、向こうの森が日本の樹海ならこちらの森はアマゾンなんかのジャングルを思わせる。正に絵に描いたような「森」だ。
これは、ちょっと素人目で見ても危なそうなんだけど。
「……うん。ちょっと反則技な魔法、重ね掛けしておこう」
どうせバカみたいに魔力はあるし、使えるものは使わないと。チート能力だってバレなきゃいいんだから、自己防衛に全力出して何が悪い。
なので、まずは安全第一。という訳で。
「【シールド】【フィールドサーチ】【カウンター】」
立て続けに三つの魔法を自分にかける。
どれも名前通りな効果で、【シールド】は結界を張る魔法、【フィールドサーチ】は自分を中心とした半径三メートル以内にいるものを把握できる魔法、【カウンター】は受けた攻撃のダメージをそのまま相手に返す魔法だ。
「ここまですれば、大丈夫だろ」
絶対とは言えないけど、危険にはある程度対応できるはず。最悪、遭難さえしなければいいんだしね。
「それでは行きますか」
鬱蒼とした森の中は、思っていたより過ごしやすい環境だった。
じっとりと湿気が多いわけでもなく、足元のしっかりしていて結構歩きやすい。冒険者の依頼なんかで人が入ることも多いからなんだろう。迷子になりそうな感じはしない。
「目的地は……結構近いな。こっちの方角に一キロか」
スマホのマップを確認すれば、目的の湖までそんなに遠くない。往復する距離を考えても、無理せず歩けば大丈夫そうだ。
「今のところ魔物も出て来ないし、順調だな」
なんて呟いた瞬間、【フィールドサーチ】に何かが引っ掛かった。
「何これフラグ……?」
順調だと安心したところで起きた変化にガックリしつつ、集中する。【サーチ】と違って視覚情報に変化がないこの魔法は、ほぼ感覚頼りなため何か変化があればそこに向けて魔力を集中させないと、かかったものの正体が掴めない。
もの探しには向かないが、索敵や探索なら【サーチ】より使い勝手がいい魔法だ。
その【フィールドサーチ】にかかったのは、どうやらスライムの集団が近づいてきているようだ。数は五体、今までに倒したスライムより、ちょっとだけ大きく動きが速い。
けど、これなら簡単な魔法を五発立て続けに放てば簡単に片が付く。
「姿が見えた瞬間、【サンダーランス】でも叩きこめばいいか」
そうと決めれば、魔力を集中させて、いつでも魔法が撃てるようにスタンバイした状態で目的地に向かって歩く。
スライム達は湖の方角から真っ直ぐこちらに向かって来ているので、このまま進めばすぐに鉢合わせるのは確実だ。そこを一気に叩く。
これでまたドロップアイテムがあれば報酬に追加して収入が入るし、魔法の実地練習になる。重ね掛けとか同時多発とか、とっさに出来るようになれば依頼で危険な所に行く時も安心出来るようになるしな。
「私のこれからの生活の為だ。悪く思わないでよ」
小さくそう呟いて、視界に入った緑の塊に向けて容赦なく雷の槍をぶっ放した。
スライム五体を魔法で瞬殺したその後も、ちょいちょい出て来たスライムやら歩く木の魔物やらに出くわしながら、魔法でサクッと仕留めて出て来たドロップアイテムを拾い、歩き続けること数十分。
「おおー…… 絶景」
思っていた以上に綺麗な景色に、つい感嘆の言葉が口をついて出た。
青く光る湖面は木々の間から射し込む木漏れ日を反射してキラキラと輝き、湖畔には様々な種類の草花が茂っている。
一部、色とりどりな花が群生して花畑みたいになっているところもチラホラあるせいか、日が燦燦と降り注いでいるってわけでもないのに明るい印象があり、湖面とのコントラストもあって美しいと感じた。
こんな鬱蒼とした森の中の湖が、こんなにも美しく爽やかな場所だとは。予想外だ。
「綺麗だな、ホント。依頼中じゃなければもっとゆっくりしたのに……」
はぁ。とため息をついて残念な気持ちを吐き出して、今度来る時は採集なんかの個人的な用事の時にピクニックを兼ねて来ようと決意した。
「さてと。じゃあ依頼のヒーリングリーフと、目的の薬草やら色々を探しますか」
ヒーリングリーフ含め、探している薬草の特長は全部図鑑に載ってたのを覚えてるから、問題なく【サーチ】で探せる。
一度に全部は無理なので、一つづつ順番に探していこう。
「よし。じゃ、まずは依頼品のヒーリングリーフから。【サーチ】」
ヒーリングリーフを思い浮かべて、【サーチ】を使うと、湖畔のあちこちが光り出した。
なかでも、一際広く光っているところがあったので、そこに足を運ぶ。
「おおう。予想外」
そこにはこれでもかというぐらいに大量のヒーリングリーフが【サーチ】の効果で光を放っていた。
光り具合から見ても、群生地なんだろうと分かっていたが、他の花や雑草・薬草が全くなく、ヒーリングリーフだけというのが衝撃的だ。
「この辺りに群生してるって事は、この辺の土は魔素が多い土ってことか。なら仕方ないのかな」
基本、ヒーリングリーフは自然界に存在する魔力の素である魔素を主な養分にしているので、魔素の多い土地には比較的良く生える。
この群生具合を見るに、この湖畔周辺は魔素が多いんだろう。改めて良く見て見れば、魔素を養分にする植物が湖畔に自生する草花の大半を占めている。
「ほとんどが薬草になるものばっかりだし、探す手間が少なくて助かるな、これは」
一応、図鑑の絵をスマホのカメラに撮ってあるから、念のため確認しながら採取していくことにする。毒草が混ざっても扱いに困るからな。
採取した薬草はヒーリングリーフだけ肩掛け鞄の中に入れて、他の薬草は魔法で収納することにした。
「【アイテムボックス】」
空中に手を翳して魔法を発動させると、水面に出来る波紋のようなものが出来上がった。
その波紋のような円の中心に、採取した薬草を次々に放り込んで行く。
無属性魔法【アイテムボックス】は、その名の通りアイテムを亜空間に収納する魔法で、収容量は魔力に比例する。
属性も全属性持ちなんてふざけた適正の私は魔力もアホのように多いから、この【アイテムボックス】の収容量は今のところ限界を感じたことはない。なんせ屋敷にあった家財道具全部入れてみてもまだ余裕があったぐらいだし。
「よし。こんなものか」
採取した薬草を全て【アイテムボックス】に仕舞い終えて、波紋を消す。【アイテムボックス】内に入れたものは、その時点で時間が止まるので、鮮度が大切なものでも問題なく長時間保存出来る。
「これで依頼達成っと。早くギルドに戻るか」
いくら魔法で危険がないよう対処しているとは言っても、屋敷周りの森以上に魔物が頻繫に出没する危険地帯には変わりない。長居は無用だ。
一応、【フィールドサーチ】で周囲を確認してからにしようと思って、集中する。
と、何かが近くの茂みに潜んでいるのが分かった。
「……あれ?」
分かったが、何だか様子がおかしい。
野生の動物や魔物の類なら、威嚇してきたり襲い掛かってきたりしていてもおかしくない距離にいるにもかかわらず、今【フィールドサーチ】に引っ掛かった何かは、なんのリアクションもない。
それどころか、じりじり後退していて、まるで逃げようとしているみたいですらある。
「あまり凶暴じゃない野生動物とか、かな。襲ってこないのはありがたいけど……」
なんだか引っ掛かる。気にせず帰ってしまえばいいんだろうけど、なんとなく放置しちゃマズいような気がする。
「……仕方ない。【スキャン:茂みの中の何か】」
先ずは正体を探るべく、何が潜んでいるのかを魔法で確認する。
この【スキャン】という魔法、有形無形を問わずなんにでも使えるので、茂みの中を覗くぐらい簡単にできる。
何せ、人体にもレントゲンのように使えるような魔法だしな。
そうして見えた茂みの中にいた何かだが。
「何コレ」
そこにいたのは、小さな仔犬のような生き物だった。
仔犬(?)の正体は次回。
だんだんゲームの中のような世界での生活にノリノリになっていく主人公。(って感じで書けてるかなぁ)