壱 2 文化交流とギルド登録
文化交流とギルド登録
「うわー…… 凄いな」
関所の門をくぐるなり目に入ったのは、中々に立派な街並みだった。
「なんというか、異世界だって実感するなぁ。コンクリートとか全くないし。石畳の道っていうのが、なんか雰囲気あっていいね」
何となく、中世っぽい感じでのんびりした雰囲気があるのが、前世現代と違っていていいなと思う。忙しなさが無いってだけで、こんなに精神的な余裕ってできるものなんだな。
さて、とにかく先ずはギルドに行ってみるか。ものの売買をするなら商業ギルドかな?
誰かに道を聞いてもいいけど、折角だから散策がてらアプリの地図と睨めっこしながら歩くことにした。
歩いてみると、なんというか発展途上な感じがした。都会ってわけではないけど田舎っぽさもそんなにしない街だなというのがここの印象だ。
なんにせよ、治安もよさそうで活気もそれなり、可もなく不可もなくといった感じだろうか。
「(これで治安が悪いだとか、町長、でいいのか? が悪人だったりしたら、極力来ない様にするつもりだったけど…… これなら大丈夫そう、かな)」
仮にも神様が気遣ってくれてたから、可能性は低いと思っていたけど、こんなにいい感じの街だったとは。
「(もっと早目に街に出れば良かったかなぁ)」
そうは思っても、最早後の祭りか。
「あ、この角を右か」
マップに出ていた目的地への道を確認して、十字路になっている街道を右に曲がる。
あとはここを真っ直ぐ行けば着くみたいだけど……。
「……もしかしなくても、あれがそうか?」
真正面に見える、三階建てぐらいの大きな建物。その看板に馬鹿でかく「商業ギルド」と書かれていた。
「とにかく、入るか」
まず目的を達成しないとな。
★ ★ ★
ギルドの中は、なんというか漫画によくありそうな感じだった。
「(一見、喫茶店っぽいけど、なんかちょっと違うな。あのボードのせいか?)」
張り紙が大量に貼られたボードと、なんか色々書き込まれた黒板の二つが店の一角に設置されていて、そこに結構な人がたむろしているのが、違和感なのかもしれない。
「(喫茶店風じゃなく、社員食堂っぽければ、そうでもなかったかも? ……いや、やめよう。なんか、折角異世界にいるのに、夢ってか理想が壊れる)」
思い浮かんだイメージをフルフルと頭を振って頭から追い出す。
早めにこの世界に慣れる為にも、あんまり前世現代と比べないほうがいいかもしれない。まぁ向こうの技術をこっちに持ち込む気満々ではあるけど。
「さっさとギルド登録してしまおう。受付は…… あ、あれか」
ぐるっと見渡せば、「受付」と書かれた窓口があったので、そこへ向かう。
「あの、すみません」
「はい、どうされましたか?」
窓口に座っていたお姉さんがにこやかに対応してくれて、ちょっとホッとする。初めての人にも愛想よく対応するのは接客業の基本だから、当然っちゃ当然のことなんだけど。
「ギルドの登録をお願いしたいんですが」
「商業ギルドへの新規登録ですか? それとも相続登録ですか?」
ちゃんと相続なんてものもあるんだ。と変なところに感心しつつ答える。
「新規登録の方です」
「かしこまりました。では、お手数ですがこちらの用紙に必要事項の記入をお願いします」
「はい。えっと……」
ざっと目を通して、いくつか困ったことに気づく。
「……あの、この出身国っていうのは書かないといけませんか?」
「いえ、名前と性別、種族以外は空欄でも問題ありません。書けない・書きたくないところは空けていても大丈夫です」
「そうですか。なら……」
正直、種族に関しては自分でもよくわかっていないので、ここだけは「ハーフエルフ」に偽装することにして、埋められるところだけ埋めていく。
「よし。これでお願いします」
「では、確認致しますので、少々お待ちください」
書き終えた書類をお姉さんに返し、小さく息をついた。これで目的のひとつは達成したと思っていいだろう。
手持ち無沙汰なため、お姉さんの確認作業をなんとなく眺めていると、
「確認終わりました。特に問題もありませんので、ギルドカードの発行を行わせて頂きます」
そう言われて、今度はクレジットカードと同じぐらいのサイズの白いカードと、無色透明な手のひらサイズの魔石が出された。
カードはギルドカードだろうと思うけど、この魔石は何なのかよく判らず凝視する。
「こちらの魔石に魔力を注いでください」
「こうですか?」
お姉さんに促されるまま魔石に手を翳し、コップの水をゆっくり注ぐ感じで魔力を注ぐ。
すると、十秒も経たないうちに、魔石とその下のカードが発光しだし、もう魔力を注がなくていいとストップがかけられた。
翳していた手をどけると、光はすぐさま収まった。
何だったんだ、今の。と首を傾げていれば、魔石の下にあったカードが差し出された。
「登録完了いたしました。こちらがスノウ様のギルドカードとなります」
「あ、ありがとうございます」
どうやら、今のはカード発行に必要なことだったらしい。あれか、暗証番号の設定みたいな。
「続いて、ギルドとカードに関しての説明に移りますが、よろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
どうやらこっちから質問しなくても大丈夫そうだ。有難い。
「ではまず、この度は商業ギルドへの登録、誠にありがとうございます。最初に当ギルドに関しまして注意点をお伝えします」
注意点か。経営だの営業だのには正直疎いんだが、大丈夫かな。前世現代でも働いてたのって秘書課だったし。
「当商業ギルドでは、ギルドカードを持つギルドメンバーのみ受けられる依頼のほか、ご自身で商品を仕入れ市場に卸すなど、各個人で行商を行って頂くことができます。その際、ギルドが後ろ盾となる代わり、マージンの一割を税金としてギルドに納めて頂く決まりとなっていますので、お忘れのないようにお願いします」
つまり、法人税があるわけか。というか、その言い方だともしかして……
「依頼をこなすだけなら、納税義務は発生しないの?」
「はい。依頼はすでに、依頼主から税金が納められていますので。しかし、依頼に失敗した場合、また依頼をキャンセルする場合には、契約不履行による罰金が科せられますので、ご注意ください」
「キャンセル料がかかるのか……。ちなみに、幾ら位?」
「成功報酬の1.5倍になりますね」
うわぁ。ものによっちゃぁ高額な借金じゃねぇか。ここはローリスク・ローリターンで堅実に稼いでいくのが良さそうだな。
「次に、ギルドカードについてですが、登録から半年ごとに更新が必要になります」
「更新ですか」
「はい。商業ギルドでは半年に一度決算を行い、その時にギルドカードを更新します。半年の間に一度も依頼をこなしていない、または商品を売るなどで利益を上げていない場合、登録更新料が発生します」
「登録したからには商人としての自覚を持てと。更新料っていうのはいくらかかるんですか?」
「銅貨五枚です」
何となくだけど結構かかるっぽいな。これ、やる気がないなら退会しなさいってことなんだろうか。遠回しな勧告が中々手厳しい。
けど、よく考えれば半年もあるうちに何か一つでも依頼をこなせばいいんだから、そう難しいことでもないのか。
「また、カードを紛失した場合、再発行にも料金がかかります。こちらは銅貨二枚になります」
「なるほど……。ギルドって、商業ギルドも冒険者ギルドも、世界中にあるんでしたよね? 再発行はどこでも出来るんですか?」
一応、関所でギルドについて色々と訊いておいた中に、ギルドは世界各国に支部があるという話があった。言うなればチェーン店みたいなものなんだろうと勝手に解釈しているが、だからといって前世現代を基準に考えるものでもないだろう。多分。
だからこその確認だった訳だが、杞憂に終わった。
「更新も再発行も、どこのギルドでもご利用いただけますよ。一ヶ所に留まらない方も多いですから」
「そうなんですか。わかりました」
前世現代でも、商売の為に各地どころか各国を飛び回るような人もいたし、それを考えると当然のことなのかもしれないな。
「最後にギルドカードについてですが、このカードはギルドメンバーの証として以外にも、身分証明としてもご利用いただけます。カードには持ち主の魔力が記録され、持ち主以外の人が使うことは出来ません」
「へぇ。そうなんですか……。見た目ではそんな風には見えないんですけどねぇ」
「初めてカードを持つ人は皆そう思うみたいですけど、一応違いはあるんですよ」
そう言って、指さされたカードの左側。直径五センチの正方形ぐらいの大きさで描かれた模様をくるりと指でなぞるように囲う。
「ここの紋章と色が、人によって全然違うんです。全く同じ人は一人もいません。それは我が商業ギルドが保証します」
「へぇ~、面白い仕組みですね」
多分、記録した魔力によって紋章が違うんだろう。魔力は指紋なんかと一緒で、全く同じの人はいないから、それを利用してるんだと思う。
流石にどうやってカードに魔力を記録させて、紋章という変化を加えているのかは判らないけど。
「他にも、ギルドメンバーしか使えない施設やサービスの利用に、カードは必ず必要になりますので、忘れないようにご注意ください」
「なんにしても必要なものなわけか。わかりました」
施設・サービスについては使う時に聞けばいいし、今急いで把握しようとすることはないので、大丈夫だと判断して頷いておく。
「では、またなにか判らないことがあれば、受付でお聞きください。この度は商業ギルドへの加入登録ありがとうございました」
「はい。こちらこそ」
これで本当に全て完了。あ、ついでにちょっと聞いておこう。
「あの、そういえばこれってここで売ることはできますか?」
そう言って出したのは、街に来るまでの間に倒したスライムからドロップした緑色の石だ。もしお金になるなら儲けものだし、ならなくても「売ることが出来るもの」ってことは分かる。
それに、大したお金にならないなら、加工してアーティファクトなんかにしてから売ってもいいしね。
お姉さんは石を受け取りしばらく眺めたあと、一つ頷いた。
「スライムのコアですね。ここでも勿論売買は出来ますが、冒険者ギルドや鍛冶屋、アイテムショップに持って行った方が高く売れると思いますよ。どうしますか?」
どう違うのかよく解らないけど、取り扱いはしてるのか。なら、
「えっと、それはもうここで売ってしまおうと思うので、お願いします。いくらになりますか?」
「最近はあまり数がないので、相場は少し高めですね。銅貨二枚です」
これで高いってことは、本来はもっと安いってことだよね。それでも銅貨二枚……。高いのか安いのか判断付かないな。早目に通貨に関して知っていかないと。
「いつもはもっと低い値段で買い取られているんですか?」
「そうですね。大体は鉄貨八枚から銅貨一枚ぐらいです」
まず鉄貨とか銅貨とかがどれぐらいの価値なのかわからない。というか、相場がわからないって予想より不便だわ。
でも、今回は運よく儲けられたってことで、取り敢えず納得しておこう。
「では、銅貨二枚です。どうぞ」
「はい。ありがとうございます」
銅貨二枚を受け取って、受付を離れる。さて、次の目的地に向かいますか。
★ ★ ★
商業ギルドを出て、今度は冒険者ギルドにも登録する為に再びマップアプリとにらめっこしながら歩き出した。
別に商業ギルドだけに登録しててもよかったんだが、商業と冒険者では、ギルドの方針がまず違う。
だから、一応両方のギルドに登録しておいて、より使い勝手の良い方に比重を置くことにしようと考えている。どっちもあって困るものではないし、登録が無料なのは関所で確認済みだ。
急ぐわけではないけど、あれば便利だしこれから生活費を稼ぐのには持って来いだ。
しばらくは両方のギルドを活用して、簡単な依頼でちょっとずつ稼いで行くつもりでいる。幸い、食糧や大体の日用品には困ってないしね。
「あ、あれか」
マップを見ながらとにかく歩いていたら、案外近かったようですぐに到着した。
掲げられた看板には「冒険者ギルド」の文字。商業ギルドと同じく大きな建物だが、こちらは二階建てで、敷地面積が広い。
「やっぱり商業ギルドとはちょっと雰囲気も違うなぁ」
あっちが上品なお店なら、こっちは大衆向けの露店って感じだろうか。雰囲気からして色々と違いを感じる。
「やっぱりそもそもの経営方針が違うからなのかな? 商売がメインと荒事解決がメインじゃ当然かもしれないけど」
取り敢えず、サクッと登録を済ませますか。
こっちのギルドは商業ギルドと比べて、粗野と言うのか、やはり荒っぽさが目立つ。いる人間の殆どが多少なり武装しているからかもしれない。
ぐるりと見渡せば、商業ギルドと同じく受付窓口があったので、そちらに向かう。
「あの、すみません」
「はい。なんでしょうか」
ここでも受付はお姉さんなのかと、どうでもいいことを考えながら、用件を伝える。
「ギルドに登録したいんですけど」
「登録ですね、かしこまりました。では、こちらの魔石とカードに魔力を流しながら、お名前と種族をお願いします」
そう言われて出て来たのは、商業ギルドでも使った小さな魔石と黒いカードでちょっと驚いた。ここでも書類か何かに必要事項を書いて登録するものだと思っていたら、まさかの口頭で伝えるだけでいいとは。何というお手軽さ。
「名前はマキシマ=スノウ。種族はハーフエルフ」
言いながら、これ偽装とか起こんないのかな? と思うも口にはせず、魔石に手を翳して魔力を注ぐ。
そうすると、商業ギルドでもそうだったように、魔石が光を放ち出したので、魔力を注ぐのをやめて手をどける。
光が収まると、お姉さんが魔石を仕舞いカードを確認してから手渡された。
「これで登録は完了です。次に、冒険者ギルドについて説明させて頂きますね」
そう言われて説明されたことは、大体商業ギルドと同じであまり違いはなかった。ただ、冒険者ギルドでは登録更新は無く、納税義務もない代わり、依頼キャンセル料が成功報酬の三倍掛かるとのこと。なんという恐怖。
他にも、商業ギルドとの違いとして挙げられるのは、ギルドメンバーのランク付けだ。
これはカードの色で識別され、依頼をこなすことでポイントが貯まり、ポイントに応じてランクアップしていくのだそうだ。ランクによって受けられる依頼の難易度も決まっているため、冒険者を職業にする者は速やかにランクアップを図るらしい。
ランクについては七段階あり、順番に
黒→青→緑→黄→赤→銀→金
となっていて、大多数は緑か黄で終わるらしい。稀に赤や銀もいるが、本当に少ない人数で、金に至ってはギルド創立以来たった二人しかいないとか。
別に高ランクの冒険者を目指したいわけではないからその辺は興味がないけど、それにしたって衝撃的な数字だった。
「以上で説明は終わりですが、他にご質問などありますか?」
「大丈夫です。何かあれば、ここで改めて訊いて大丈夫なんですよね?」
「はい。いつでも来て頂いて大丈夫ですよ」
「なら、今日はもうこのあたりで」
特に問題ないと告げれば、お姉さんも「ありがとうございました」と頭を下げて、登録は終了した。
受付を離れて、早速何か依頼でもこなして感覚を掴むべきかなぁ。と悩んだところで。
くぅううう
「まずは腹ごしらえが先か」
空腹を訴えて鳴る腹に餌を与えることにして、ギルド内の食事が出来るスペースに移動した。
次はもうちょっと早目に上げたい・・・
次回は主人公が(嫌々ながら)働きに行きます。