序 3 書庫と魔法
書庫と魔法
料理をする気分でもなかったから、冷蔵庫を開けて目に入ったトウモロコシを焼いて食べることにした。
幸い戸棚に調味料の類もたいてい揃っていたので、砂糖醬油を作ってトウモロコシに塗り、オーブンの中に放り込んだ。かなり簡易的だけど、焼きトウモロコシだ。
さっき庭を見るために外に出た時に確認した太陽の位置から考えて、今はお昼時だろうから、これがお昼ご飯だ。
「――折角大量の食材があるわけだし、晩ご飯はまともに作ろう」
調理器具に関しても、基本的な切る・焼く・煮るが出来るぐらいには色々と揃っていたから、簡単な料理ならパパッと作れるだろ。
焼きあがったトウモロコシを頬張りながら、このあとどうするかを考えるが、やっぱり先ずはこの屋敷にあるものの把握と、この世界についての知識を得ることだろう。となると、
「(……食後の予定は地下書庫だな)」
正直、あまり人と話すのが得意じゃない私が、何にも解らないまま街に出たとして、思うように情報収集をしたりなんて出来るとは思えない。断言できる。
なら、予めある程度の情報を頭に入れておいた方がいいだろうってわけだ。
それでも大量の本が並んだ部屋を思い出して、ちょっとげんなりした。
トウモロコシを食べ終えて、残った芯は厨房にあったゴミ箱に放り込んでおいた。後で外に埋めるなり捨てるなりしないといけないかな。
しかし、久々にちゃんとしたものを食べたな。ただのトウモロコシだけど、めちゃくちゃ美味しかった。やっぱり大自然の恵み(という名の食)は偉大だ。
取り敢えず、予定通り地下書庫に入って、明かりをつける。さっき入った時もそうだったが、前世であったなら部屋の電気のスイッチがありそうな所にある紋様(というか、魔方陣?)に手をかざすと、部屋の照明が一気について明るくなる。一体どういう仕組みなんだか。
ともかく、先ずは文字を読めるかどうかだ。読めるならある程度の知識は頭に入れておきたい。もし読めないなら、その時は諦めて街に行ってそこでという感じで考えている。
「何はともあれ、先ずは読めるか確認しますか」
いつ何時でも、情報は大事だからな。
――結論。
「普通に読めるどころか、カタカナと簡単な漢字だけとは思わんかった」
予想外にも、ここにある本は殆ど日本語のカタカナと漢字で書かれていて、問題なく読むことが出来た。
たまに平仮名があったり、英語っぽいものがあったり、見たこともない記号みたいなものもあったりしたけれど、読めそうな本の中から気になるタイトルや読んだ方が良さそうだと思ったものを片っ端から読んでいって、何となく法則は解った。
おそらく、カタカナと漢字は現在の言語。平仮名など他のものが入っているのが、少し古い言語だと思う。例えるならカタカナと漢字が現代文で、それ以外が古文や漢文、外国語ってところかな。たぶんだけど。
とにかく、本は読めると解ったこと以上に、この書庫での収穫は大きかった。
まず、この世界について。
歴史についてが多かったが、現在についてもいくつかの記述があった。これはこの世界仕様に改造されて手元に戻ってきたスマホのカレンダーで確認済みだ。
この世界は三つの大陸といくつかの島から出来ていて、現在は大小合わせて十五の国から成り立っている。
暦は1カ月30日が14カ月の1年420日。四季や気候は土地によって差があるらしいが、砂漠でも肥妖な土地があったり、亜熱帯地域と寒冷地が隣り合っていたりと、地球の常識は宛にならないようだ。
次に、魔法について。
スマホが魔力で動くってことは、おそらくこの世界には魔法、またはそれに準ずる何かが存在するとおもっていたら、本当にあった。
マジで魔法なんてものがあるのかと驚きつつ、教本と思しき本を読んで解った所によると、まず魔法を使うには「魔力」と「イメージ」が必要であるとのこと。
魔法には属性があり、火・水・風・土・光・闇・無の七種類。そこから派生して音・木・雷の三つが加わり、計十種類が主な属性とされている。この基本属性の中で人により向き不向きが存在し、その向き不向きが「適性」と言われている。
ここから更に細分化されていたり、魔法とは少し違った術などもあるらしいが、今は割愛。
つまりイメージさえしっかり出来ていれば、魔法を使うことが出来るということだ。しかし、それも一定量以上の魔力を持っていることが前提条件だが。
あと、大雑把な歴史とか、魔導具の存在・作り方とか、魔獣だの魔物だのといった危険な存在とか、この世界に存在する種族とか。意外に色々と分かった。中々の収穫だ。
……けど、どうしても解らないことが一つ。
「やっぱり、どこにもないな。「神霊族」」
私を転生させたあの女の子が言っていた、今の私の種族「神霊族」。
その神霊族に関する記述が、種族に関する本のどれにも、全く出てこない。いっそ、そんな種族は存在しないと言われた方が納得できるぐらいだ。
それでも、もしかしたら何処か別の本に載っているかもしれない。と思うものの、この大量の本の中からピンポイントで「神霊族」に関する記述を探すのは、はっきり言ってキツイ。
けど、自分が今どういう存在なのか、ある程度知りたいとも思うわけで。
「……そのうちひょっこり出てくることを願うか」
取り敢えず、見た目は人間のままなんだから、今は気にせず現状維持ということで。問題を先送りしたとも言えるけど、正直いうと優先順位は低い事案だからな。
今、私が最も優先することは。
「魔法…… やってみたいな」
この好奇心を満たすことだ。
★ ★ ★
――『魔導の基礎・魔法初級編』
そう題された本は主に平仮名と漢字が使われている結構古めなものだった。
その、どう見ても魔法についての教本だと思われる本を、パタリと閉じる。
「……何となくは、わかったかな」
ふぅ。と息をついて、目を閉じる。パソコンとにらめっこするのとはまた違った目の疲れにちょっと懐かしさを感じた。
「さて。わかったはいいけど、どうしようか」
最後までしっかり読み終えて、自分なりに噛み砕いてみたが、やっぱり現実感がないせいか、どうにも理解が曖昧なところがいくつかある。これはもう実際にやってみるしかないか。
でも、魔法についてはだいたい把握できた。
魔法を使う際、必要な要素は「魔力」と「イメージ」と「イメージにあった魔法の呪文」らしい。
例えば、火属性の魔法なら、火属性の呪文。水属性の魔法なら、水属性の呪文。といったように、イメージする魔法と使う魔法の呪文が一致していなければ、魔法は発動しないというわけだ。
最も、呪文はガイドラインみたいなものなので、ある程度イメージがしっかり形になっていれば、呪文は簡単な言葉一つでも大丈夫らしいが。
とにかく、先ずは自分の魔力量や向き不向き、もとい適性を調べることにする。魔法の上達には得意魔法をとにかく伸ばすのが効果的らしいからな。本を読む限りだと。
自分で簡単に出来る調べ方としては「魔石」という魔力が宿った鉱石を持って簡単な呪文を唱えてみることだ。
幸い、魔石は地下倉庫に小さいやつが瓶詰になって置いてあったから、そこから一つ取り出したものがポケットの中にインしている。
念の為、家の中で何かあっても困るので教本を持って庭に出た。これで火が出ようと風が吹こうと水が溢れようと問題ない。
「よし。やってみるか」
ポケットから魔石を出して右手に持ち、左手に開いた教本を持って深呼吸。
教本によると、適性があるなら、魔法が発動しなくても魔石に何らかの反応が出るらしい。魔石が光るとか、熱くなるとか、人によって様々だと書かれている。逆に適性がなければ、魔石は何の反応もしない。
まあとにかく、何事も挑戦ってことで。
「最初は基本例に倣っておきますか。――火よ、来たれ」
突き出した手のひらの上に乗る魔石が、一瞬赤く光った次の瞬間。
ボッ!
「うわぁ!?」
魔石から勢いよく火が出た。思わず魔石を放り投げると、すぐに火は消えた。危ないなっ!
火が消えた魔石を拾ってみるけど別に熱かったりとかはしない。本当にさっきこの石から火が出ていたのかと疑いたくなる。うーん、不思議だな。
一応のため教本を読み返して確認してみるけど、普通ならロウソクぐらいの大きさの火が灯る程度らしい。稀に大きめの火が出ることもあるけど、その場合は魔石が大きいか魔力が並外れて大きいもしくは澄んでいるかのどっちかだろうとのこと。マジか。
まぁどっちにしろ、これで私には火属性の適性があることはハッキリしたし、この調子でいってみよう。
「水よ、来たれ」
魔石から大量の水が勢いよく溢れ出して、足元が水溜りに。あーあ、水浸し……。
「土よ、来たれ」
今度は砂が勢いよく出て、足元の水溜りが埋まった。うわ、靴の中に入ってないよな?
「風よ、来たれ」
突風が吹いて、服やリボンが煽られる。びっくりしたけど、服についてた埃が飛ばされたのはありがたいな。
「光よ、来たれ」
写真のフラッシュがたかれたみたいに魔石が光って、あまりの明るさに目を瞑った。眩しっ!
「闇よ、来たれ」
光が消えて、何やら黒い靄? 霧? みたいなものが発生した。フラッシュのせいでちょっと目がしぱしぱするのを堪えながらよく見てみるが、何だかよく解らない。まぁ、害はないし別にいいか。
それよりも、ここまでの六属性全部、反応があったということはつまり……。
「六属性持ち…… マジか」
教本では「一人三属性あればかなり優秀」とあったし、そもそも最初から二つ以上適性があるなんてのは人間では珍しいのだとか。これは神霊族とかいう種族になった影響なのかな。
「まぁいいや。残りの属性も調べちゃおう」
適性なんて、知られさえしなければ大したことじゃないしな。ようは人前で大っぴらに六属性全部使うようなことさえしなければいいだけだ。
改めて教本を見ながら、残りの属性に適性があるかどうかを調べることにする。
なんか本を読む限り、残りの音・雷・木・無は、基本属性の六つとは勝手が違うらしい。
無は基本属性の括りではあるけど、他の六つと違って固定された現象がない。別名を「個性魔法」または「個人魔法」と言って、使い手がかなり限られる魔法でもある。
なんでも、適性があるからといってどんな無属性魔法でも使えるってわけではないらしく、無属性魔法を複数使えること自体、魔法に長けた種族でもない限り、稀なことなんだとか。
残りの音・雷・木に関しても、基本属性から派生した、いわゆるサブ属性みたいなものだからか、人によって適性があっても効果が大きく違うってことはよくあることだとか。
ま、そこら辺はやってみないと分からないんで、まずは教本に従って適性検査だ。
「えっと、まず無属性は…… 魔石を持った状態で、基本属性のどれにも当てはまらない魔法を発動させてみること。例としては移動魔法【ゲート】や探索魔法【サーチ】、強化魔法【ライズ】などが該当します、か。なるほどね」
如何やら無属性魔法には系統などの縛りや法則が存在しないと考えていいようだ。他の属性に分類出来ないもの=無属性ってところか。案外大雑把だよな。
しかし、この「なんでもいいから使ってみろ!」なスタンスは調べ方としてどうなんだ?
「……別にいいんだけどね。よし」
さっきまでと同じように、魔石を持って軽く唱えてみる。
「【フライ】」
瞬間、浮遊感を感じると共に、体がふわりと浮き上がった。
「え、ええぇぇ!? うそでしょ、マジで!?」
たった五センチほどではあるけど、確かに浮いている。試しに重心をずらして空中移動してみると、難なく水平に滑るように動いた。おお、凄いなコレ。
書庫で見た本の中にあった飛行魔法を、どうせならと思って唱えてみたが、まさか本当に飛べるとは。こりゃ驚きだ。
取り敢えず、私には無属性の適性もあるってことが分かったので、魔石を地面に落として魔法を解除し着地する。なんか、ここまで能力チートだといっそ笑えてくるな。
「絶対に誰にも言えないよな。これ」
もし誰かに知られようものなら、一体どんな面倒事に巻き込まれるか分かった物じゃない。今世こそ、前には出来なかったことをしながらダラダラとスローライフを送りたいんだ、私は。
……もし、さらに残りの属性も全て適正があったりしたら笑うどころじゃないけど、確認しないとな。
魔石を拾って右手に持ち直し、教本の呪文を確認して、さっきまでと同じようにやってみる。
「音よ、響け」
魔石からお気に入りの曲のメロディーが流れだした。え、そういう仕様なの?
「雷鳴よ、轟け」
晴天にも関わらず、雷鳴が鳴り雷が目の前に落ちる。ちょっとおおぉぉぉ!? 危なっ!むちゃくちゃ危なっ‼
「木々よ、茂れ」
足元に木の苗と思しきものが複数、ニョキニョキと生えてきた。ちょ、なんつーところに生えてきてんの……。
て、え? まってまって。これってつまり……。
「うっそでしょー……」
問題なく発動した上に、特に疲れもない。確定じゃん。
どうやら、私は基本属性もサブ属性も全てを使える全属性持ちらしい。わぁ、マジ?
「もはや乾いた笑いしか出てこないわ……」
流石にこんなチート能力は望んでなかった。いや、便利だろうし助かるけども。