序 2 拠点と生活
拠点と生活
「ここが、あの女の子の言ってた世界…… 異世界ってやつか」
如何やらちゃんと転生したらしい。車が一台通れそうな道が一本あるが、それ以外は辺り一面木々が生い茂っているのを見る限り、ここはあまり人が立ち入らない場所なのだろう。
「まぁ、いきなり街中に放り込まれても対処に困るしな」
さて。あの女の子の計らいで転生したのはいいけれど、転生したからには生きている。そして生きているからには、必要なことは多々あるわけで。
「……とにかく、まずは衣食住の確保かな?」
女の子が言っていた通りなら、多分この森の中のどこかに私の家(予定)があるはずだ。
なら、ひとまずその家を探して、そこを拠点として自分好みに改装すること。それから食糧の確保、あと、出来るなら生活に必要なものの調達と生活費の確保。パッと出るだけではこのぐらいだ。
「ま、とにかく家に着いてから、ゆっくり考えよう」
うん。と一つ頷いて、取り敢えず歩き出す。さて、想像していたようなスローライフを過ごせるかな。
目指していた空き家は案外あっさり見つかった。見つかったが……。
「……果たしてこれは家って言うのかな。館とか屋敷っていうべきなんじゃなかろうか」
さっきの道から外れ、小道というか獣道というか、そんなところを通って森の中に入って見たところに、なぜこんな森の中にあるのか解らないほど堂々とした佇まいで、その「家」はあった。
そこにあったのは、少し寂れてはいるものの、一体総面積何坪あるのかと尋ねたくなるような洋館だった。
転生前は1LDKのアパートに住んでいた庶民だった私には、ちょっと大き過ぎるとかの次元ではない。一体年収何千万以上の金持ちなら住めるんだと言いたくなるような、ちょっとした豪邸だ。
パッと見たところ、おそらく二階建て。バルコニーがあるのも見えるし、窓の数から考えて、部屋数も結構多いだろう。庭の広さも尋常ではなく、冗談抜きで小さな畑ぐらいはできそうな広さがある。
「なんか、テレビの特集で出てきそうなとこだな」
……というか、バラエティー番組で見たことあるぞ。こんな感じの豪邸みたいな家。
「まぁいいや。入ろう」
そもそも、ここがそうだと決まったわけじゃないし、もしかしたら違うかもしれないんだから、まず確認兼探索だよな。
出来れば違いますように。と願掛けしながら鉄格子の門を開け、柵の内側へと足を運ぶ。
まず私を迎えた広い庭は、柵の外から見た以上に荒れ放題だった。そこかしこに雑草が生えていて、花壇だったと思しき場所は、申し訳程度にレンガが積まれているぐらいだ。
「長いこと放置されてたんだなぁ。花壇は殆ど朽ち果てて意味なくなってるし、そこら辺雑草だらけだし」
これ、庭を使いたいと思っても、すぐには使えないよな。ガーデニングするにしろ家庭菜園するにしろ、ここまで荒れてちゃさ。
そんなことをぼんやりと考えながら真っ直ぐ歩いていけば、玄関ドアだろう大きな観音開きの扉に辿り着いた。
柵の外から見るより大きく、遠目では分からなかった細かな飾り細工は高級感があった。
ちょっと躊躇いつつ、観音開きの右側のドアノブに手をかけ扉を開ける。
ぎいぃぃ。と重く錆び付いた音を立ててドアは開いた。
「デカッ。しかも広っ」
扉を開くなり目に入ったのは、広く上品な豪華さのある玄関ホール。
長年放置されていたためだろう、埃や煤で汚れ所々に蜘蛛の巣が張っているが、それでも元は美しく豪奢な造りだったのだろうと推測できる。
入るのにちょっと気後れするけど、本当にここが私に用意された家なのか確認しないと先に進めない。
少し躊躇いつつも、玄関ホールに足を踏み入れ屋敷の中を探索するべく歩き出した。
★ ★ ★
「広すぎでしょ」
探索を始めて、多分四十分ほど経った頃。最後の探索先である二階の一番東側の端に位置する部屋の前で、疲労を滲ませながら心からの感想を呟いていた。
まずは一階から上に上がって行こうと思っていたら、一階の三分の一も回らないうちに地下への階段を見つけてしまったため、急遽地下からの探索に切り替えたのだ。
地下は書庫と倉庫になっていたようで、六つあった部屋の半分は本棚と本で占領され、もう半分は雑多なもので埋め尽くされていた。しかも六部屋全てが何十畳あるのかと言いたくなるほどの広さを全て使い切っているのだから、その収容量推して知るべし。
続く一階は共有スペースとでも言うのか、広め且つ来客対応可能な部屋が多かった。
まず玄関ホールに始まり、おそらくだが談話室、応接室、書斎、食堂といった部屋があり、他にも特に役割が設定されていない大きめの部屋が三つほどあった。生活に必要な施設はだいたいこの一階に集中しているようで、大浴場、トイレ、厨房などの水回りも揃っていた。
確認してみたところ、蛇口からはちゃんと水が出たし、厨房にはコンロやオーブン、冷蔵庫らしきものもあって、これもちゃんと動いた。
というか、冷蔵庫に関しては冷凍庫も完備されていた上に、大量の食糧まであって、本気でどういうことだと叫びたくなった。いや、有難いけども。
ちなみに、大浴場を見つけた時に大きな姿見鏡も見つけ、その時になって初めて自分の容姿や服装が全くの別人に変わっていることに気がついた。
平凡な顔立ちに日本人特有の黒髪黒目だったのが、プラチナブロンドの淡い金髪をハーフアップにしていて、黒いリボンをカチューシャのように結んでいる。
ダークブルーの瞳は切れ長で美しく、目鼻立ちがクッキリとした顔立ちは、どちらかというとクール美人な感じだ。唇は桜色に色づいて、肌は色白ながら健康的なツヤとハリがある。対比するなら美人6:可愛い4といったところじゃなかろうか。
さらに年まで若返ったのか、どう見ても十七、八ぐらいの少女になっていた。体型も慎ましかった胸が少々大きくなり、腰もくびれ、女性として中々美しい体付きになっている。
個人的な見解としては、巨乳ってわけではないがそこそこあり、足はなかなか美脚でスラッとしていて、正直「誰だこれ」って思ったけど。
服装もかなり変化していて、白いブラウスに黒いワンピースで、ワンピースの裾や袖口に薔薇の刺繍が施されている。丈は膝上五センチぐらいだろうか、長くなく短くない感じだ。靴下はオーバーソックスというやつか、膝ぐらいの長さで薔薇のワンポイントが入っている。靴も黒いローヒールのお洒落なもので、足の甲のところに白い薔薇の飾りが着いていた。
全体にシックで落ち着いているけど可愛らしさがあり、何となく魔女っぽい。というのが私の感想だ。
……というか、結構私の趣味にあっている。派手なのは好きじゃないし、黒は無難で合わせやすいからよく着てたし、なにより刺繡が薔薇っていうのがポイント高い。どことなく魔女っぽいのも可愛くていいし、かなり好みな服だ。
我ながら無頓着すぎるが、ここに来るまで全く気づかないっていうのは流石にどうなんだ。
話を戻して二階だが、ここは個室や客室・客間といった部屋がズラッと並んでいた。
総計十部屋。どの部屋もコンセプトが違うらしく、デザインからインテリアから大分違いがあった。部屋の大きさに関しても、小さめの部屋と大きめの部屋がある。
……一部屋だけ、貴賓室扱いなのか、かなり広く派手さはないが豪華な部屋があったのを見た時には「どこの貴族の屋敷だ」とつい口に出してツッコミを入れたが。
勿論それだけではなく、外から見えたバルコニーをはじめ、小さめのリビングなんかもあった。本当になんつう広さだよ、ここ。
「どっちにしろ、この部屋で最後だろうし、もし他にも何かあったとしても屋根裏部屋ぐらいだろ。たぶん」
言い切れないのが少し悲しい。けどこの広さだからなぁ、隠し部屋とかも念入りに探したら見つかりそうだ。いや、あっても困るけど。活用するかわかんないし、そもそも広すぎるし。
「なんにせよ、あと少しだ。では、いざ」
覚悟を決めて、ドアノブに手をかけるなり、勢いよく開け放った。
――結論を言うと、ここは間違いなくあの女の子が私に用意してくれた「家」だった。
最後に入った部屋は、おそらく主寝室と思われる部屋で、朝日が入りやすそうな窓は大きく、その窓の両脇にはカーテンが束ねられていた。堂々と鎮座するベッドはクイーンサイズはありそうな大きさで、家具や調度品の類も高価そうなものが揃っていた。
けど、なにより目を引いたのは、部屋に備え付けられたテーブルの上に置いてあったものだ。
そこにあったのは、転生前に私が愛用していたスマートフォンと取扱説明書らしき小さく薄い冊子の二つ。それらを手に取った瞬間スマフォが着信を告げたのだ。
――回想
「っ!? も、もしもし!?」
「ハロー! 無事に辿り着いたみたいなのですね。よかったのです」
「えぇ、まあ。あの、確認したいんだけど、この屋敷? が、私の家なの?」
「そうなのです! 因みに、その世界では手に入りにくい貴重な資料なんかも取り揃えておいたのです! 色んな事を知るのに便利かと思って沢山集めたのです!」
「まさかの!? 前の住人が置いていったとかじゃなくて!?」
「あ、服や下着なんかも揃えたのです。その部屋のクローゼットの中に入ってるから、後で確認しておくといいのです!」
「まって。ちょっと待って、マジ? ねぇマジなの?」
「因みに、今貴女と会話するために使っている、えっと、すまーとふぉん? は魔力で動くようにしてあるのです! まぁ、そっちでは珍しいアーティファクトぐらいに捉えられると思うのです」
「またしても爆弾を放り込んでくれやがりましたね!?」
「それと、マップをその世界のものに変えておいたのです。おまけに、見るだけなら入っているあぷりも全て使用可能にしてあるのです!」
「最早チートアイテムと化してるんだけど!」
「あと、一応その森の近くに街もあるのです! だから完全な自給自足とかじゃないですので、心配要らないのです!」
「あ、そうなんだ。それは良かった」
「じゃあ、あとは貴女の力で頑張ってなのです! あんまり干渉しているのも良くないですので、私はこのへんで。連絡もおそらくこれっきりなのです。それでは!」
「え? え、ちょ、ちょっと!?」
――回想終了
……こういうわけで、ここは今日から私の家である。
「――っていくらなんでも豪勢過ぎるわ‼‼」
あとちょっと過保護過ぎやしないでしょうかね!? 確かに屋敷自体は寂れてあちこち汚れてたりとかしてたけど、ハッキリ言えばそれだけだ。家具や食器といった細々としたものは、確認した範囲ではだけど、全く問題なく使えそうだった。
つまり、大掃除してしまえばお金以外は多分すべてどうにかなる。それぐらい大抵のものは置いてあったのだ。
兎にも角にも、これすべて、地下室の大量の本や道具類、厨房設備諸々も含め、私に用意されたものだと。
――やり過ぎじゃないですかね、上位神さん。
「……とりあえず、次は庭の探索かな」
外の森と街の探索は、まずこの屋敷内を網羅してからにしよう。なんて、ちょっと現実逃避気味、というよりは放心気味に呟いて、スマホを服のポケットに突っ込んで玄関ホールに向かった。
玄関を出て、まずは屋敷周りを一周することにした。
屋敷の広さに関しては裕福層の四人家族が優雅に暮らすぐらいのものと、勝手に私の価値観で決定して、だいたいの構造は把握した。四人で暮らすとしても広すぎる気はするけど。
さっさと中に入ったから、まだ外観や柵がどれ程の広さで屋敷を囲っているのかまでは把握していない。かなりの広さはありそうだけど、どれ程のものかちゃんと見て知っておかないと後で後悔しそうな気がするし。
そんなわけで、時計回りに回って見ることにしたのだけど。
「……なにこのひろさ」
発音がオールひらがなになった気がするけど、これはもう気にしたら負けだ。
それにしても、ちょっと上位神さんは感覚がズレ倒してる気がする。屋敷の広さから考えて庭も相当に広いだろうなと思ってはいたけど、広さの度合いをなめてたわ。
「何坪あるんだろうな。この庭」
屋敷の裏手にあった庭。現代の大都会ではまずお目にかかれないだろうその広さは、テニスコート三つ分は入りそうな広さだ。もうここまで来ると驚くのにも疲れてくるな。
よく見ると庭の隅の方に小さな小屋のようなものが建ってるが、多分物置小屋か何かなのだろう。日本でお馴染みな蔵のように大きくなくて良かった。
しかし、これはちょっと予想以上だ。
「どうするかな。前庭だけでも結構な広さあったのに、中庭…… っていうよりは、裏庭? もこんなに広いとは」
かなり色々と活用出来そうではあるけど、これはまた管理やら整備やらが大変そうだ。屋敷に入る前に見た庭も結構な荒れ具合だったしな。
一部は家庭菜園に使うとしても、それ以外を手入れしないわけにもいかない。これはかなりの労働になりそうだ。
「時間に追い立てられることはないっていう要素があるだけ余裕を持てるし、大したことないかな?」
何も何日でやれって制限があるわけでなし。コツコツ少しずつ雑草の処理をして整えて行けばいいわけだし、なにより私が住むんだから、私が良ければそれでいいんだ。なにも無理に庭をいじる必要はない。
うん。なんか冷静に考えたら大丈夫そうな気がしてきた。
「このバカみたいに広い屋敷を管理するのは大変だけど、使う部屋だけちゃんと片付けておけば問題ないでしょ」
たまに大掃除はした方がいいだろうけど。不衛生いくない。
「なんにしろ、これでだいたい把握した。あとは……」
ぐぅぅー……
「――……ご飯食べてから、かな」
微妙なタイミングで盛大に鳴った腹の虫に、何とも言えない気持ちになりながら厨房へ向かった。
文章が無駄に長くなるクセをどうにかしたい……。