壱 7 アキトの実力と銀の少年騎士
アキトの実力と銀の少年騎士
「分かりました、お引き受けします。但し、戦闘には参加しないものとしてください。それが条件です」
誠心誠意頭を下げる姿を見せられたんじゃあ、こっちも突っ撥ねる理由がない。これでもし行動が伴わない、なんてことがあればアキトと一緒にサッサと帰ればいいだけだ。瞬時に行きたい場所へ行く魔法ぐらい、無属性魔法には何個かあるし。
でも、レオンさんに対しては必要のない心配だと思う。現に、今すごいホッとした様子だし、さっき以上にやる気が漲っているのが解る。
表情にあんまり変化はないけど、目は口程に物を言うから。
「では、討伐隊の編成を行い、盗賊団のアジトが特定出来たら出発します。それまでは自由に過ごして下さい」
「今日中に出来るんですか? アジト特定に部隊の編成、討伐なんだから食糧や武器の準備なんかもしないといけないでしょう。そんなに短時間で何とかなるものじゃないのでは」
膝に乗るアキトをモフり倒し、きゃっきゃっと嬉しそうに掌に懐く姿に癒されながら疑問をぶつけるが、レオンさんはきりっとした顔で断言した。
「問題ありません。アジトがこの街からそう離れていない岩山の中であることは解っていますし、いつ何時何があるか分かりませんから、保存食はいつも常備されています。討伐隊に関しても、副団長が既に粗方編成していますから、そう時間はかかりません」
「おおう。そうでしたか」
つまり準備万端ってことらしい。マジかよ、なんて仕事の速い。
でも、今日中に終わるならこっちとしては有り難いな。何日も付き合わされるのは嫌だし、今日するはずだった買い物は明日に持ちこせばいいだけの話だし。
……ってちょっと待て。今のうちにしておくことしとかないと、後でまたフラグが立ったりしたら面倒だぞ。
よし、ここは大人しくしておこう。
「では、私はアキトとここで待ってますので、準備が出来たら呼んでください」
「いいのですか? 退屈でしょうし、誰か話し相手でも呼びますが」
「話し相手ならアキトがいますし、皆さん忙しいでしょう? 大丈夫ですよ」
といか、騎士団の詰所内を案内してもらったところで、あんまり興味はないんだよね。だって警察署みたいなもんでしょ? ドラマ知識ぐらいしかないけど、内勤の事務処理以外に珍しいとこなんて、実戦訓練(?)をしてることぐらいじゃなかろうか。
私文系だし。事務はもう前世で飽き飽きだし。体力も運動神経も並ですし。
第一、騎士の方々は大抵扱う武器が剣・槍・ガントレットのどれかだろうという先入観があることと、魔法については私以上が早々居るとも思えないっていうのがあるから、あんまり見に行くメリットも感じないし。
だったら待ち時間の間、アキトとの親交を深めるのに使ったっていいでしょ。これから長い付き合いになるんだから。
「わかりました。スノウ殿がそう仰るなら、ここでお待ちください。三十分ほどで呼びに来ます」
「ありがとうございます」
「〈スノウ、お話終わった? お買い物にいくの?〉」
一礼して部屋から退室するレオンさんを見送り、ここでも時間の単位は「時・分・秒」なのか、とスマホで判っちゃいたけど何となしに確認していると、アキトが私を見上げてそう訊いてきた。
「うん。でも、この後レオンさん達と仕事しに出掛けることになったから、もうしばらく大人しくしててね」
「〈おしごと? ギルドにいくの?〉」
「いや、街の外にある岩山に行くんだ。そこに住んでる悪い人達を捕まえて、とっちめる」
「〈……危ないことするの?〉」
「大丈夫だから落ち着きなさい」
ざわりと空気が揺れたのを感じて、アキトの魔力が感情に連動して漏れ出してるんだと気付き、宥めるように撫でてやる。
アキトは無知なだけで、本当は中々に賢い子だ。だから、ちょっとの説明で解ったんだろう。それに、ずっと膝の上で懐いていたといっても、耳を塞いでいたわけじゃないから、話はだいたい聞こえていただろうしね。
暫く撫で続けて、アキトが落ち着いてきたところを見計らって、これから参加する盗賊団討伐についての話を切り出した。
「ねぇアキト。これから向かう仕事は、一応捕まえることがメイン…… あー、主要目的なんだけど、もしかしたら結構規模の大きい戦闘になる可能性もある。でもそうなった時、私は自分の身を守ることが出来るか判らない」
レオンさんは絶対守るって言ってくれたけど、現場がどうなるかなんて現時点じゃ解らない。どんなに万全を期していたとしても、失敗することってのはある。
そしてそうなった時。今回のことで言うなら、不測の事態が起こって私の護衛に手が回らなくなることがあった時、自衛手段を確立させておかないといけない。
別に身を守る術なんていくらでもある。筆頭は【シールド】だけど、防御魔法やら保護魔法だけでなく、攻撃、回復、何でもござれだ。こういう時はホント助かる。チート万歳。
でもハッキリ言って、私のチート能力について(全属性持ちで無属性魔法複数使用可能)は出来るだけ知られたくない。
百歩譲って【スリップ】と【シールド】の同時使いまでなら許容範囲だ。詐称している種族はハーフエルフで、魔法と魔力量に優れた種族であり、無属性魔法を複数使える人も、かなり珍しくはあるがいないわけじゃない。
だけど、何事にも完璧はないのだ。万全に準備したと思っていても、抜けがあったりミスがあったりするものだし。
それに、咄嗟の判断でついうっかり超上級魔法(基本、使える存在がめちゃ少ない)なんて使ってしまおうものなら、その先の展開なんて火を見るよりも明らかだ。
なら、どうするのか? ――いくつも対策を用意すればいい。
一つのプランだけで成功するとは限らない。常に第二、第三のプランも用意しておくことで、失敗した時のフォローや穴埋めをすることが出来る。
備えあれば患いなし、準備して心構えを作っておくことで、スムーズに事態を進めて問題解決に尽力出来る。
閑話休題。
とにかく私が言いたいことは、「もしも」の時に違和感なく〈私〉から注意を逸らせるような「言い訳」を用意したいということだ。
その為に、誰もいない今のうちに、ある程度の「設定」を作っておきたい。
いざとなったらアキトに守って貰う、又は、アキトに守って貰ったと誤魔化す為に、まだ詳しく訊いていないアキトの能力とかを把握しておきたいわけだ。
幸い、アキトことウィングウォルフが持つことの多い属性は、私が得意とするものも多い。もし咄嗟に上級魔法を使ってしまっても、アキトには悪いが「アキトが使った」と言って上手く誤魔化せるだろう。
なんせ仔犬といえどもレベルランクSのウィングウォルフだ、疑問は持たれまい。
そういうわけで、本当なら買い物途中の雑談とか屋敷でゆっくりしながら訊こうと思っていたことを、此処でささっと訊いてしまおう。ゆっくり訊きたかったら盗賊団討伐の後でまた話せばいいしね。
「アキト。もしかしたら、さっき街中で私を守ってくれたみたいに、また守ってもらうことになるかも知れない。その時はまた、守ってくれる?」
「〈まかせて! スノウのことは僕が守るよ!〉」
「うん、ありがとう。でね、いざという時のために、アキトが出来る事を訊いておきたいんだ」
「〈僕が出来ること?〉」
こてん。と首を傾げる仕草に内心で「可愛い‼」と叫びつつ、話を続ける。
「そう。例えば、魔法が使えるのか、とか。空を飛ぶことは出来るか、とか」
ウィングウォルフはその姿から察せられる通り、飛行能力がある。魔法に関しても、ギルドで調べた限りでは中級から上級の魔法を使うことが出来ると書かれていた。
けど、それはどちらも成犬の場合という注釈付きだ。現在仔犬のアキトが出来るとは限らない。
本音を言えば、出来ても出来なくても構わないが。それはそれで「言い訳」を考えるのが面倒だな、と思うだけで。
「〈ん~…… ちょっとだけバチバチッてできるよ〉」
「バチバチか。雷属性持ちってことかな」
「〈あと、ちょっとだけなら飛べるよ! まだ上手くないけど……。それから、風でどんなものでもスパスパ切れる! 僕よりおっきい魔物だってスパッと切れるんだよ!〉」
「おおっと、まさかの二属性持ちか。アキトも中々にスペック高いよな」
「〈あと、影の中に潜れるよ。かくれんぼ得意!〉」
「……え」
「〈それから、土の中に埋まってるものとか、生えてるものを見つけるのも得意! 何となくだけど、どこに何があるっていうのが判るの。すごいでしょ!〉」
「……ウン、ソウダネー」
おい待てちょっと待て。
聞く限りだと、まず基本属性の風と闇、サブ属性の雷が使えるの確定で、土属性は怪しいところって感じか? マジで?
つまりなにか? アキトはウィングウォルフが持つことの多い四属性全部に適性がある可能性大ってか? 何そのチート。類は友を呼ぶってか。ウソだろオイ。
しかも、魔法として意識して使ってるわけじゃないってところから考えると、おそらくアキトは魔力コントロールに長けてるんだろう。多分、教えれば詠唱ほぼ無しでバカスカ使えるようになる、一種の天才型だろうな。……自分で言っててアレだけど規格外過ぎて眩暈してきた。
予想以上に高スペックなアキトの能力に軽く戦慄する。お前も十分戦慄するようなスペック持ちだろうってツッコミいただきそうだけど、そこは棚上げだ。
なんにせよ、アキトは普通じゃない(色んな意味で)ってことで、どうとでも言える。なら、ちょっと悪いが「言い訳」として使わせて貰おう。
さてなんと説明すればいいかなぁ。
★ ★ ★
「〈スノウが「僕がやった」って言ったら、僕がやったよって言えばいいんだね。わかった!〉」
「ごめんねアキト。よろしく頼むよ」
アキトに私が隠したいこととか、その為の対策ってことで口裏を合わせてほしいこととかを説明して、元気なお返事を頂いた。
幼い口調に似合わず聡いアキトは、私が隠したいことが周囲にバレてしまったらどうなるか、私の説明からすぐさま察した。
といっても、子供らしく「〈スノウに遊んでもらえる時間がへっちゃう‼〉」という理解の仕方だったけど。
取り敢えず、これで危惧することは減ったと考えていいだろう。
「あとは、使う属性と魔法の限定かな」
ポツリと呟いて、さてどうしようかなと考え出した所で、ノックの音が響いた。
「どうぞー」
「失礼します」
慌てて考えることを中断し、不自然にならないようにしっかりと返事を返す。
そして、一言断りを入れて入って来たのは、銀髪碧眼の同じ年ぐらいに見える少年だった。
銀色の髪は癖っ髪なのかあちこち跳ねているけど、見苦しくない程度に整えられていて、キラキラとしたそれは存在感がある。碧い瞳は切れ長で怜悧な印象を与え、意志が強そうな、凛々しい顔立ちと相俟って涼しげな美貌が際立つ。
そんなキリッとした真面目そうな少年の入室に驚いていると、少年は私を見て驚いたようで僅かに目を見開いた。だが、それも一瞬のことで、すぐにまたキリッとした顔つきに戻る。
「貴女がスノウ殿でしょうか?」
「そうですが…… すみませんけど、貴方は?」
「申し遅れました。私は騎士団第一部隊所属、ウルカ・ハーミット。レオン騎士団長の命令で、貴女の迎えに上がりました」
そう言って一礼する姿はビックリするほど美しく、姿勢が良いからってこと以上に、内面がからこそなんだろうなと感じられた。
しかし、外見から年が近いと思われる彼を寄越してきたのは、私に対する配慮なのか、単に騎士団長は忙しいのか、はたまた何か別の理由か。解釈に苦しむ所だな。
……まぁ、別になんだっていいか。気にしたら負けってことで。
「部下の方が呼びに来たってことは、そちらの準備は整ったってことでいいの?」
「はい。後は貴女をお連れして来るだけで、いつでも出発出来るそうです。スノウ殿も、準備の方は出来ていますか?」
「私は大丈夫ですよ。そちらも問題ないのなら、急ぎましょうか。待たせては悪いですし」
アキトを肩に乗せながらそう言って立ち上がり、簡単に服や持ち物をチェックする。うん、問題なし。
それでは、ここからはちょっと気を引き締めて行くとするか。
ウルカさんに連れられて外に出ると、まず目に入ったのは整列した騎士団の方々だった。
「(おおう。圧巻だな)」
騎士団所属を表す制服と鎧を纏った数十人の男性達に、その正面に立つレオンさんともう一人の男性が、何か指示を飛ばしている。解っちゃいた気だったんだけど…… うん。改めて警察とか軍隊とか、そういう類なんだなと実感する。
ウルカさんに促され、レオンさん達の元へ向かう後をついて行く。妙に緊張するのは気のせいだ。多分きっと恐らく。
「団長、副団長。スノウ殿をお連れしました」
「あぁ、ウルカ君お疲れ。ありがとね」
「助かったぞ、ハーミット」
そう言ってこちらに顔を向けた二人に、軽く会釈しておく。
しかし、ウルカさんの呼びかけから、レオンさんの隣に立つ、一見騎士というよりは魔術師っぽさが漂う青年が副団長というのに少し驚いた。
全体的に線が細い印象を受ける華奢な体付きのせいか、腰の剣と鎧がビックリするほど似合わない。とてもではないが、剣を扱う者には見えない。
ついジッと見つめてしまった私の視線に気付いたようで、まずは自己紹介になった。
「スノウ殿。彼は副団長のセリム・マルセルだ。今回の討伐戦は彼が中心になって進めることになった」
「初めまして、スノウ殿。どうぞよろしく」
「あ、はい。よろしくお願いします、セリムさん」
ニコニコと微笑うセリムさんに、なんというか、毒気が抜かれるというのか。凄くフレンドリーで、知らず緊張して力が入っていた肩からストンと力が抜けた。
次いで、今度は私を連れて来てくれたウルカさんの紹介に移る。
「そして、彼は第一部隊隊長のウルカ・ハーミット。今回は貴女の安全確保が主な仕事になる。騎士団の中でも実力は折り紙付きですから、安心してください」
紹介されたウルカさんが、さっき見せたのと同じように、ピシッと正した姿勢で美しく一礼した。
「改めて、ウルカ・ハーミットです。道中の警護と、戦闘中の護衛を致します。どうぞよろしくお願い致します」
「スノウです。マキシマ=スノウ。こちらこそ、よろしくお願いします」
「では、ハーミット。スノウ殿の警護は任せたぞ」
「はい。お任せください」
まさかの専属護衛に軽く戦慄する。これ、「言い訳」対策とか必要なかったんじゃね?
そんなことを考えている間にも、出発の準備は終わったようで、セリムさんが号令を出していた。
「では、これより討伐戦へ出立する! 総員、出動!」
『はっ!』
一糸乱れぬ全団員の返答が、地味に耳の奥まで響いた。つか、結構な音量だったな。
「すげーな。めっちゃ響いてたぞ今の」
「くぅーん……〈うぅ…… ちょっと耳がくわんくわんしてるぅ……〉」
ポカンとする私と、器用に前足で耳を押さえるアキトを尻目に、用意されていた馬や馬車に騎士団員の人達が乗り込んで行く。
テキパキとした動きに「慣れてらっしゃるなー」と思いながらぼーっと見ていると、ウルカさんに声をかけられた。
「スノウ殿。貴女はこちらの馬車に乗って下さい。あと、道中で今回の討伐戦についての作戦等、詳しくお話します」
「え、はい。わかりました、けど…… 私別に徒歩でも大丈夫ですよ?」
ウルカさんに促され、乗るように言われた馬車は、街に来る途中で見たものよりも立派で、正直、乗るのはちょっと気後れする。
でもそんな私の心境が通じる筈もなく、ウルカさんに困ったような顔で首を傾げられた。
「ですが、ここから盗賊団の根城まで、かなり距離がありますよ。女性の貴女には厳しい往路になるでしょうし、岩山の山道も山岳地帯特有の険しいものが多い。無理をせず、馬車で行ける所までは、乗って行って頂けると、有り難いのですが」
「そう、ですかね?」
「はい。それに、作戦等は歩きながら話すより、馬車の中で話す方が色々と都合もいいので」
あ、機密保守的なヤツですかねコレ。そう言われちゃうと断れんわ。
「わかりました。では、お手数をおかけしますがよろしくお願いします」
「えぇ、任せてください。さぁ、どうぞ」
自然に手を引かれてエスコートされ、ちょっとドギマギしながら馬車に乗った。イケメンにエスコートされるとか、トキメクより先に緊張する。今まで縁が無かったから余計に。
アキトが初めての乗り物にテンション高く尻尾を振っているようで、当たる毛がちょっとくすぐったい。
乗り込むと同時に、ウルカさんが馬車の御者に合図を送り、程なくして動き出した。このまま暫くは馬車に揺られながら目的地に向かうことになる。
相手の【イディオム】に【スリップ】がどこまで有効かは判んないけど、まぁ頑張りますか。
キーパーソン予定の人物をやっと出せた…っ
そして次こそは…っ 次こそは主人公大活躍を…っ