全ての始まり3
愛恵は、突然、見ず知らずの場所に飛ばされて
地平線まで見えている広大な草原を
ただ黙々と歩いていた。
共に飛ばされた小学生の花音が後ろから付いて来ている。
飛ばされたときに解けたのだろうか、
二つのみつあみに結っていた花音のサラサラの漆黒の髪が
肩を覆う程のストレートの髪になっていた。
黒ぶちの伊達眼鏡の奥の紫水晶のような瞳を前を歩く愛恵に向けていた。
花音の視線の先にある、愛恵の背中には、
花音と同じ色の漆黒の髪ながら、フワフワと草原の風に吹かれて
少し猫毛の髪が踊っていた。
正面では、少し黒と言うには茶色に近い瞳を伏せて
不安に耐えているのだろうと想像できた。
愛恵は、運動不足と言う訳では無いながらも
あまり徒歩で長く歩く事が無い為に、
痛む足の裏と膝を半ば惰性で動かしながら、
額から伝い落ちる汗を利き手で拭き取とっていた。
何とか年長者の年少者への保護責任で
花音の前を歩いていたが何処まで行っても
草原ばかりなことに何だか心に不安が押し寄せてきて
花音に見えないように正面を向いたまま愛恵は、
瞳にちょっぴり涙を滲ませていた。
もともと愛恵は兄と姉と自分という三きょうだいの末っ子で
保護されてきた存在のうえに消極的で内気な所があったので
先頭をきって何かをすることも周りに引っ張ってくれる人が
いないという状況もあまり経験がなかった。
花音は、しばらく、じっと愛恵の背中を見て付いていっていたが
ふぅとため息を一つ付くと
「・・・あまりたよりになりませんね鈴木先生の妹さん、
もとい、鈴木愛恵さん。」
兄、鈴木健一は花音の小学校の先生だった。
アイドルのようにかっこいいとまではいかないけれど
爽やかな笑顔が魅力的なそこそこ格好良い優しくて頭がよくて頼りになる兄を
尊敬して自分も将来小学校の先生になりたいと
思って教育短大に入学した愛恵だったが、とうの小学生にそんな事を
言われてしまった。
えっ?と滲みかけていた涙を拭いて振り向いた
愛恵の前に花音が何故か掌を向けていた。
「えっと・・・なに?花音ちゃん。」
「・・・・・私の方がましだと思います。
貴女は、方向とかも考えずにむやみに歩き回っているだけのようですし
こんな草原でトロトロ歩いてたらあっという間に狼・・・・が居るかは
知りませんけど野性の動物の食事になると思いますよ」
もどかしげに花音は、愛恵の手を取ると引っ張って前を歩いていく
自分の顎の下程しかない花音の頭を見ながら
愛恵は、何だか良く分からないながらもそれに従って
引っ張られるままに付いて行く。
「・・・あの・・・あのね・・・花音ちゃん・・私、恥ずかしいね
ごめんねお姉さんなのに・・・それとね」
愛恵の声に花音は、つっけんどんに答える。
「・・・・別に良いですよ、お姉さん関係無いですし、
それと、何ですか?」
振り向きもしない花音に、でも愛恵は
エヘヘとちょっと
照れ笑いをしながら
「花音ちゃん、ありがとうね」
愛恵は、握って引っ張ってくれている手にちょっとだけ力を入れた。
花音の、驚いたように振り向いて
その後のみるみるうちに赤くなった顔と
「・・・・・ほっといたら野垂れ死にするからですよ」
と言いながらも力強く引っ張ってくれている様子に、
何となく愛恵は、
(花音ちゃん、もっと年が大きくて、男の子だったら
たくさんの女の人にもてただろうな・・・)
と思った。