夜の凶鳥1
なんとも言えない緊張が走った。
所謂、魔族・・力と欲望を果たす事を至上とする社会と言われる
この世界にとって、血というのはそこまで重視されない。
退屈するほどの長い時を過ごす者にとって、
子どもや孫を残す必要は無く、
又、人間のように、夫婦や、家族の制度がある訳では無いので、
いちいち、自分が誰と関係を持ったか、
そして誰が生まれたか覚えていないと言った事も珍しくなかった。
「・・・・地の王、アメイモン様、黒の伯爵ザラド様の・・・。」
四方の一つを守る、深紅の魔王直系王子の一人、
己の城の玉座にて面白げな表情も無く目の前で繰り広げられる
狂宴を見ていたアメイモンは、耳元でそう囁いた己の使い魔に
表情は変えずに視線だけを送った。
主の視線が動く、興味が動く
それだけで突然変わったその場の空気に小魔族達は、
飛び去る事も出来ず縮こまり、
上級魔族達は息をのんだ。
彼女、否、彼女でも彼でもあるその仔魔は、沈黙のその中を
鮮やかな赤い髪とルビーの瞳の青年と、
灰色の狼の耳と、身体の一部に獣毛を生やした幼い少女と、
少女よりは、少しだけ大きいが、雪色の豹毛の、
やはり年端も行かない少年の姿の魔族を引き連れて
静かに、しかし、確かな存在感を持って、広間に現れた。
魔力は強くない・・そう思った。
しかし、そう思って瞳を向けた次の瞬間には、その仔魔の
紫の瞳の宝石に、心を引き寄せられ、知らず知らずのうちに
広間の魔族達は、感嘆の声をもらしていた。
―これは、何と・・・―
透けるように白い肌と華奢な手足、病的とも言える
その容姿は、しかし、成長期のアンバランスさが、
絶妙なバランスの美しさを醸し出し、
身に着けた、上等ではあるが、シンプルな人間の服が
更に、それを強調していた。
紫の宝石をはめ込んだ、
少々丸みを帯びた幼くも美しい顔を覆う黒は闇を切り取ったかの
如くの黒絹、
幼く、ひ弱に見えながらも、瞳が、髪が、肌が、容姿が、
堪らなく欲望を掻き立てた。
仔魔、花音は、自らを見つめため息を付く広間の魔族達に
視線を投げかける事も無く、
只々、壇上の玉座に座する、アメイモンをその紫の瞳に
映し、進んだ。
「・・・・・・初めて、お目にかかります。・・・
我が王に、ご挨拶申し上げます。」
壇上より、数歩離れた所まで進み、
花音達は、アメイモンの前で跪いた。
祖父と教えられたアスマデウスが、檀下の、
アメイモンに最も近い場所で、満足そうに頷いたのが、
花音の、視線の隅の方で見えた気がした。