黒い翼2
「花音ちゃん、花音ちゃん、花音ちゃん!!」
愛恵は、力尽きたように倒れてしまった花音を
懸命に何とか背中に抱えて、
砂埃と瓦礫の海のようになってしまった集落をゆっくりと歩き出した。
先ほどの翼は見間違いだったのか今は、もう、花音の背中には無い。
訳の分からない状況ながら、
息もしているし、心臓も動いているけれど
かなり顔色が悪いし意識が無い花音を、
ひとまず、早く医者に見てもらわなければと
愛恵は、無事な人と場所を探す。
「今、お医者さんに見てもらうからね、
何処かきっと人が集まっている所があるはず、・・・・
地震の余震があるかも知れないしね」
額から滴る汗を拭うことが出来なくて目に染みる。
幸いにも連日の宴で外に出ていた人達が多かったようで
大勢の無事そうな人達が、瓦礫をどけたり、
怪我している人を介抱したりしている。
しかし、愛恵は、言葉が良く分からなかったので、
話し掛けられないし、向こうも、
客人に構っていられないのか、話し掛けてくれない。
「・・・フールンさん・・」
フールンさんの所に行けば、愛恵がそう思っていると、
「マナ・・カオ・・・こっち、フールン、族ちょ・・」
逞しそうな男に肩を叩かれた。
助けに来てくれた。
そう思って、愛恵は目頭が熱くなった。
男は、愛恵の背中から花音を引き取ると先を歩き出した。
「・・・あの・・・・・フールンさんと、
フールンさんとそっくりのケルン<ケルレン>さん?と
二人のお兄さん?の・・えっと・・なんだったけ?
チーオ?<チーフォン>お兄さんは、大丈夫ですか?」
少し、安心して男にそう話しかけるが、男は困った顔をして
首を傾げ顎で先を示しさっさと先を急ぐ。
「?」
首を傾げながら背が高い男の歩幅に付いて行く為に
小走りで付いていきながら先ほどの花音の翼の事を
改めて考えてみる。
(でも、どうして翼があるように見えたのかしら、
花音ちゃんじゃ無いように見えた。・・・・箪笥も粉々になったし、
私と花音ちゃんの周りだけ守られたみたいだった。)
「~~!チーフォン~~~~」
男が走ってきた少年のその声に振り向く、
「チーフォン~~フールン~~~」
愛恵には、名前の他はホニャホニャとしか聞こえないが
何だか切羽詰った様子と迎えに来てくれた男と、
『チーフォン』と言って呼びに来た少年が走っていった為に慌てて
後を追って走った。
倒壊した、その建物の前で少年は、オロオロして、手振りと言葉で
男に何かを訴えている。
見る見るうちに男は青ざめて少年に何かを言うと
周りを見回して、近くに倒れていた柱に花音を凭れ掛けると
少年と一緒に、瓦礫を除け出した。
愛恵は、オロオロと花音に歩み寄ったが
少年と男で掻き分けた瓦礫の下から人の手が出てきたのに
ぎょっとして愛恵もそちらに駆け寄る。
血に染まった手に一瞬怯むが、めいいっぱいの力で引っ張っていると、
その手の持ち主に庇われていた人物なのか、別の手が下から出てきた。
「引っ張って・・・・」
愛恵の声に
言葉が通じないながらも少年が、下から出てきた手を引っ張ってくれる。
幸いそれほど重たい人物ではなかったのかまもなくして
引っ張り出されてきたが、なんと、その顔は、
昨日のフールンによく似たケルレンだった。
ケルレンは庇われて居た為か埃に塗れてはいたが
見たところは、大きな怪我はしていないようだった。
だが、頭を打ち付けたのかぐったりとして意識がなかった。
少年は、次に、愛恵と一緒に血に染まった手を引っ張る。
愛恵と少年が、必死で瓦礫から引きずり出してみると、
引きずり出された人間は、昨日のチーフォンだった。
チーフォンは、頭や頬や背中や足といった所に
大小たくさんの怪我があり、
肩の辺りの骨が折れたのかどこかブランとしていた。
愛恵は、戸惑いと恐怖を覚えたが、少年も男も如何したら良いのかと
オロオロしているので、愛恵は、自分しか居ないのだと
思い直し、おずおずと近づいて、花音にもしたように
小学校の子供が倒れた時の為の処置として
学校で叩き込まれた救命講習を思い出して
意識確認、呼吸の確認、心音の確認をする。
(意識が無い、呼吸も・・・・心音も・・・・このままだと死んでしまう)
男は、(戸惑っている男は存外若かった)
しばらくして、少年に何かを言って、何処かに行かせたが、
後はどうしたら良いのかとオロオロしている。
ケルレンの方は、意識は無いが、呼吸も心音もしっかりしているので
動かさず、そのまま寝かせておいた。
チーフォンは頭に怪我があるので、無闇に動かせない、
愛恵は、顔を横に向けて、チーフォンの口の中に溜まっていた
血を出すと、気道を確保して人工呼吸を始めた。
数回呼吸を送り込むと心臓マッサージをする、
何回か繰り返しているうちに要領が飲み込めてきたのか
男が心臓マッサージをしてくれた。
(そんな場合じゃないと思うのに男は人工呼吸は嫌がった)
1, 2分程しかしてなかったと思うのに、
だんだん息が切れて息が荒くなってきた。
「ケルレン、長兄!」
そうしているうちにやっとフールンが医者らしい人と大人の男数人の
人手を連れて来てくれたので
不安から解放されて愛恵は子供のように泣き出した。