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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第二章 突然の異変。
9/40

**2-5 わがまま。

 ついに東京にも梅雨入り宣言が出された。

 宣言が出されたその日からずっと、雨が止む様子がない。

 外に遊びに行けないから、みやこも少し不満そうである。


「まだ遊びに行けないの?」

「ううん、まだ雨は止まなそう……あれ? 止んだかもしれないよ?」

「本当に⁉︎」


 止まなそうと言った途端、雨の落ちる音が聞こえなくなった。

 空をすっぽりと包み隠していた灰色の雲からは、突然太陽が顔を見せる。

 都は嬉しそうに窓際に移動して外の光を見て、あまねのほうに目を輝かせて顔を向けた。

 周はこの輝く瞳に弱い……長い間、二人の住む家に周の“うーん”という悩む声が聞こえていた。


「そうだ、近くの紫陽花あじさいの咲いている公園に行こう」


 初めて耳にする“紫陽花”という単語に首をかしげる都に説明はせず、すぐに車に乗って家を飛び出した。


 車で十分。

 “紫陽花公園”というそのままのネーミングの公園には、先ほどまで雨が降っていたせいか人の姿は見えなかった。

 昼食を食べられる店に行くには、ある一本のレンガ道を通るしかないようだ。


 レンガ道を囲むように、色とりどりの紫陽花が並んでいる。

 真ん中が白く、発光しているかのような青い花。

 優しく包み込んでくれているかのような赤い花。

 青い、赤い——その中でも違いは大きく、水色、藍色や、赤紫色、桃色など、様々な色が周たちを囲んでいた。

 歓声を上げ、近くからじっと花を見つめている都。

 パシャッというシャッター音が続けて聞こえる。

 そのシャッター音は、周が都を撮るために購入した一眼レフのものだった。


「来て来て! この紫陽花すごく綺麗じゃない?」


 ぐいぐいと服の裾を引っ張られ、周も近付いて花を見る。

 花びらには、たくさんの雫が。

 雫がぽたりと落ちるたび、花がわずかながら跳ねたように動く。

 思わずカメラを構え、ファインダーを覗くと、美しい絵のような景色が見える。

 彼はすっかり一眼レフのとりこになっていた。


「ほら」


 撮った写真を都に見せると、祈るような手を胸の前につくった。

 惚れ惚れする……そんな言葉が正しいであろうか。


「すごい、これパパが撮ったんでしょう? すごい、すごいよ!」

「ありがとう、都が喜んでくれて良かった」


 娘の素直な言葉に、周は満更まんざらでもないようだった。


 昼食は良くある焼きそばと唐揚げ串を二人で半分にした。

 周は、都が“半分こ!”と言うのが可愛くて仕方なかった。


 食事処と隣接する“土産屋みやげや ハイドランジア”に入った途端、都のテンションは上昇した。


「これ見て!」


 可愛い、綺麗。

 それを繰り返し、商品を手に取ってじっと眺めている。

 あまりにも欲しそうなものだから、


「買う?」


 と尋ねた。

 しかし彼女は周の予想通りの反応しかしなかった。


「ううん、要らない」


 いつも、こうなのだ。

 雑貨店などに出掛けると、都は必ず一度は欲しそうな目をする。

 だがしかし、買ってあげると言っても首を横に振る。


「どうして? 買ってあげるよ」


 目線を彼女に合わせ、優しく問いかけても答えは決まっている。


「だって必要じゃないから」


 必要……そう言われるとキーホルダーは要らないかもしれない。

 でもこの子はまだ五歳の少女。

 良く同年代の子が、欲しい欲しいと泣いている姿を見かける。

 普通はそういうものではないのか? こんなに冷静に考えられるものなのか?

 自分も駄々をこねたことはあるので、少しくらい泣いて欲しい欲しいとわがままを言ってくれても良いと思っている。

 周は、都の肩にそっと手を置いてゆっくりと話した。


「いっぱいはいけない。でもね、必要じゃなくても買って良いものはあるんだよ」

「パパはいつもお仕事で忙しいんでしょう? 都、パパ疲れちゃうと困るの」

「……パパが働かなくても良いように、って考えてくれているの?」


 都は、首をこくんと縦に振った。

 自分のことを考えてわがままを言わないようにしていた娘に感動しつつも、自分のせいで娘が押さえつけられてはいけないと思い、さとすように言った。


「パパは都がこういうものを買えるようにって働いてるんだから、買って良いよ」

「本当……に?」


 やはりよっぽど欲しかったのだろうか。

 言いづらそうだったが、その表情からは嬉しいという感情が見て取れた。


「ほら、一つ欲しいもの決めて良いよ!」


 すぐに笑顔を見せ、店の奥へと走って行った。

 あんなに喜んでくれるのならば、残業さえ苦ではないと思った。


 彼女が持って来たのは、この公園のキャラクター“ランちゃん”のぬいぐるみ。

 ランちゃんはこちらに向かって可愛く微笑み、ウインクをしている。

 購入してあげると、すぐに袋から取り出してぎゅっと抱き締めて歩いた。


 この日から、玄関にランちゃんのぬいぐるみ、テーブルの端には写真立てに入れた紫陽花の写真が大切に飾られることとなった。

 紫陽花の写真はちょうど雫が落ちる瞬間を撮れたので、周は気に入っていた。

 都はランちゃんに対して毎朝必ず“おはよう”と言った。

 父は我が子が可愛くて仕方なかった。

**ハイドランジア

 意味……紫陽花。

 綴り……hydrangea


ランちゃんとは、ハイドランジアのランを取って名付けられました。


 誤字脱字、疑問点などありましたら、感想欄またはメッセージにてお願いいたします。

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