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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第二章 突然の異変。
8/40

**2-4 身体の傷跡。

 今日は煙草の煙ではなく、線香の煙があまねの全身を包んでいる。


 無邪気に走り回るみやこの腕を掴み、その動きを止める。


「お墓で転んだら、キズが一生残るよ。走っちゃ、だめ」


 “だめ”、その言葉は五歳の少女からしてみれば辛い言葉。

 涙をたっぷりと溜めた瞳を見て、周は焦った。


「じゃあお水、んで来ようか」

「お水?」

「この人が言ってるよ、“暑い”って。パパには聞こえるんだ。だからお水かけてあげよう?」

「都も暑い! こんな暑いところにずっといたら嫌だよね」


 先ほどまで走っていたのもあって汗だくになっている都は、墓石に彼女が入っているということを知らない。

 きっと心の中では、石を指して“この人”と言う父を不思議に思っていたことだろう。

 都は熱くなったミヤコを優しく撫でて微笑んでいた。


 逆さまに置かれた木の桶から溢れるくらい、井戸から水を汲む。

 初めて見る柄杓ひしゃくに、都は興味津々だった。


 先に手本を見せる父の後ろ姿をじっと見つめていた都が、バッグからなにかをごそごそと出しながら言った。


「そうだ、日焼け止めクリーム塗ってあげたほうが良いかな? ゆうこ先生が言ってた、女の人は日焼けが嫌いなんだって」


 ゆうこ先生とは、都の担任の若い女性のことである。

 バッグから出していたものは日焼け止めクリームだった。

 手のひらに出して塗ろうとしていたので、慌ててクリームを取り上げた。

 突拍子もないことを言い出す我が娘に、周はさとすように話した。


「大丈夫、この人には日焼けしないバリアがついているから」

「バリア⁉︎ すごい、バリアなんてあるんだね!」


 周は苦笑しつつ思った。

 自分もなんて突拍子もないことを言ってしまったのだ——と。


「バリア! バリア!」


 悪気もなく恥ずかしい父の言葉を繰り返す都に、柄杓をなかば無理矢理渡した。

 そこに手が届かずに墓石にカンカンと柄杓をぶつけてしまい、都は何度もごめんねと謝っていた。


 初めての墓参り、都は初めを除けばずいぶんと大人しかった。

 その様子は、墓特有の不思議な空気を感じ取っていたかのようだった。


 みやこの墓、それは彼女が亡くなってからつくられた。

 彼女には先祖代々続く墓があったのだが、周が京の家族に必死に訴えたことから新たにつくることになったのだ。

 なぜそんなことを希望したのか。

 それは周の、京と二人きりでいたいという独占欲からだった。

 京の墓には、周のみが入る予定である。

 もちろん京の家族からは強い反対を受けたが、それに負けずに訴えたため、さすがの家族側も先に折れた。


「これ、誰のお名前?」


 都が指し示すのは、石に彫られた京の名だった。


「パパの、奥さんになる予定だった人。都のママになる予定だった人だよ」

「ふぅん……」


 我ながら意味のわからない説明——周はそう思ったというのに、都はなにやら納得した様子を見せた。

 口をぷぅーっと膨らませ、彫られた京の名を指でそっとなぞっていった。


「痛い……っ!」


 “京”という字をなぞり終えたとき、都が叫んだ。

 弾かれたように痛いと叫んだことは以前にもあった、一度だけ。


「どうした⁉︎」

「ん……なんでも、ない」


 よろける都の腰を支え、周が問いかける。

 先ほどは明らかに痛みに顔を歪めていたというのに、都はなんでもないと首を横に振り微笑んだ。

 無理しないで。

 父はそう言ったが、娘はかたくなに首を横に振り続けた。


 それからどうしたのかと尋ねてもやはりなにも答えなかった。

 しかし、都から話したことは二つだけあった。


「都のママだった人、車にぶつかっちゃったの? 髪、ピンク色で長かった?」


 なぜ、それを知っているのか。

 彼は京が事故死したことは一切言っていないはずだ。

 もちろん、京の髪がピンク色だったことも。

 彼女は髪を腰まで伸ばし、その長く綺麗なストレートヘアをピンクアッシュという髪色に染めていたのだ。


「なんでそんなこと聞くの?」


 写真を見せたことだって数回しかないし、それが京、つまり都の母になる予定だった人ということも伝えたことがない。

 偶然とは言いがたい。


「今痛いのと同時に見えたの。長いピンク色の髪の女の人が、車にぶつかっちゃうところが。その人がね、優しい声でパパの名前呼んでたから……」

「車って、どういう車?」

「前、夢の中で都がぶつかったみたいな大きい車!」


 あの都自身の記憶のような、夢の話のことだ。

 大きい車とは、トラックを指している。

 トラックにかれたピンク色の髪の女性……それは間違いなく京だった。

 問題はやはり、なぜ都がそのことを知っているのか、ということである。


 人生初の墓参り、実は都は緊張していたのだろうか。

 家に帰るとソファーに横たわってすぐに眠りについてしまった。

 白くてぷっくりとした頬はうっすら桃色で、いかにも小さな子供というように見えた。


 ふと気付いたことがあり、都のワンピースの袖をまくり上げた。

 彼女の右肩には真っ赤な傷があった。

 ハート型のような傷跡は、いつ出来たのか周は知らなかった。


 ……そのとき、京の右肩には星型の傷跡があったことを思い出した。

更新予定日を記載することをやめようということになりました。

ですが私の中でははっきりと決まっておりますので、知りたい方はメッセージしてくださいませ。


~06/16 加筆、修正完了

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