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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第二章 突然の異変。
7/40

**2-3 娘のためならば。

 日本の首都、東京では、もうすっかり夏が訪れていた。

 半袖どころかノースリーブでアイスを食べている人がいるというのに、営業の仕事をするあまねは長袖ワイシャツ姿。手にはジャケットを持っている。


「クールビズという言葉、あの社長の脳内にはないのか……?」


 東京と言えどもやはり格差というものはあるらしく、周の友達はアロハシャツで出勤が認められている。

 そういった会社を知ってしまったので、初めて聞いたとき彼はさらにやる気が削がれた。

 普段はもっとゆっくりと歩いて回っているのだが、今日の彼は走っていた。

 なぜなら今日はみやこのお遊戯会があるからだ。

 歌を評価されてか、都は主役に抜擢ばってきされた。

 日々練習の様子を都からだけではなく幼稚園の先生からも聞いていたため、一生懸命に打ち込んでいることは知っている。


 だがしかし今日は予想以上に忙しい。

 大勢の大事な客に売り込みに行くため休むわけにはいかなかった。

 その仕事と娘が主役を演じるお遊戯会が同日だということを、ともに営業で回る部下に相談した。


「それは急いで仕事終わらせて娘さんの晴れ舞台を見に行くしかないでしょう!」

「でもあの客は会社にとって大事なお客だ。早く終わらせるなんて不可能だろう」

「大丈夫ですよ。俺も先輩を手伝いますから、任せてください!」


 それだったら……ということで、頼もしい部下を信じて急いで終わらせようと決めてから二日。

 周の隣には、その部下はいない。

 昨日は元気に出勤していたのに、この日に限って欠勤。高熱らしい。

 一人。でも昨夜都には、行けるよ、と話してしまった。


「都があんなに喜んでいたからな……」


 今さら行けなくなったなんて言えない。

 きっと都なら大丈夫だと言うだろうが、昨日の喜ぶ反応を見ると来て欲しい気持ちはあるはずだ。

 周は娘のために東京の真ん中を走り続けていた。


 その頃幼稚園では、お遊戯会前最後の準備や確認をしていた。

 都のクラスはオリジナルストーリーで劇をする。

 床につきそうなほど長い桃色のドレスを着た都は、七五三以来の口紅を塗られて話せなくなっていた。

 緊張のせいかと先生たちは心配したが、口紅が唇からはみ出してしまうのではないかと気にしている様子だった。

 都は緊張で全身が震えていた。周りには気付かれないようにしていたため、先生たちでさえ気付かなかったが。

 今日はパパが見に来る……そう思うとさらに緊張した。


「次は、うさぎ組の劇です!」


 先生のアナウンスが聞こえ、舞台の幕が開いた。

 たくさんの人がこちらを見て拍手している。このときうさぎ組全体の緊張感は最高潮に達していた。


「お馬さん、お馬さん。私の友達の牛さんはどこへ行ったの?」


 都のセリフで始まる劇。

 その内容はこうだ。

 都演じる少女“ミカちゃん”が、友達である牛を探してたくさんの動物に居場所を尋ね、さまざまなトラブルに巻き込まれながらも牛のいる湖へと辿り着き、再会を喜ぶというもの。

 先生が書いたストーリーだから、結局なにを伝えたいのかという深いことまでは考えられていない。

 そんなことは気にせず園児たちは一生懸命セリフを覚えた。

 ステージ前にはセリフが表示されていたが、あまり使わずとも完璧に覚えさせることがこのお遊戯会の目的らしい。


 このとき彼女は父が来ていないことに気が付いていなかった。

 スポットライトを浴びているので気付くはずがない。

 セリフを言うごとに周はどこにいるかと探していた。


 物語は終盤、迷子になって湖のある森へと迷い込んでしまった牛と再会を果たす場面。


「牛さん! また会えて良かった!」


 牛役ということで、牛柄の着ぐるみを身につけたクラスメイトに抱きつく。

 体を離し、ハイタッチをして喜ぶ演技をしているとき、身をかがめて会場に入って来る人の姿が目に入った。

 誰だろうと気になって良く見てみると、それは周だった。

 この瞬間、来ていなかったんだと気付いた。

 スーツ姿で汗だく……そんな父を見て、都はすぐに勘付いた。

 パパ、今日仕事忙しかったんだ、と。


 無事終演を迎え、たくさんの拍手とともに幕が下りた。

 先生は練習の成果が発揮出来たことを喜び、園児たちを褒めた。

 その先生の瞳には涙が浮かんでいた。


「先生、さようなら!」


 いつもの挨拶のあと、園児たちは一斉に教室を出た。

 出た先の廊下には大勢の親がいた。一緒に帰宅するためだ。

 都も周を探してきょろきょろと周りを見渡す。


「都、こっち!」


 聞き慣れた声が聞こえ、その声がした方向へと走って行った。

 笑顔で手を振る父に飛びつく。


「お疲れさま、素晴らしかった! 一人で歌うところ、周りの人たちも感動してたよ」


 頭を優しく撫でて、周は都をぎゅっと抱き締めた。

 都は思い切って尋ねることにした。


「パパ、最初から見てた?」

「うん? 見てたよ、すぐに仕事終わらせて来たからね」

「そうなんだ、ありがとう!」


 彼女は、周が初めから見てなどいなかったことは知っていたが、知らないふりをした。

 小さいながらも自分のためについた優しい嘘だとわかったからだった。

 大好きな父に褒められたこと、そして笑顔に出来たことがなによりも嬉しかった。

**次回更新……6/15、16くらいまでを予定。

        他に書かねばならないものがあるので、少し遅めになると思われます。


誤字報告、アドバイスなど、メッセージや感想欄にてお待ちしております。

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