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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第二章 突然の異変。
5/40

**2-1 記憶、そして異変。

 怖い怖い、 嫌だ——そう心の中では叫んでいるというのに、口から出るのは声にならない声ばかり。

 みやこは、泣いていた。

 泣き叫ぶのに構わず、トラックは彼女へと向かって迫り来ていた。

 都は、目をぎゅっとつぶった。


 都はびくっと体を震わせて目を覚ました。

 額にはひやりとした冷たい感触。濡れたタオルが乗せられていた。

 枕の横には憔悴しょうすいしきった顔をする父、あまねが座っていた。

 目を開ける都を見て、周は彼女をぎゅっと抱き締めた。


「良かった……! お医者さまに診てもらったけれど、“空腹のせいで失神したんだ”と言われるだけで……いきなり倒れたから驚いたよ。もう大丈夫?」

「うん、大丈夫……うん……」

「なら、なんで泣いているの?」


 都は周の言葉に驚いて目元を触った。

 すると手には生温かい液体が付着した。

 知らぬ間に彼女は涙を流していたらしい。


「悪い夢でも見た?」


 そう問われ、都は自分の中に残っている記憶を引っ張り出した。

 思わず首をかしげる。


「なんかね、トラックにぶつかっちゃった夢……ううん、記憶かな?」

「記憶?」

「上手く言えないけれど、夢って感覚ではなかった気がするの。実際経験したこと、って言うのかな」

「トラックとの、事故……?」


 普通だったら記憶が混乱しているくらいで済ませるだろうが、周は腕を組んで考え込んだ。


 なぜ彼がこんなにも真剣に考え込んでいるのか。

 それは、今は亡き彼の恋人、みやこがトラックとの事故によって命を落としているからだった。

 ただの夢ではなく、実体験かのような感覚。

 それには普通ではないなにかを感じ、知らぬ間に周の全身には鳥肌が立っていた。


「パパ? もう都は元気だよ?」


 自分のせいで父が悩んでいることを察したのか、都は心配そうに言った。

 娘に心配させてしまったことに気が付き、すぐに笑顔を見せた。


「ごめん、心配させちゃって。無事元気になったわけだし、明日、パパと一緒に昨日行きたいって言ってたお店行こうか!」


 やはり混乱しているのだろうか。

 そう思い、彼は都を喜ばせてあげようとした。

 彼女は跳んで喜ぶのかもしれない……そう思っていたのだが、その予想はあっさりと裏切られた。


「都が行きたいお店? どこのこと?」

「あの文房具屋さんの裏にある、“Bambi”っていうカフェ。前に行きたいと言っていたでしょう?」

「……なんでだろう、思い出せない」

「え? 思い出せない、ってどういうこと⁉︎」

「昨日のこととか、モザイクがかかってるみたいにぼやっとしてて、都には見えないの」


 自分でも自分の記憶が見えない理由がわからないのか、すごく不安そうな声を出した。

 “たまたま思い出せないだけかもしれないよ”、そう言って落ち着かせ、周は尋ねる。


「昨日の夕食、覚えてる?」


 都は思いきり首を横に振った。


「じゃあ昨日のケーキ、なにケーキだったか覚えてる?」


 都は再び首を横に振る。

 その後、昨日のこと、それ以前のことを聞いてみても、彼女は首を横に振るのみだった。

 首を横に振る回数が増えていくごとに、都の目には光る涙らしきものが増えていった。

 記憶を失っている自分自身に怯えているようだ。

 これ以上追い詰めてはいけないと思い、周は最後に二つだけ聞いた。


「パパと遊園地行ったのは覚えてる?」


 それに対しては、目を輝かせて首を縦に振った。


「幼稚園である、イベント覚えてる?」

「うん、お遊戯会! 都、先生に褒めてもらったことは覚えてるよ!」


 どうやら都は、周との思い出の一部や、幼稚園であったことは覚えているようだ。

 すべての記憶が失われたというわけではなく、限られた情報は残っているらしい。

 それを証明するように、彼女は自分の名前や周のことは明確に覚えていた。


 この娘の一部記憶喪失という奇妙な状況に、周はどうして良いかわからずにいた。

 ただの記憶喪失だとしたら……“ただの”記憶喪失なんてないのだが、それだけならばまだ良かったのだ。

 だが周にはもう一つ気掛かりなことがある。

 それは、目を覚ましたときに話していた事故の記憶。

 まるで京の記憶をそのまま話しているかのような、そんな恐ろしい記憶。

 突然起きた謎の記憶喪失と、都が知るはずのない他人の記憶……周は自分の娘に対してある種の恐怖を感じていた。

**次回更新……6/7ごろまでを予定。

 ~6/8追記。6/10ごろまでを予定。遅くなり申し訳ございません。


“Bambi”、どこかで聞いたことはございませんか?


~07/13 改稿完了

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