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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第一章 こうして二人は出逢った。
4/40

**1-3 娘の成長と“彼女”。

 帰宅してすぐに薬を飲ませると、みやこはみるみる元気になった。


「子供の回復力すごいな。……若いって良いな」


 そう言うあまねもまだ若いはずなのにそんなことをぼやいた。


 都は穏やかな寝息を立てている。

 周は看病のためにと言ってベッドの横にいたのだが、知らぬ間に彼も眠ってしまった。

 車の中で彼を襲った睡魔はどこかへ吹き飛ばしたはずだったのだが、暑さの残る十月夕方の気温は睡魔を呼び寄せやすい。

 いくら暑くても秋。

 開けっ放しの窓からは涼しい風が吹き込んでおり、眠る二人の頬を撫でてどこかへと去っていった。


 それから数日後のある日。

 日々営業マンとしてたくさんの家を訪ねる生活を送っている周は、その日だけで四つの契約を結んだ。

 元から仕事が好きで優秀な彼だが、それにしても良い数字である。

 それを聞いた周の上司は、煙草に火をつけつつ言った。


「なんだろう。最近、倉木くんが嬉しそうに見える」

「嬉しそう、ですか? それはどういうことです?」

「上手く言えないけれど、人生を精一杯楽しんでいる気がするんだ」

「人生を精一杯楽しむ……?」


 周は上司に対して問い返したが、実はそれは自分でも気が付いていた。

 なにも変わりなくつまらない人生の中に、一つの光が射した。“都”という名の光が。

 もちろん悩むことや困ることもあるが、それ以上に楽しいと感じることが多い。

 都が周に及ぼした影響はかなり大きいものだった。


 ……それから時は流れ、八月。

 都は五歳の誕生日を迎えた。

 都は、周が結んでやったツインテールを跳ねさせて喜んだ。

 彼女を育てると決めてから今まで、いろいろなことがあった。

 ケーキに刺さった五本のロウソクをにこにこ笑顔で吹き消す都をカメラに収めながら、周はこの五年間を振り返っていた。

 初めてのおすわり、初めてのつかまり立ち、初めての離乳食、初めての散歩、初めてのおしゃべり。初めて“パパ”と呼んだ日は今でも覚えている。

 我が娘の成長を目の当たりにするたび、周は自分が歳をとったこと、彼女が自分から離れていくのではないかという不安を感じていた。

 気が付けば、二十五歳だった彼も今年には三十歳を迎える。

 そして、生活が大きく変わった。都が今年度から幼稚園に入園したのである。

 もうすっかり背も伸び、幼稚園から帰るたびに早口でその日あったことを話すのが日課だ。


「都ね、今日、先生にお歌褒められたの! 今度のお遊戯会ゆうぎかい、パパ来られそう?」

「ううん、どうだろう。パパは最近お仕事が忙しいから厳しいかもしれないな……。でも、行けるように頑張るよ」


 五年前よりもわずかにだが出世した周は、相変わらず忙しい日々を過ごしていた。

 楽しみにしている都のために、予定を調整して行きたい……そう思っていたのだが、都は父が思っているよりもずっと大人だった。


「都のお遊戯会のせいでパパが大変なら、来なくても大丈夫だよ! パパは、お仕事頑張って! 都はお歌頑張るから!」


 周は五歳の娘にそんなことを言われ、だめな父親だなぁ、なんて苦笑した。

 この通り、都は天真爛漫てんしんらんまんな子供に育っていた。


 待ちに待った誕生日だと朝からはしゃいでいたせいか、都はソファーの上に疲れ果てた様子で寝てしまった。

 彼女の寝顔は、過去に見た寝顔とは比べものにならないくらい大人になっていた。

 これまでの辛かったことを思い出しているうちに周も眠くなった。

 彼は無理せず素直に自分の寝室へ行き、布団を被った。


 暖かい春の陽射しを肌に感じる。

 周の体を柔らかい光が包み込む。


「ここはどこだ……?」


 広い草原の真ん中に立つ彼の周りには誰もいなかった。ここはまったく見覚えがない場所だ。

 黄色と桃色の小さな花の中を、まっすぐ歩いて行く。

 少し歩いたところで、女性の歌声が聴こえてきた。綺麗な透き通った声だ。

 聴き覚えのない童謡が聴こえてくるほうへ引き寄せられるかのように近付いていった。


 五分程度歩き続けると、やっと声の主がいるところへと辿り着いた。

 そこには白いワンピースを着た女性が背を向けて立っていた。

 女性は周の存在に気が付いたのか、歌うのをやめて振り返る。

 彼女の顔を見た瞬間、周ははっと息を呑んだ。


みやこ……⁉︎」


 それは、今はもうこの世にはいない周の恋人、京だった。

 彼の娘である都の名前はこの女性に由来して付けられた名前だ。

 京は絶句する周を見てくすっと笑った。

 目尻を下げ、口角を上げる笑い方は京特有のものだった。

 彼女は笑うだけで、なにかを話そうとはしない。

 そんな京に手を伸ばし、周はその名を一生懸命呼んだ。


「京、京……! 待ってくれ、俺を一人にするな……」


 再びくすくすと笑い、京は童謡を歌い始めた。あの聴き覚えのない童謡だ。

 すると、彼女の体はゆっくりと色を失っていった。


「待ってくれ、待ってくれと言っているだろう……?」


 そんな彼の叫びもむなしく、京の姿はどこかへと消え去ってしまった……。


「起きて、パパ!」


 周が目を開くと、目の前には我が子の顔があった。心配そうな表情だ。

 久しぶりに京の夢を見た周の鼓動は、とても速かった。


「なんだか後味の悪い夢を見てしまったよ……」

「じゃあ都がぎゅーってしてあげるね!」

「ははは、ありがとう。都は優しいね」


 周の腹辺りに抱きつく都を見て、周は涙ぐんでいた。

 親になってからというもの、彼は涙もろくなっている。

 普段あまり娘の前で涙を見せない周は、思わず泣いてしまった。

 京の夢を見て、彼の心が大きく揺れ動いていたせいでもあるだろう。

 その涙が都の頭に零れ落ちたとき、都の全身に電流が流れたような感覚が走った。


「痛い!」


 そう叫び、都は周の腹に顔をうずめたまま意識を失った。

**次回更新……6/5までくらい予定。


~07/13 改稿完了

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