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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第六章 もう、わからない。
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**6-2 アイスが、そっと。

 キッチンから皿やコップと思われるガラスの音がしたのち、スリッパと床の擦れる音が近付いてくる。


「ココアと、昨日周あまねくんのご両親から届いたマドレーヌをどうぞ召し上がれ」

「わあ、美味しそう……」


 にっこり微笑んで“いただきます”と言う絢華あやかを見て、


「なんだか周くんにはもったいないくらい良い女性ねえ……」


 と中村さんはつぶやいた。

 どうやら周には聞こえていなかったようでなにも言わない。

 絢華もなにも言わなかったが、頬をわずかに紅く染めているところを見ると聞こえていたようだ。


「これ美味しかったです、ごちそうさまでした」


 彼女の微笑みに、微笑み返す中村さん。

 先ほどの緊張がほどけて安堵あんどしている様子の周。

 キッチンでコップに冷蔵庫にあったコーラを注ぐみやこは、そのリビング全体の雰囲気を見て、思わず笑ってしまった。

 “だってみんながいかにも幸せだって顔をしていたから”。


 時計をちらりと見て周は席を立ち、絢華を呼ぶ。


「では僕は彼女を家まで送っていきます。ほら、行こう」


 “はい”と小さな声で言って、彼女は立ち上がり、


「ありがとうございました。お邪魔しました」


 と、中村さんに向けて頭を下げた。

 そしてふいに都のほうへ歩み寄って、


「都ちゃん、一緒に話してくれてありがとう。お父さんに言えない悩みがあったら私に連絡してくれて良いからね」


 と耳元でささやいた。

 うなずき、手をぶんぶんと振り返す都にもそっと会釈えしゃくをして彼女は外へ出て行った。


 バタン——ドアの閉まる音はなんだか寂しい気持ちにさせた。


「……へえ、相談出来る人が増えたのは嬉しいことだね」

「うん! 絢華さん、それからも何度かうちに来て遊んでくれるんだよ」


 夏休み中、学校で行われるプール開放の日。

 学校に向かう道で都はなぎに会えなかった二週間くらいの期間で起きた出来事を話している。

 毎日庭で遊んだり公園で遊んでいるせいかずいぶん日に焼けた都とは対照的に、梛にはこの二週間でなんの変化も見られなかった。

 もしかしてずっと家にこもって宿題を進めていたのかも……そう考えたとき、まだ半分ほどしか終わっていない自分の宿題のことを思い出す。

 真相を確かめようと思い、尋ねてみる。


「梛は? どこか出掛けたりした?」

「まったくしてない。どこにも行けてない」


 突然うつむきがちになってしまい、都はなにか失言をしてしまったかと自分が発した言葉を脳内で繰り返す。

 だが特に思い当たる節はない。


「聞いちゃいけないことだった?」

「ああ、いや、そういうことではないんだけど。もしかしたら僕に弟か妹が出来るかもしれなくって」

「え⁉︎」

「まだ……安定期? じゃないから誰にも言うな、って言われたからこのことは秘密ね?」


 わかった、とだけ返事をしつつも、都はどこか上の空。

 彼女の口角はにやりという言葉が合うように上がっていた。


「そっかあ、弟か妹……そっかあ!」

「そんなに嬉しいことかな?」


 冷たい声で尋ねた梛は、喜ぶ都の姿を信じられないとでも言うかのような表情をしている。


「梛は? 嬉しくないの?」

「最近、“お兄ちゃんになるんだから”ってうるさくて。大事にしなきゃいけないからって近くのレストランにすら行かせてもらえないし」


 梛がこんな風に反抗的な言葉を発したことは今までに一度でもあっただろうか。

 普段見せない彼の姿に恐怖のようななにかを感じた。

 いつもの優しくて穏やかな、私の知っている梛じゃない、と。


 だが都はその理由がちょっぴりわかる気がした。


「もしかして梛、不安なの? 生活が変わることが」


 梛は少しだけ、大きな黒目を動かしただけでなにも言わず、沈黙が流れる。

 だがその沈黙は梛のため息によって破られた。


「そうなのかも、ね。本当にこのままじゃいけないとは思ってるんだけど……はあ、最近は前よりも自分に自信が持てない」


 梛お得意の、自己反省会タイムに突入してしまったようである。

 こういうときはなんと声をかけて良いやらわからず、都はいつもそっと頭を撫でるだけだ。


「また背伸びたね……」


 そんなどうでも良いつぶやきなんかでこの重い雰囲気を吹き飛ばせるわけがなかった。

 梛はそれに対しなんの反応も見せず、自らの靴をじっと見ていた。


 水が太陽に照らされて真っ白な光をいろいろな方向に放っているように見える。

 そんな水とともに光を浴びている小学生たちは日焼けのせいで肌が真っ赤だ。


「これが最後の測定です。本気で泳いでくださいね。一位になった人には……お楽しみに!」


 先生の言葉に沸く生徒たち。

 なんだろう、アイスかな……そう考えるだけでにんまりしてしまった都は、自分の頬を一度ぱしんと叩いて、ぎゅっと拳を握った。


 都の順番が回ってきた。今の時点での一位はりのだ。

 何度も深呼吸をして、ホイッスルの軽快な音を待つ。


 ピー!


 壁を力強く蹴って進み出す。

 テンポ良く水を掻いて、ぷはっと息継ぎをしてどんどん前へ行く。

 あともう少し、あともう少し……手が壁についた!

 足を下につけたとき、同時にスタートしたクラスメイトたち7人はまだ半分を過ぎたところあたりにいることに気が付いた。

 プールサイドに上がって、先生の結果発表を待つ。


 他の7人が泳ぎ終え、ついに発表の時を迎えた。


倉木くらき……18秒50! 暫定一位だ!」


 周りのみんなが“すごい”と褒め、ざわついた。

 特に習ってたわけでもないが、都は水泳が得意だった。りのも同様だ。

 自己ベストを更新出来たことが嬉しく、りのと手を取り合って喜んだ。


 結果、都より速い人は現れず、一位だった。

 水着から体操着に着替えてからまた先生の前に集まる。


「一位の倉木にはご褒美の、アイスだ!」

「良いなあ!」

「アイス食べたーい!」


 周りのいろいろな声の中、都はアイスを受け取った。

 それは二つに分けられるアイスだった。


 ばいばい、またね、夏休み中遊ぼうね……ざわざわとした中にそんな言葉が聞こえる。

 りのとほのは帰ったらすぐに祖父母の家に行くらしく、足早に帰っていった。


「お待たせ」

「ん!」


 男子にしては長めの髪を拭きながら、梛は男子更衣室から出て来た。

 彼にアイスの半分を渡す。


「どうしたの、これ?」

「今日タイム一位だったから先生からご褒美もらえたの! 半分どうぞ」

「すごいね、おめでとう。じゃあいただきます」


 二人ほぼ同時に包装を開けて、一口食べる。

 冷たいアイスが熱い体をすっとクールダウンさせてくれているような感覚。


「やっぱり夏のアイスは最高だね!」


 梛は都の言葉に頷いただけで、夢中でアイスを食べている。

 自然と嬉しそうな笑みがこぼれていて、都もつられたように笑顔になった。


 帰り道では自己反省会タイムに突入することもなく、楽しい会話が続いた。

 別れるとき、話し足りないとも感じたが、二人はそっとアイコンタクトを交わしただけで手を振って自分の家に入っていった。

 今年度初の投稿となってしまいました。

 また執筆活動を少しずつ再開しようかな、なんて考えております。


 誤字脱字、疑問点などありましたら、感想欄またはメッセージにてお願いいたします。

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