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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第六章 もう、わからない。
38/40

**6-1 彼女。

「ごめん、今日も夜食べてくるね」


 このごろあまねは、こう言って外で食べてくることが多くなった。

 いつもより少しお洒落しゃれな格好をして出て行く周はどこか嬉しそうで、みやこにはその理由がわからない。

 気になって中村なかむらさんに尋ねてみると、


「ふふふ……若いって良いわねえ」


 とだけ言ってはぐらかされる。

 なぜ教えてくれないのかと不思議だったが、“ふーん”とわかったように返事をした。

 中村さんの言葉の奥にこれ以上聞いてはいけないという意味が込められているような気がしたからだった。


 ある日、周が出かけたあと、都は中村さんと夕食をレストランで食べてくることにした。

 今日は中村さん“夫妻”と一緒である。

 中村さんの旦那は、彼女から“アキラさん”と呼ばれている。

 だが都は彼のことを“おじさん”と呼んでいた。


「おじさん、なに食べたいですか?」

「そうだね……久しぶりにトンカツなんて食べたいなあ」

「アキラさんはいつもトンカツ食べ過ぎて気持ち悪くなるんだから気を付けてくださいね?」


 はっはっは……とても愉快そうに笑うアキラにつられたように都も笑い出す。

 アキラがアクセルを踏み、車はトンカツを食べられる店に向かって発進した。


 可愛らしい豚のマスコットキャラクターが都たちを出迎える。

 案内された席には和柄の折り紙で作られた鶴やサイコロが。

 注文を終えて間もなく食事が運ばれて来て、その折り紙で遊んでいた都の前に小さな器が二つ置かれた。

 夫妻が都にと取り分けてくれたのだ。

 トンカツの“ジュワッ”という音と味噌汁の出汁の香り……まず聴覚と嗅覚で味わう。

 サクッ……一足先にトンカツにかぶりついたのはアキラだ。


「んん!」


 とだけ声をらし、米を勢い良くかき込む。

 口の中のものを飲み込んだとき、アキラは一瞬で苦しそうな顔に変わった。

 喉を押さえてむせる彼の背中をさする中村さんはあきれたように“なにやってるの”とつぶやきつつも笑顔を見せていた。


 はあ……ため息をついているアキラをよそに、都と中村さんもトンカツにかぶりつく。

 中から出てくる熱い肉汁に苦しめられつつもじっくり肉を噛み締める。


「ああ、本当に美味しい! つい無言で箸を口に運んじゃうわ」


 この間も都はなにも言わず食べ続けている。その瞳を輝かせて。


「どう、美味しい?」


 中村さんからの問いかけにもただ首を何度も縦に振るだけでなにも言わない。

 だが、たっぷりと笑顔をたたえたその表情から美味しいと感じていることは容易にわかった。

 余韻よいんに浸るように一口一口大切そうに食べる都を見て、“連れて来られて良かった”と、中村さんたちは心から思っていた。


 満腹になった都たちが帰宅すると、玄関の前には二人の男女の姿があった。

 あはは……楽しそうに話していたのは、周と綺麗な女性だ。

 都たちに気が付いた周はにこりと微笑み、それとは対照的に女性は緊張したような顔をする。


「ただいま」


 平然とした表情のままの周に、誰も”おかえり”と返さない。

 全員が彼の隣にいる女性に意識を向けていたからだ。

 周は女性を手で示し、そのとき初めてわずかに緊張した様子を見せた。


「この間の同窓会で再会した、田端たばた 絢華あやかさん。……今、お付き合いさせていただいてます」

「初めまして」


 “お付き合いしている”ことを言いきった周はどこかすっきりしたような表情をしていた。

 深々と頭を下げた絢華は、あの同窓会の日とは違い、ワインレッド色の膝丈のワンピースに白いカーディガンという清楚でややフォーマルな服装をしている。


「今日は中村さんたちに紹介しておきたかっただけなんです。彼女を駅まで送って行きますね」


 ぺこりと頭を下げて駅の方向へ足を向けた彼らに、中村さんは慌てて声をかけた。


「なに言ってるの、うちに寄って行きなさいよ!」

「いやそこは俺の家ですけど……」


 的確な突っ込みを入れる周を無視して中村さんは彼女の手を引いて家の中へと招き入れた。


 周用にと購入してあったエプロンを着けた中村さんは、絢華に尋ねる。


「ココアはお好きですか?」

「は、はい」


 彼女は嵐のようにキッチンへと戻ってココアや菓子の用意を始めた中村さんに目を丸くしている。

 リビングの端のほうで小さくなっている彼女はなんだかとても可哀想に見えて、都は絢華の隣にそっと座った。

 少し驚いたように都のほうをちらりと見てすぐに優しく微笑む。


「あなたが都ちゃん?」


 こくんと頷き、じっと絢華の瞳を見つめる。

 “どうしたの?”という感情は読み取れるが、都はなにも答えない。

 なぜなら彼女が自分の父である周にとってどういう存在であるのか、自分は彼女に対しどういう態度を取るべき関係なのか、それらがわかっているから。

 “近所のお姉さん”? “学校の先生”? それとも“母親に似た女性”? ……自分にとって絢華はどれでもないような気がした。


「急にこうやって会ってもどうしたら良いかわからないよね。私も小さいころ同じような経験をしたことがあるからその気持ちはわかるよ」


 それってどんな経験?

 都がそう尋ねる前に絢華は真っ直ぐ前を見て言葉を続けた。


「私はお父さんと血が繋がってないの。小学三年生のときに“お父さん”が新しくなって……でもその人を“お父さん”として見られなかった」

「ええと……どういうこと?」

「この人はお父さんじゃない、他人なんだ、って思って、壁を作ってしまったの。時には酷い態度を取ってしまったこともある。でもそれは仕方がないことだと思う」


 真剣な眼差しのまま、視線を都と合わせる。

 その瞳はきらりと輝いているように見えてどきりとした。


「“本当の親子”の関係を後から作り上げることは出来ないから。ただ、私のことは“ただの他人”じゃなくて“歳上の友達”くらいに思って気軽に話して欲しいな」


 その微笑みにはどうしても悪い感情の影は見えなくて。

 初めて会った歳上の女性だと言うのに、都は屈託のない笑顔を見せてこう言った。


「うん!」


 そのとき絢華は緊張の糸がほどけたように顔をくしゃりとさせて笑った。


 都の頬を優しく包んだその手は、緊張のせいかやけにひんやりと冷たかった。

 受験が終わりましてひさしぶりの更新となります。

 応援してくださったり、待ってくださっていた皆様、ありがとうございました。


 誤字脱字、疑問点などありましたら、感想欄またはメッセージにてお願いいたします。

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