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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第五章 恋ってなんだろう。
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**5-9 抱き続けた恋心。

 コトン……目の前には青色のグラスと赤色のグラス。

 絢華あやかのラズベリーカクテルとあまねのブルーカクテルだった。

 ラズベリーの酸味を感じる香りと、ブルーキュラソーなる液体の澄んだ青色。


 その爽やかな香りと色に反し、周と絢華の体は熱を帯びていた。

 彼女の瞳に引き込まれそうになっている自分に気が付き、周は手を彼女の手から引き抜いて自分の膝の上に置いた。

 なにも言わずにグラスを手に取り、カクテルを一口含んだ。

 ……グラスの冷たさは彼の熱を落ち着かせてくれた。


「……私、お手洗い行って来ますね」


 彼女は周に手を離されてがっかりしたような声を出して席を立ってしまった。

 ヒールの音が遠ざかっていくとともに、周の理性は引き戻されて来た。


 久しぶりに感じた女性特有の匂い、感触、声……どきっとしつつも、彼はミヤコとの記憶を遡っていた。

 その匂いや感触などに引っ張られるように今までよりも鮮明に蘇る思い出。

 絢華が隣にいるというのに違う女性のことを考えるなんてひどいことだ、そう周自身も思うが、やはり彼の中で京は女性の中で一番の存在だった。

 彼女を超える女性ひとが現れることはないのだろう、そのことを改めて知らされたような気持ちだった。


 半分ほど減ったブルーカクテルと、まったく口が付けられていないラズベリーカクテルは隣に並んでいる。

 席に戻って来た絢華は、光のない瞳のままどこかをじっと見つめていた。

 そんな物憂げな横顔もまた美しく、はかない。

 絢華は突然動いたかと思うと、グラスを手に取ってぐいっとカクテルを口に流した。

 ごくっごくっ……のどがすごい勢いで動いている。

 気が付けば彼女の瞳は光を取り戻していた。


「そんなに勢い良く飲んだら危ない……」


 慌ててグラスを絢華の手から取り上げようとする周を、彼女はちらりと横目で見た。

 頬がほんのりと赤みを帯びてきた。酔ってきたようだ。

 周に取られる前にグラスをテーブルに置き、前髪をくしゃくしゃといじってため息をつく。


「今日はいけるかなあなんて思ってたんだけど……私には無理なのかな?」

「なにが?」

「……倉木くんの眼中に入ることは、無理なのかな?」


 じわり……彼女の目には光る涙の粒が。

 細い指の腹で涙を拭うと、感情を隠すように自分の腕の中に顔をうずめた。


「私、あなたのことがあの日からずっと好きだったの。でもあなたには完璧な彼女さんがいるって聞いて諦めて……それなのに今日は彼女いないって聞いたじゃない」


 きっと周が友人と“結婚していて羨ましい”なんて話をしていたときに近くにいたのだろう。


「ちょっと期待していつ話しかけようかとタイミング見計らってたら“彼女さんが”って話を聞いて……本当に不謹慎ふきんしんだけど、チャンスなんじゃないかって思った」


 チャンスだなんて思ったことを心から反省しているのがその声ににじみ出ていた。

 限りなく泣きそうな声になって、小さくぽそりとつぶやくように言った。


「私、チャンスだなんて考えて近付いて、みんなが思ってるよりも最低な人間。だからこんな私は倉木くんの眼中に入れるわけない。わかってる。わかってるんだけど……」


 ひっく……彼女の押し殺した泣き声が聞こえる。

 その押し殺された声は余計に周の心に響き、その残響ざんきょうは長く、長く、続いた。


 つい。本当に“つい”動いてしまった。


「そんなに卑下ひげしないで。あなたは……美しい人だと思うから」


 周は自分が着ていた薄手のデニムジャケットを彼女の肩にかけてあげた。


「今は思う存分泣いて。その代わりこれからは無駄な涙を流さないで。良い?」


 さらに溢れ出してきた涙が彼女の腕を濡らす。

 押し殺しきれなかった泣き声が彼女の口かられ出す。

 ひっくひっくという泣き声に合わせて動く背中を優しく撫でる。

 こくんと頷き、小さな声で“ありがとう”とつぶやいた。


 それから三十分くらい経ったころ、絢華はやっと泣き止んだ。

 少しずつ飲んでいたカクテルはもうグラスの中に少ししか残っていない。


「本当にありがとうございます。ごめんね、ちゃんと話したこともなかったのに……」

「まだお礼とかごめんっていう言葉はいらないよ。気にしないで欲しいな」


 なんだか一生懸命謝る絢華が可愛く見えた。

 ただそれは恋人に対するそれとは違い、妹や娘に対するそれと似ていた。

 思わずなにも考えずに彼女の頭に手を伸ばし、そっと頭を撫でた。

 嬉しそうな顔をして周に撫でられたところを触り、笑顔を周に向けた。


「……もう。また好きになっちゃうよ」

「あっごめ……」

「大丈夫、わかってるから謝らないで」


 にっこりとした可愛らしい笑顔の裏に、哀しさや孤独さが見えた気がした。

 絢華に対してなにか声をかけようとした周より先に、彼女が話し始めた。


「今倉木くんは一人暮らしなの?」

「ええと……小学五年生の娘と、二人暮らししてる」


 驚いた顔を見せる絢華に、彼は慌ててこう言った。


「いや、違うんだ。血の繋がった子ではないんだ」

「なんでそんな……」

「まあいろいろと、ね」


 “いろいろ”とごまかしたのには特に明確な意味があったわけではないのだが、周は無意識的にみやこと出会ったきっかけを隠してしまった。

 その様子に気が付いたのか、絢華もきっかけについてさらに問い詰めることはしなかった。


「じゃあ今は娘さんを一人で育ててるってこと?」

「うん」

「……ねえ。私、娘さんに会ってみたいな。小さい子好きだし。だめかな?」

「だめではない、けど……」


 絢華の積極的な姿勢に押されていた。

 “お願い”と両手を合わせる絢華の瞳に負け、周は頷いた。


「わかった」

「ありがとう。じゃあそちらの予定が大丈夫なときにでも連絡して? ご飯でも作るし」


 そう言って周は絢華と連絡先を交換した。

 絢華の“家に行きたい”という願いは純粋に都に会いたいからだと思ったし、大学生のときに彼女が小さい子供に優しく接しているのを見たことがある。

 都にだって女性にしか言えない悩みもあるだろうと思い、悪いことではないと思った。


 カクテルを同時に飲み干すと、すぐに店を出た。

 支払いは周が絢華のぶんまで払った。

 もちろん絢華だってなかなか引かなかったが、そこは周が押し切った。


 家に帰る電車内で、周は思わずまどろんでしまった。

 そのとき見た夢は絢華と周が都を挟んで三人で手を繋ぎ、楽しそうに話しながら公園を歩いている……という幸せな夢だった。

 誤字脱字、疑問点などありましたら、感想欄またはメッセージにてお願いいたします。

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