**5-7 同窓会での再会。
夏休みに入り、本格的な夏の暑さがやって来た。
ジージー……という蝉の声に紛れてポストの音が聞こえた。
バイクの音が遠ざかって行く。
周はサンダルを引っかけて外に出て、ポストを覗いた。
「……同窓会?」
三つ折りになったパンフレットをじっと見ながら靴を放る。
一足ずつばらばらになってしまったサンダルを横目でちらり……だが見て見ぬふりをして空調の効いたリビングに戻った。
リビングには、先ほどまで隣の部屋で宿題に取り組んでいた都がいた。
扇風機の風を顔に当てながら周の持つパンフレットに視線を注ぐ。
「なにそのパンフレット?」
「ああ、これ? ……大学の同窓会について」
「どうそうかい、ってなに?」
「ううーん、大学の同級生が卒業した後に集まる会のこと。大人になってから会ってない人がほとんどだから、今どうしてるのかとか話すんだよ」
「わあ楽しそう! お父さんは行くの?」
周は“行く”とは言わなかった。
同窓会の予定として書かれているのは。
……都の誕生日であった。
「行かない。だってこの日は都の誕生日だからね」
都は喜ぶのではなく、落ち込むような表情を見せた。
周の目をじっと見てこう言った。
「お父さん、同窓会行きたいでしょ? 良いよ、私のことは気にしないで行ってきて?」
「いやお父さんにとっては都の誕生日がなにより大切だから……」
「私のパーティはまた後でやってくれれば良いの。私のせいでお父さんが同窓会行けなくなっちゃうのは悪いから」
彼女が周の言葉を遮ってまで同窓会に行って良いんだよと言う理由がやっとわかった。
彼女は自分のせいで周が楽しい同窓会に行けなくなってしまう……そう考えていたからなのだと。
「本当に優先したいと思ってるんだけど……ありがとう、じゃあ行って来て良い?」
「うん! 楽しんで来て!」
周は同窓会に行くことに決めた。
きっと誕生日を優先したいんだと本心を話しても、自分のせいで行けなかったのかと思ってしまうような都だ。
後でさらに豪華なバースデーパーティを用意してやろう。
周はそう計画を立てていた。
夏休みが始まってからおよそ十日後、周は都内の居酒屋にいた。
周りには綺麗な格好をして集まった大学の同級生たち。
「久しぶり。もう俺らもすっかりおじさんだなあ」
「あはは。お前、学生時代は体重が増えないとか言ってたのにな?」
「今は体重が減らないが口癖だよ」
周の首に腕をかけてがははと豪快に笑うのは、周の灰皿に“くらきのもの”と書いた友人だ。
卒業から十四年経って、いつの間にか三十六歳を迎えた同級生たちはやはりずいぶん変わった。
声も性格も基本的にはあのころのまま。
なのに見た目だけが変わった同級生を見るとなんだか不思議な気持ちになった。
女の子の泣きじゃくる声が突然聞こえて思わずみんながその泣き声のほうを見た。
「ちょっとこの子が泣いちゃったから出るね」
「じゃあ俺も一緒に出る」
三年前に彼女は子供を産んだと年賀状で聞いてはいたが……実際に見るとまた違った気持ちが湧き上がってくる。
さらに彼女は周の親友だった大学の同級生と結婚したというのだから驚きだ。
「あいつらが結婚ねえ……大学のころは言い合いしてるくらい仲悪かったイメージなんだけど」
「仕事でたまたま再会して、思い出話してるうちに結婚までいったらしいぞ。羨ましい」
「恨めしいの間違いだろ?」
友人はやはり結婚していないようで、嫉妬丸出しな目をしてそう教えてくれた。
その後も何度も子供の声は聞こえた。
結婚して親になった同級生は多く、子供の顔からは親の面影が見て取れる。
みんな、子供の話をするときは本当に幸せそうな表情をしていた。
周が赤ワインを口に含んだとき、とある一人の同級生が彼に尋ねた。
「周くんは? 京さんと結婚したの?」
……場が凍りついた。
京とは彼女が客として良く訪れる周のバイト先のカフェで出会った。
だから今この場にいる者たちは周から聞く自慢話以外の京の情報は知らなかった。
周が京を亡くしたというのは誰かから同級生全体に伝わったらしいのだが、その質問を投げかけた彼女は聞いていなかったようだ。
「ちょっとやめなよ、京さんは……」
「気遣わないで。京は十三年前に事故で命を落としたんだ」
慌てて彼女を止めようとする同級生を遮り、自らその話をした。
口を押さえて“どうしよう”という顔をした彼女のことを思い、こう言った。
「酔ったかも。トイレ行って顔洗ってくるわ」
バタン。ドアの閉まる音が周の中で静かに響いた。
「気を遣わせてたんだな、俺って……」
冷たい水を手に溜めて、顔を洗う。
バシャバシャと何度もその動きを繰り返し、鏡に向かって微笑んでみた。
どうも上手く笑えない、引きつっている。
こんな顔で戻ってもまた気を遣わせてしまうだけだ……そう思った周は、トイレを出ると店の出口へと体の向きを変えた。
そのとき、出口に向かって歩き出そうとした周を、誰かの声が引き止めた。
「帰るの?」
後ろに立っていたのは大学で一番美人だと騒がれていた女性だった。
周との接点はあまりなく、まともに話したことは一度もない……はずだ。
「ええと……」
「ああ、覚えてないよね! 教育学部の田端 絢華です」
絢華はにこっと笑った。
先ほどまでみんなと楽しそうに話していた気がするのだが……なぜ彼女は周を引き止めたのだろうか?
「なんで抜けて来たんですか?」
「なんでって言われても……倉木くんとまた話したかったからかな」
「また?」
「倉木くんはたぶん覚えてないと思う。……ねえ、帰るの?」
少し寂しそうな“帰るの?”という問いに、頷いた。
「子供をお隣の家に預けて来てるし」
彼女は驚いたような表情をした。
そう言えばタイミングが見当たらず、都がいることを誰にも話していなかった。
こほん、と軽く咳をして、絢華は周の袖をきゅっと掴んだ。
「大学生のときのお礼もしたいし、お子さんの話も聞きたいし……一緒に抜けてバーにでも行かない……? 良く行くお店がこの近くにあるんだけど……」
周はごくっと唾を飲み込んでゆっくりと首を縦に振った。
その感覚は彼女の潤んだ瞳に吸い込まれるようだった。
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