**5-5 救いの手。
「実は私ね、六年生の人が好きなんだ……」
「えー! 先輩じゃん!」
若干頬を赤らめた女子たちみんなが部屋の隅で集まっている。
きゃっきゃっと話しているのは“恋バナ”だった。
都はそういう類の話をするのはあまり好きではなかったが、恋バナが好きな女子たちはすぐにその話に食いついた。
彼女も周りと同じように食いついた“ふり”をしていた。
クラス全員の噂を知っていると言われている女子が、いかにも興味津々《きょうみしんしん》といった顔で都に近寄って来た。
「都ちゃんって、本当に梛くんと付き合ってるの?」
「それ私も気になる!」
私も、私も……都を女子たちが取り囲む。
一気に視線を集められ、彼女は思わずたじろいで後ずさった。
言いづらそうに小さな声でぽそりと言う。
「……うん」
顔を紅潮させた女子たちが目を見合わせ、わっと騒ぎだした。
“きゃー”と言って顔を両手で覆ったり、なにも言わずに気まずそうにうつむいたり……それぞれの特徴を良く表すような反応をしている。
中でもそういう話題に特に興味がある三人がさらに都に近寄った。
都は壁に背を付けている状態で、三人に追い詰められた形である。
「いつから?」
「どうやって付き合うっていう流れになったの?」
「二人きりでどこか行ったりした?」
矢継ぎ早に投げかけられる質問に責め立てられ、彼女はサヤカのほうに走って行って抱きついた。
サヤカはというと、都の告白を聞いても特に反応を示さず、ただ真っ直ぐにやり取りを見つめていた。
実は彼女は以前から都と梛の関係に気が付いていた。
ぎゅっと抱きついている都の背中をぽんぽんと叩いて、呆れたように三人に言った。
「もう、都を困らせないでよ?」
「でも……気になるんだもん」
「梛くんも可哀想でしょ?」
「……わかった、やめる」
そこにいた女子たちが“梛くんに弱いよね”とどっと笑った。
なぜ彼女がすぐに質問をやめたのか? その理由は単純である。
“彼女は梛が可愛いと言って彼のことを好いているから”だ。
好きだと言っても恋愛感情というよりも子供に抱くような感情に近い。
穏やかな性格で常に笑っている梛は、女子からも“他の男子と違う”と評判だ。
その比較的女っぽい顔立ちを本人は嫌っているが……こんなところで無意識とはいえ都を守れたのだから結果オーライと言ったところであろう。
「梛くんなら都ちゃんと仲良いし、二人とも精神年齢が大人だから喧嘩しない気がする。二人のこと、応援してる!」
「……とか言って、本当は梛くんのことを応援してるでしょう?」
サヤカの鋭い指摘に、またみんながどっと笑った。
恋バナをしているうちに外はずいぶんと暗くなった。
帰るとき、玄関でみんなが都に微笑みかけた。
「私も二人のこと、応援してるよ」
「うん、私も! なにか悩むことあったらすぐに相談してくれて良いからね!」
応援してくれる仲間たちに、彼女も微笑み返した。
「ありがとう。自然な関係を続けられるように頑張るね」
サヤカの母も都に駆け寄って紙の束を渡した。
「簡単なレシピを探して印刷しておいたの。良ければ作ってみてね」
「わあ、ありがとうございます! お父さんもきっと喜びます」
都はたくさんの仲間とサヤカの母に手を振ってから家に帰った。
少し汗ばんでいる都は、家に帰る道で紙の束を抱えて嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
家の前で都は立ち止まった。
インターホンの下あたりでフードを被った人が膝を抱えて座っていたからだった。
暗闇のせいで顔は良く見えない。
逃げよう……そう思って足を動かすよりも先に、その人が顔を上げた。
「ごめん、こんな時間なのに……」
それは少し目を赤くした梛だった。
思わぬ梛の登場に驚きつつも、彼に手を差し出してこう尋ねた。
「どうしたの? 私の家で待っていても良かったのに」
「あはは、こんな目でお父さんに会えないよ」
彼は少し照れくさそうに笑った。
だがすぐに真剣な顔に変わった。
「……あのね、今日の放課後、拓也くんに“からかうのはもうやめて”って言ったんだ。でもやめてはくれなかった。ごめんね、都に守ってもらうばっかりで……」
「なに言ってるの⁉︎ 守るとか守ってもらうじゃないでしょ? 私たちは一緒に力合わせて戦ってるの」
自分の不甲斐なさに押し潰されそうになっていた梛にとって、都の言葉は救いの手そのものだった。
まるで彼を叱るように厳しい口調で発せられた言葉には都の優しさが溢れていた。
「梛がそんなにも背負っていたなんて知らなかった。気付いてあげなかった私も、相談してくれなかった梛も悪い。だから今回のことは忘れよう? 良い?」
「うん……ありがとう……」
梛がこのとき、暗闇に紛れて頬を伝った涙を拭ったことは都には秘密——
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