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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第五章 恋ってなんだろう。
32/40

**5-4 梛の抵抗。

 からかいが始まったあの日からおよそ一ヶ月後の七月下旬。

 みやこは“放っておけばからかいなんてなくなるでしょ”と言ったものの、彼女の予想以上に長くからかいは続いた。


 この日は終業式。

 明日から夏休みだからか、クラス全体が浮かれている。


「では、前の席から順番に、夏休みの予定を言ってください」


 “やだー”なんていう声も聞こえるが、先生はそれに構わず進めていった。

 こういうときの先生は強いもので、普段優しい笑みを浮かべている人でさえきりっとした表情になるのだった。


「次、倉木くらきさん」

「はい」


 都の順番が回ってきた。

 彼女ははっきりと返事をして起立する。


「私の夏休みの予定は幼馴染おさななじみのみんなと遊園地に行くことです」


 ……男子がざわざわと騒ぎ始めた。

 何事かと思ったが、彼女は“幼馴染ってもちろんなぎも一緒だよな”というからかいの声を聞き取った。

 まだそんなことを言われているのかとあきれ半分、なにも言わずに着席した。

 ただ彼女はささやかな抵抗として、席を引くとき作為的さくいてきにいつもより少し大きな音を立てた。

 だがそんな抵抗に気付いてからかいをやめる者は誰一人としていなかった。


「なんで突然騒ぐの? 静かにしなさい」


 先生の注意する声が長い時間教室に響いていた。


 大量の夏休みの宿題プリントや成績表を抱えた生徒たちは、みんなそれぞれいろいろな表情のまま下校の準備をしていた。

 単純に翌日からの夏休みに夢をふくらませる生徒、宿題の多さに絶望する生徒……さらには成績表を親に見せるのを怖がって帰りたがらない生徒までいる。


島田しまだ早くしろよ。早く帰ろうぜ」

「なあ拓也たくや、今日公園でサッカーしようよ」


 そんな中このクラスで一番大きなグループのリーダーである拓也は、友人たちを引き連れて帰ろうとしているところだった。

 ……そんな彼の背後ににびくびくと縮こまった梛は立っていた。


「ちょっと待って!」


 突然引き止められた拓也は不満げに“あん?”と言わんばかりの顔で振り返った。

 そんな拓也と同じように、彼の仲間たちも一斉いっせいに梛に視線を集中させる。

 多くの視線を浴びたせいかなお小さく見える梛は、拳をぎゅっと握りしめた。


「お願いだから、もう僕と都のことをからかうのはやめて! せめて。せめて……都には迷惑をかけないであげて!」


 叫んだ梛のほうを、教室に残っていた数人が見た。

 だがその後は不思議なほど静かになった。

 くすくす……そう笑ったのは拓也だ。


「ははは、お前は彼女を守る正義のヒーローなんだな」

「じゃあもうからかいは……」

「さあね、あははは……」


 とだけ言って、拓也は大勢の仲間たちとともに帰っていった。

 その後も廊下に不気味に響く彼の笑い声と、皮肉っぽく笑って梛の顔を覗き込んだ彼の表情が梛の耳と目をしばし支配していた。

 都と違ってからかいを止めることが出来ない自分に嫌気がさした。


 この日、都はクラスメイトのバースデーパーティに招待されていた。

 一人で家に向かって歩く梛が一生懸命涙をこらえているとは知らずに友達と楽しく会話していた。

 誕生日を迎えたのは都がこのごろ良く遊ぶようになった女の子、サヤカだ。

 元から話さなかったわけではないが、特別合う話がなかったため放課後遊ぶということはなかった。

 だがつい先日の話……都は、サヤカが自分の好きなキャラクターのグッズを持っていることに気付いた。

 それは“すべての電化製品が人間と同じ言葉を話したら?”という設定のなんともマニアックなキャラクターで、一部の人々にのみそのゆるさが愛らしいと言われている。


「あっ“レンジちゃん”のハンカチ⁉︎ サヤカってこのキャラクター好きなの?」

「好きだよ。ほら、“れいゾウくん”の消しゴム。あと“テレビック先生”のバッヂ」

「私も持ってるよ、ぬいぐるみとかたくさん!」

「私はぬいぐるみあんまり買えてないんだけど……今度お家に見に行っても良いかな⁉︎」


 こんな会話がきっかけだった。

 初めは互いのグッズを見せ合うだけだったが、しばらく家で遊んでいるうちにキャラクターのことは関係なく公園などでも遊ぶようになった。

 サヤカと仲良くなったのがきっかけとなって、それまであまり話したことのなかった人とも友達になることが出来た。

 友達の輪を広げるのが大好きな都は最近、学校に行くのがとても楽しみになった。


 このバースデーパーティもその新しい友達が多く、りのやほのはいない。


「ハッピーバースデートゥユー! ハッピーバースデーディアサヤカちゃん!」

「みんなありがとう!」


 友達の大合唱にサヤカは今まで見たことのないくらい良い笑顔を見せた。

 彼女の母が大きな皿を持って来る。


「はい、サヤカが好きなチーズケーキ焼いたよ」

「わあ美味しそう! みんなも食べて! これ美味しいんだよ」


 それぞれが湯気を立てて良い匂いを周りに漂わせているケーキを小皿に取り分けた。


「せーの……いただきます!」


 パーティにいる十数人が声を合わせて言った。

 ぱくっ。一口食べただけで都は目を見開いて嬉しそうな顔をする。


「すごく美味しい! 焼き立てだから中がプリンみたいにふわふわ!」

「美味しいって言ってもらえて良かったわあ」

「あの、これってどうやって作ってるんですか? 私もお父さんに作ってあげたくて……」


 みんなが食べる前から緊張からかそわそわしていた様子だったサヤカの母がほっと胸を撫で下ろした。

 そんな彼女にチーズケーキの作り方を尋ねたのは都だった。


「以前テレビで紹介されていたんだけど……思ったよりも簡単なんだよ」


 そう言って彼女はキッチンから一枚の紙を取って来た。


「これが私のメモも入ってるレシピ。この通りに作れば美味しいのが作れるよ」

「もらって良いんですか⁉︎ ありがとうございます!」

「都、今度チーズケーキ作ったら私にもちょうだいね」

「あなたが作れば良いじゃないのよ!」


 “やだー”と言ったサヤカを囲み、友達はみんな笑った。

 都は“こまめにレンジを開けてチェック!”などとメモしてあるレシピをバッグにしまって、また友達の輪に戻った。

 誤字脱字、疑問点などありましたら、感想欄またはメッセージにてお願いいたします。

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