**5-2 罪悪感。
突然告白してしまった自分に、都は驚いていた。
どうしよう……告白をどうにかごまかそうと口を開いた瞬間、梛が声を発した。
そのとき梛の頬が真っ赤に染まっていることに気が付いた。
「ぼ、僕も……好き……」
理解が追いつかなかった。
“え?”とだけ言った都に正面から向き合い、もう一度言葉を繰り返した。
「ぼ、僕も! 好き! だから……」
「あ、ありがと……?」
「ん」
なぜか口から滑り出たありがとうという言葉に都本人でさえ戸惑った。
二人ともうつむいていたのだが、タイミングを合わせたかのように顔を上げた。
真っ直ぐ前から互いの瞳を見合って気付いた。
自分たちの瞳の奥に眠る不思議な光に。
「梛はりのと付き合ってたんじゃないの……?」
都は覚悟を決めて尋ねたというのに、梛は間抜けな顔を見せた。
両手をぶんぶんと振って、違う違うと繰り返す。
「この間、私とほのが当番だったとき、二人がすごく良い雰囲気になってたのは?」
「え? ……ああ、あのときはね、りのに教えられたの。“僕は都のことが好きなんだ”ってことを」
「勘違いしてただけ……か……」
“都のことが好き”と言った梛本人が一番照れたような表情をした。
その赤い顔につられてなぜだか都も恥ずかしさを感じ、また二人の間に気まずい、なんとも言えぬ空気が流れた。
体が熱い。というより、瞳の奥が熱っぽい。
その熱をどこかへ放す術を知らない二人の小さな体には、熱がこもったままだった。
互いに尋ねたいことはたくさんあったのだが、それを切り出せないまま梛の家に辿り着いてしまった。
「じゃあ、ばいばい。またね」
「また明日! ばいばい」
いつもと違って手を小さく振るだけで別れた。
今までとは違った関係となった二人は、どのように接して良いかわからなかった。
梛の家から少し離れた家まで、周と都は歩く。
周が持っていた空の弁当箱を都が奪うように取った。
少し面倒そうに持っていた周に気が付き、都は代わったのだった。
本当にいろいろなことに気が付ける良い子だな……周は感心した。
ただそれと同時に、周もまた都の様子を窺っていた。
「お弁当美味しかった?」
「うん、どれも美味しくて食べすぎちゃった。ほら見てお腹ぱんぱん」
「あはは、本当だ」
服の上から手で腹を押さえ、ぽんぽんと叩いてみせる。
その腹からは打楽器のような良い音がした。
笑って話す周だったが、都が自ら言い出さないことを確かめてから話を切り出した。
「……梛くんとなにかあった?」
その言葉に、都は異常なほど反応した。
初めは隠そうとしたのか“違う”と言ったがしどろもどろな返事しか出来なかったためか、諦めたように大きく息をついて話し出した。
「ちょっと恥ずかしいから隠そうと思ってたんだけど……うん。……お互い好きだねってことになった」
「そうなんだ。なんで両想いだってわかったのにそんなに……悲しそうな顔をしているの? 話してみてくれないかな」
都はそっと周の目を見て、なにも言わずに彼の大きな手を握った。
小学五年生になった今でもまだ小さな都の手は温かかった。
周の言う通り、都はうつむいて泣きそうな表情をしていた。
梛と両想いになったことに関して、なにか引っかかっていることがあるのだろう、そう思って周は優しく問いかけたのだった。
彼女は自分の唇を指先でなぞりながら話し始めた。
ちなみに、この仕草は都の癖であった。
「りのはけっこう前から梛のこと好きだったし、恋愛相談にも乗ってあげてた。それで、“りのの恋を応援するよ”って言っちゃったの」
「奪っちゃった、って思ってたりする?」
都はただこくんと頷いた。
そんな彼女を笑い、周は頭をぽんぽんと撫でた。
「笑い事じゃないよ……どうやって謝ったら良いのかわからない」
「もし都が梛くんのことを好きにならなかったとしても、りのちゃんは梛くんと両想いになれていたと思う?」
「それはりのが好きなんだからなれていたんじゃないかな」
「本当に、そうかな? 良く考えてみて、梛くんの気持ち」
初めから答えを教えることはせず、都自身に考えさせる——これが周の教育方針と言っても過言ではなかった。
周はなにを言いたいのか、なにを気付かせたいのか。
都はりのと梛、二つの立場になって考えてみた。
はっと気が付いた様子を見せた彼女を、周は優しい眼差しで見ていた。
「そうか、私、梛の気持ちを考えずに勝手に悩んでたんだ……」
「大正解。梛くんは誰でも良いわけではなくて、“都が良い”と思ったんだよ。だから都のせいでりのちゃんが悲しい思いをすることになるわけじゃないんだ」
「……そうだね、今度りのにははっきり言おう。ごめんってはっきり謝る!」
「それで良いんだよ。堂々と、ね? ちゃんと都の気持ちを話せば、りのちゃんは怒るような子じゃないと思うよ」
下ばかり向いていた都だったが、周の言葉によって顔を上げていた。
その表情は罪悪感に満ちたそれではなく、吹っ切れたような、どこか清々《すがすが》しさを感じたようになっていた。
小さなころからも歩けるようになったり、話せるようになったりする度に感じていたことではあったが、改めて大人になっていくのを感じた。
この翌日。都はりのに正直な自分の気持ちを話した。
初めはショックを受けた様子であったが、最終的には二人の恋を応援してくれたのだった。
家に帰って早々、都は周に報告した。
「りのが“応援してる”って言ってくれたの。本当に良かった」
「うん、せっかく応援してくれてるんだから、ああしておけば良かったなんてことにならないようにね。お父さんも応援してる」
その嬉しさを抑えきれないように上ずった声で都は“ありがとう”と言った。
友情に恋……都は非常に学生らしい生活を送っていた。
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