**5-1 苦しいのはなぜ。
大人たちがリビングで談笑している間、子供たちはりのとほのの部屋にいた。
彼女らの部屋には二つの勉強机や二段ベッドなど、一人っ子である都や梛の部屋にはないものがあり、初めこの部屋に入ったときは興奮したものだ。
今はもう慣れてしまったが……。
部屋の真ん中にある丸テーブルを囲むようにして四人が座っている。
すぐに昼食になるので、飲み物や菓子類はなにもない。
「ねえこれ見て! これね、図工でりのが作ったんだけど、なにに見える?」
「あーもうやだ……」
ほのがふいに後ろの棚から物を取り出す。
それと同時にりのが呆れたようにため息をついて顔を両手で隠した。
ほのが見せたそれは紙粘土で作られていて、ちょうどほのの手の上に乗るサイズだ。
図工の授業では自分の好きな動物を作ったはずなのだが……。
「僕にはトカゲに見える……」
「違う!」
「うーん、れんこん!」
「れんこんなわけないでしょ⁉︎ 動物だよ、動物!」
どうやら失礼なことを言ってしまったらしい都と梛に対し、若干怒りの感情を含めて“違う!”と叫ぶように言うりの。
球体が二つくっついているような形は、どう見ても動物には見えない。
あまりにも正解が出なかったためりのは今にも泣き出しそうだ。
笑いすぎて涙を浮かべ、ひいひいしているほのが笑いを抑えられないといった様子で言った。
「正解は……サルでした! わからないでしょ、でしょ? あはは」
「どうせ私は芸術の才能なんてありませんよーだ……」
「いじけるなって! あはは、あはっ」
口を尖らせるりのの肩を叩いたほのに、都も梛も同じことを考えていた。
“元はと言えばほのが作品を取り出してきたのに……”と。
いじけるりのにさらに追い討ちをかけるようにほのは自分の作品を取り出して、自慢気に見せた。
「なにに見える?」
「猫!」
都と梛は声を揃えて答えた。
倒れそうになるくらい仰け反り、りのを指さして大笑いした。
「私本当に芸術は無理……」
ほのの意地悪な言葉にりのはぐったりとうなだれてしまっている。
ただのおふざけで出た意地悪なのに、そんなに落ち込まなくても……都はそう思ったが、“芸術”に関することはりのが一番気にしていることだった。
勉強が苦手だということのほうが気にすべきだと都は思うのだが、それに関しては本人は開き直っている。
人の気にしている部分というのはわからないものである。
都が慰めようとりのの近くに寄ると、それと同時にりのの頭には手がぽんと置かれた。
「りのは運動が得意なんだから落ち込むことはないんじゃない?」
りのがその声が聞こえたほうに顔を向ける。
それと同時に都も顔を向けた。
その優しい言葉をかけたのは……梛だった。
思わず都はりのを慰める言葉を失っていた。
「あ、ありがとう……」
小さな声でそう言ったりのの耳は、都でもわかるほど赤かった。
ほのは“おお? おお?”とにやけて二人をちらちら見ていたが、都は下を向いたままだった。
そんな彼女の額には大粒の汗が浮かんでいた。
なんでこんなに胸が苦しいのだろうか。心臓が、痛い。
あはは……別になにかが面白いわけでもないのに、彼女の口からは乾いた笑いが出た。
「都? どうかした?」
「え……いや……」
ほのが都の顔を覗き込んで尋ねた。
彼女の顔は都を心配している顔だった。
慌てて取り繕おうと笑顔を作ったとき、下の階から大声で呼ばれた。
「みんな! お昼ご飯だよ!」
「はぁい」
りのとほのの母親である葵だった。
子供たちは揃って返事をし、下の階へぞろぞろと下りていった。
みんなと一緒に都も階段を下りていたが、心ここにあらず、といった様子だった。
自分の心が自分のものではないように感じられた。
もうすでに食事をし終えた親とは違う、小さなテーブルで子供たちは手を合わせた。
「いただきます!」
元気な挨拶、そして元気に箸を動かして食べ物を口に運ぶ。
美味しい、美味しいとすごい勢いで食べる三人を、都はぼーっと見ていた。
彼女も同じように食べ続けていたものの、味はまったく感じられなかった。
無味の食べ物をただ噛むのは寂しく、なぜだか自分だけが周りから取り残されたような気分になった。
そんな都を、周はじっと見ていた。
彼はそのときなにかを考えているような瞳をしていた。
帰り道、親同士が小学校の運動会の話で盛り上がっている横で、都と梛は二人で話して歩いていた。
話していたのは他愛のない話だったが、都の脳裏には別れ際のりのの表情が焼き付いていた。
梛のほうをじっと見つめて寂しそうに手を振っていた、あの表情を。
昼食の後、りのは梛の耳元でなにやらこそこそ話していたがなにを話していたのだろうか……都はそんなことばかり考えていた。
「……都?」
「え?」
「僕の話聞いてる? なんだかぼーっとしているみたいだったから」
「別になんでもない。心配しないで大丈夫」
笑顔を見せてはみたものの、梛は心配した表情のままだった。
二人の間に少し気まずい空気が流れる。
「あのさ!」
その沈黙を破ったのは同時だった。
「都が先に話して良いよ?」
「いや梛が先に……」
「ううん、僕はいいから」
都は“ん”とだけ返事をして、うつむいた。
そしてゆっくりとその唇を開いて小さな声を絞り出すように発した。
「私ね……梛のことが好きかもしれない……」
その瞬間も、周は都の様子を見ていた。
今度は目を細めてなにかを思い出しているかのような瞳をしていた。
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