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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第四章 成長していく。
28/40

**4-8 親子ともに。

 いつも八時半には起きているみやこだったが、この日は十一時に目を覚ました。

 寝ぼけ眼のまま手探りで目覚まし時計を探し当て、その時刻を見た途端一気にそのまぶたは開かれた。

 リビングへと向かう彼女は足を止めて耳と鼻に神経を集中させた。

 ジュージューという心地良い音が彼女の耳に届き、良いにおいが鼻をくすぐる。

 ——どうやらあまねが昼食の準備をしているようだ。

 外を見るとすでに布団が強い日光に当てられているし、洗濯機が回る音も聞こえる。


「おはよう……昨日疲れていたのかな、寝すぎちゃった」

「おお、おはよう! 休みの日くらいゆっくり寝てな。朝食どうする? そろそろ昼食だから軽めにパンにする?」

「うん、そうする。着替えてくるね」


 都のためにミニクロワッサンをトースターで焼く。

 だがミニクロワッサンを袋から取り出す間も、トースターの熱を調節する間も周の心はここにあらず、というようだった。

 何事もなかったように朝の支度をする都には、やはり昨夜の記憶はないのだろうか。

 思わず彼女の心の中を探る視線を向けてしまう。

 そんな視線に気が付き、支度を終えた都はキッチンに入った。


「なに? ずっとこっち見てるからなにかなって……」


 無意識的にじっと見てしまっていたことに気が付いた周は慌てて笑顔を作った。


「いや、なんでもない。都も大きくなったなあ、と思って」

「急にどうしたの? あはは」


 無邪気に笑う都に合わせて笑ったものの、周の笑顔は引きつっていた。

 都は人の表情から感情を読み取れるような子供だが、そんなに深く考えていないためか、その引きつった笑顔に気付く様子はまったくなかった。


 少しげたクロワッサンを一つだけ皿に入れてテーブルの上に置く。

 都は自分でコップに入れた麦茶をその皿の横に置き、“美味しそう”と嬉しそうな顔をして“いただきます”と手を合わせた。

 手を止めることなく口にクロワッサンを運ぶ都は、つぶやくように言った。


「なんだろ、昨日早めに布団に入ってすぐ寝つけたはずなのに……いつも以上に眠い」

「……え?」

「別に心配することじゃないんだけど、夜中起きてたみたいな気分」


 都が苦笑いを浮かべて言った言葉に、周は過剰に反応した。

 昨夜たしかに彼女の考える通り、彼女は起きていた——ミヤコとして。

 この都の発言によって明らかになったことが一つある。

 それは、“京が現れたとき、都の記憶には残らない”ということだった。

 今までの言動からも予測出来ていたことだが、なおさら謎は深まるばかりであった。

 “京は都の記憶を共有しているのか?”それは今もわからなかった。


 周は二段になった弁当箱の一段目に先ほど焼いていたベーコンや卵焼きを詰める。

 二段目には彼が手で一つ一つ包んだいなり寿司を入るだけ詰め込んだ。

 都が幼稚園に通っていたころに使っていた、キャラクターもののランチョンマットで箱を包む。


「これから猪瀬いのせさんの家で弁当持ち寄って如月きさらぎさんとランチするんだけど……都も一緒に行く? なぎくんたちもいるはずだけど」

「行く! ちょっと待って、まだ歯磨きしてないから……」


 都、梛、りの、ほのの仲も良いが、その親同士も子供たちと同じくらい仲が良い。

 ときどき、三人の都合が合うときにはこうしてランチをしたりもするのだ。

 弁当を持ち寄ってのランチは料理が好きな梛の母親による提案だった。

 今まではレストランへ行っていたので、周は実は緊張していた。

 その数十分後、家の中は照明が消され、静かになった。


 二階建ての猪瀬家の前には梛たちが乗っている車がめてあった。

 インターホンを押すとすぐに扉が開き、双子りのとほのの母親が出迎えてくれた。

 リビングにある机には、双子の父親と梛の母親が座っていた。

 上の階からは子供たちの足音と笑い声……子供はそこで遊んでいるようだ。

 都は走って上の階へ行き、周は机の上に弁当を置いた。


「今日、梛くんのお父さんは?」

「お仕事なの。“花嫁のメイクをする仕事なんだ”って、嬉しそうに家を出て行ったわ」

「相変わらず忙しそうで……」

「本人は楽しいって言ってるから仕事って感じではないかもしれないけど」


 彼女は笑った。

 そのとき、周の腹が大きな音を立てた。


「全員(そろ)ったことだし、お弁当開けようか!」

「はは……すみません……」


 三つの弁当箱を開くと良い匂いが部屋中に漂った。

 如月家はサンドイッチ、猪瀬家はトマトスパゲティだった。

 子供たちを呼ぶと、“後で良い”とのことだったので親だけで食べ始めた。


「サンドイッチ、白いパンのほうがたまご、黒いパンのほうがチョコレートクリームね」

「これ、美味しいんですよね……!」


 どうやら二色サンドイッチは如月さんが良く作るものらしく、猪瀬さんはもうすでにその味を知っているようだ。


「美味しい……これも美味しい……!」


 周はサンドイッチを頬張ほおばりながら三人の顔をじっと見た。

 あずさ……りのとほのの父親と、かえで……梛の母親は姉弟で、さらに四人全員が高校生時代からの友人であり、周は後から仲間に加わった形である。

 初めは四人と自分の間に大きな壁を感じていた周だったが、子供も一緒に出掛けたりしているうちにそんな壁はまったくなくなった。

 ただ話す時間が多かっただけではなく、それはひとえに四人が優しく周を迎え入れてくれたおかげである、と彼は思っている。


 周のいなり寿司を一口食べた梓が彼に笑顔を向ける。


「これ、美味しいですよ! 一つずつ手で包んだんですか?」

「そうそう。油揚あぶらあげのほうはいなり寿司用っていうのを買って来たけどね」

「実はこのトマトスパゲティとハンバーグ、俺が作ったんです。どうですか?」


 最近は梓も料理を練習しているようで、このように周にアドバイスを求めることもしばしばだった。

 周は彼が作った料理を口に入れ、良く味わった。


「前作ってくれたうどんよりも味付けがしっかりしていて美味しいと思うよ! うーん、でも、めんですぎかな……一分くらい茹でる時間短くても良いと思う。ハンバーグはばっちり」

「茹でる時間を短くする……と。ありがとうございます!」


 周が言ったことを復唱した梓を見て、彼の妻であるあおいが笑って言う。


「梓さん、たまに料理作ってくれているんですよ。いつも“周さんみたいになる!”とか言ってます」

「ちょっ……言わないでよ……!」


 焦った梓は、なぜか赤くなった顔を周に向けてぺこぺこと頭を下げた。

 そんな様子を見ていた楓がため息をつく。


「うちのも料理とかやってくれたら良いんだけど、努力をする気もないみたいで……二人が羨ましいよ」


 自分の旦那に対する不満をらした楓をなだめるように言った。


「今度教えます? 誰でも出来る簡単な料理、ありますけど」

「……うん、ちょっと説得してみる!」


 自らの腕をもう一方の拳でこんこんと叩き、にっと笑った。

 そのとき上の階からは子供たちの笑い声が響いてきた。

 その笑い声につられたように、下の階にいる大人たちもみな笑った。

少々問題が生じましたので、“**3-7 新たな環境”のりのとほのの苗字を変更いたしました。

ですが、これから読み進めるにあたり、なんの問題もございません。

申し訳ございませんでした。


 誤字脱字、疑問点などありましたら、感想欄またはメッセージにてお願いいたします。

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