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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第四章 成長していく。
26/40

**4-6 傷跡の形。

 翌日、人工的な揺れを感じてあまねは目を覚ました。

 腰あたりに手を当てて彼の体を揺らしていたのはみやこだった。

 彼女はもうすでにパジャマから着替え終わっている。


「ああ……おはよう」

「おはよう! 今日は土曜日だから、前から言ってた動物園に行きたいんだけど……」


 やや控えめに、言葉を続けていくにつれて声が小さくなっていく。

 普段は積極的に“あそこに行きたい!”というタイプではない都にしては珍しい。

 これでも彼女にとってはわがままなのである。


「もう宿題は終わらせたんでしょう?」


 こくんとうなずく都の頭を撫でると、嬉しそうに笑った。

 周はまだ寝癖がついている髪を手でいてやる。


「やったあ! あの動物園でパンダ見たい!」


 そんな彼女に、周はそっと尋ねた。


「夜中はぐっすり眠れた?」

「うん、眠れた! 五日間学校終えて疲れてたみたい」

「そう、か……」


 首をかしげる都に怪しまれないよう、必死で取りつくろうように笑顔を向ける。

 なぜ周が目をらしたのかはわかっていないようだったが、なにも言わずにリビングへと戻っていった。

 リビングから周の耳に電子レンジの“チン”という音と、ビニールの音が届いた。

 昨夜コンビニで購入したパンを食べているようだ。


 周は両目を手のひらで覆ってうつむいていた。

 本当は昨夜のことをもっと問い詰めたい気持ちが強かったのだが……あまりに強いショックを与えると身体的にも精神的にも悪影響が及んでしまう。

 そう考えるとあれ以上はもうなにも聞けなかった。


「昨日のあれはなんだったのか……」


 ため息混じりにそう言った彼の表情には、複雑な感情がそのまま表されていた。

 リビングへ行くときに洗面所をちらりと覗いたとき、なんの痕跡こんせきも残っていなかった。

 “もしかしたら自分の夢なのかもしれない”。

 それももちろん考えたが、ミヤコの手に触れられた感触はまだ鮮明に彼の頬に残っていてどうにも忘れられなかった。

 嘘であって欲しいし、本当であって欲しい。

 彼の心境はそんなふうに矛盾していた。


 周が一人でため息をついているころ、都は服の袖をまくり上げて自分の肩を凝視ぎょうしした。

 そこには真っ赤なハート型の傷跡。

 先ほど着替えるときに初めてそこに傷跡があったことに気が付いたのだが、まったく見覚えがない。


「こんなところぶつけたりしたかな……?」


 そのとき周がパンの香り漂うリビングに入った。

 都がちょうど良かったとでも言うように自らの手を叩いて目を輝かせた。


「お父さん、知ってた? 私の肩に傷跡があるの」

「……うん、実は知ってた」

「えっいつから知ってたの?」

「都がまだ小さいころ、寝てるときに気付いた」


 なんで教えてくれなかったの! という顔をしてから、またすぐに笑顔に戻った。

 自分の傷跡を指で示して言う。


「これすごいよね、ハート型!」


 傷跡というが痛くはないようで、都は指で肩をぐいぐいと押した。

 ハート型の傷跡を発見しただけで妙に嬉しそうな都を見て、思わず周も笑顔になった。


 白いシャツとデニム生地のミニスカートを身に付けて精一杯おしゃれしている都と、水色のTシャツと黒いパンツというラフな格好の周は二人、動物園に来ていた。

 土曜日の動物園は予想通り、都と同い年くらいの子供とその親がたくさん来園しており、おりの前の道は大混雑していた。

 入園十分で額に浮かんだ汗を拭う周は、あまりの人の多さにぐったりとしている。

 だが都は疲れている様子はまったくない。


「わあ、パンダだ!」


 初めて目にするパンダに興奮し、都は周の袖を引っ張る。

 周りにいる子供たちも彼女と同じような様子。

 それを見て周は自然と笑顔になったが、他の親たちもみんな笑顔だった。


「お父さんはここで待ってるから、近く行って見ておいで?」

「わかった、行ってくるね!」


 そう言った都はたたたたと駆けて行った。

 そして長い間ガラスに近付いて両手をつきじっと見ていた。

 目を輝かせる彼女を後ろから見ているだけで周は動物園を満喫まんきつし尽くした気分になった。


 昼食は少々奮発(ふんぱつ)して“パンダ弁当”にした。

 炊き込みご飯やしいたけなどを並べてパンダの顔をつくった、可愛らしい弁当だ。

 席を取るために先に座っていた都にその弁当を見せると、拍手して喜んだ。


「わあ、可愛い! どこから食べようかな」


 そう言いつつも耳あたりにスプーンを刺して食べる都。

 周はつい“ニワトリ可愛い”と言いつつ鶏肉とりにくを食べるグルメリポーターを思い出した。

 ぱくぱくと食べ続ける都の正面に座った彼は、パックに入った焼きそばを口に運ぶ。

 柔らかい麺と食感のある紅しょうがが絶妙にマッチして美味しい。


「お父さんも一口いる?」


 一口ぶんのご飯を乗せたスプーンを周に差し出す。

 口をぱくぱくさせて“あーん”と言われ、周は若干照れ笑いを浮かべながらもスプーンをくわえる。


「どう、美味しくない?」

「美味しいよ、ありがとう。焼きそばいる?」

「んー……いらない」


 はっきり断られ、今度は苦笑いを浮かべた。

 都と一緒にいるときの周の表情はなにかと忙しい。

 以前周の父親に示したときよりもしわがずいぶんと深くなっているのだった。


 あっという間に日が暮れた。

 動物園の門を出るとき、都は名残惜しそうに何度も後ろを振り返っていた。

 家に帰る電車の中、あの電車特有の揺れが気持ち良かったのか、今日の動物園で疲れたのか……都はぐっすりと眠ってしまっていた。


 ふと、周に頭を預けて眠る都の肩に目が止まった。


「あれ……?」


 今朝都が気にしていたあの傷跡はハート型ではなく、丸型になっていた。

 もちろん、肩にはまったくハート型の跡などなかった。

 誤字脱字、疑問点などありましたら、感想欄またはメッセージにてお願いいたします。

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