**4-4 温かいうどん。
都が、“倉木”という表札がかかった家のドアを勢い良く開ける。
ガチャン、バタンッ……という気持ちの良い音がする。
「パパ!」
リビングへと走って行き、寝転がってテレビを観る周に向けて親指を立てた。
マスクを着けて、額に冷却シートを貼った周は笑顔を見せた。
「そうか、りのちゃんも良かったなあ。いつまでも子供だと思ってた二人がなあ……けほっ、けほけほ……」
「りの、けっこう前から好きだったからね。それで、体調はどう?」
周は咳き込みながら指でバツをつくる。
都に背中をとんとんと叩かれている周は、二日ほど前から風邪を引いている。
この日は夏だというのに寒気がすると言っている。
前日は無理して仕事へ行ったが、客と良く関わる仕事のため今日は行くわけにはいかなかった。
「今日の夜ご飯、コンビニ弁当で良い?」
「私は良いけど……パパはもっと栄養あるものじゃないとだめだよ。作ってあげる!」
「危ないし、パパは大丈夫だから」
都が唇を尖らせたとき、インターホンが鳴った。
外から女性の声が聞こえる。
「中村ですーお父さん大丈夫?」
玄関へ走り、ドアを開けた都は、にかっと笑った。
「まだ体調良くならないみたい。それでね、私、パパに夜ご飯作ってあげたいの」
「……じゃあ今日は一緒にご飯作ろっか!」
「いやいや悪いです! コンビニ弁当で大丈夫なので……」
「良いの良いの、今日旦那は会社の飲み会だから! どうせ家帰っても一人なのよ」
人の良さそうな笑顔を見せる中村さんの勢いに負け、周は“よろしくお願いします”とぺこぺこ頭を下げた。
冷蔵庫の中を見た中村さんが、しばし目をつぶって考え込む。
普段は周が手料理を作るように心がけているため食材が充実しているのだが、今冷蔵庫内はほぼ空っぽだった。
都が悩む彼女の顔を覗き込んでわくわくしたように聞いた。
「材料買いに行く⁉︎」
あまりに嬉しそうに尋ねる都に対し、中村さんは少し驚いた顔を見せたあと柔らかくにっこりと微笑んだ。
「行こうか! お父さん、一人で大丈夫?」
「ああ、僕は大丈夫です! 都をよろしくお願いします。行ってらっしゃい!」
「行ってきます!」
父親として頭を下げ、都に笑顔で手を振った。
それに応え都も手を振り、軽い足取りで玄関へ向かった。
手を繋いだ二人の姿がドアによって見えなくなったとき、周はまたけほけほと咳をした。
中村さんが運転する車は、現在周が留守番している家からもっとも近いスーパーに着いた。
夕飯時だということもあり、買い物かごを持った主婦たちが多くいる中、いわゆる主夫と呼ばれる男性も多く見られた。
彼らは野菜をじっと見て、どれが良いかを見極めてからかごに入れていた。
学生らしき若い男性から、スーツを着た白髪混じりの男性まで見られ、その年齢に関わらず主夫と呼ばれる男性は多いことがわかる。
「最近は男の人も自炊する時代なのねー。旦那は料理なんてさっぱりだけれど……」
“家事は女性がするものだ”という考えが根強く残っている時代に生きてきた中村さんにとっては、家事をする男性は珍しい。
彼女の旦那は家事を一切しない。
だが彼女はそれに対して不満を漏らしたことはなかった。
「なに作ろうか?」
「うどん! 私が風邪引いたとき、パパはいつもうどん作ってくれてたから」
「じゃあ……卵とじうどんに刻み生姜入れようか!」
寒気がすると訴えている周の体を少しでも温めてあげようと考えた。
必要な材料を購入し、すぐにレジへ向かった。
「今日はお菓子とか我慢してね」
「うん、パパを一人にしておくのは心配だもん!」
中村さんは笑顔を見せる都を見て思った。
“なぜこの子はこんなにも真っ直ぐに育つことが出来たのだろうか”と。
家に帰って声をかけても、周の返事はなかった。
その代わり、穏やかな寝息が聞こえてきた。
「なにもかけずに寝ちゃって……」
困ったように笑って、ソファで眠っている周の体にブランケットをかけた。
小さなうめき声を発してもぞもぞと寝返りを打った。
あまりにも気持ち良さそうに深い眠りについているので、二人は足音を立てないように気を付けてキッチンへと入った。
「じゃあ生姜をこんな風に刻んで欲しいんだけど、包丁はもう使える?」
「うん、この間家庭科でじゃがいもの皮剥きしたよ!」
中村さんが切った細い棒状の生姜を見て、同じ形になるように工夫する。
その間中村さんは鍋を用意し、肉などを炒める。
そして都が切り終えた生姜を入れてうどんを煮込み、卵も入れてかき混ぜる。
最後にとろりとしたあんかけソースをかければ卵とじうどんの完成である。
「うわあ、良い匂い!」
都がお出汁の匂いを嗅いでそう言う。
中村さんは微笑み、まったく起きる気配のない周を揺り起こす。
ぱちりと目を開けた周は、ぼーっと周りを見回した。
そして彼の瞳は中村さんを真っ直ぐ捉えたところでその動きを止めて、だんだんその色は取り戻された。
「ああっ! いつの間に寝てたんだろう……すみません、都の面倒見てもらって」
「都ちゃんはなにも困ることはなかったわよ! さ、夕食作ったから。食べられる?」
そう問われた瞬間、周の腹の虫が大声で鳴いた。
彼は照れくさそうに笑い、起き上がって食卓の椅子に座った。
「これ、都ちゃんが作ったのよ」
「都、本当に?」
「うん! この生姜切ったの私なんだよ!」
得意気に胸を張る都に、“いただきます”と言ってうどんを吸う。
「美味しい……! 都、ありがとうなあ」
「えへへ、いっぱい食べてね!」
髪をぐしゃぐしゃとされた都は、嬉しそうに笑った。
そのとき周も目尻の皺をより一層深くして笑っていた。
そして、その楽しそうな姿を見ていた中村さんも微笑んでいた。
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