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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第四章 成長していく。
23/40

**4-3 その感情の名は。

 みやこと手を振り合い、帰宅した後。

 なぎは一人、自室のベッドの上で体育座りをしていた。

 膝に顔をうずめ、うーんとうなる。


 幼稚園に通っていたころ、“あの子が僕と一緒にいたいって言ってる”と母にねだって買ったテディベアが勉強机の上から梛をじっと見つめている。

 彼はテディベアを手に取り、ぎゅっと抱き締めた。


「僕、どうすれば良いのかなあ……」


 そんな梛の言葉は静かな部屋の中へ消えていった。


 そのころりのは診察室で、ほのの診察が終わるのを母とともに待っていた。

 ほのは少し前から風邪を引いており、この日やっと病院に診てもらいに行ったのだ。

 同じ診察室でほのを見ているりのは怯えている様子だが、当の本人は医師に言われた通りに動くだけだ。

 小学五年生になっても病院に行きたくないと暴れるりのは、“ついていくだけだから”と言われてもなお騙しているのではないかと疑って嫌がった。

 他にも、りのだけがピーマンを食べないだとか、宿題をしないだとか……出来の良い子だと言われるほのと比較され、りののほうが出来の悪い子だと認識されている。

 りのはほのと比較して“悪い子だ”と言われることをひどく嫌っていた。


「またあんたはわがままばかり言って……ほのを見習いなさいよ」


 それは母が口癖のように言う言葉。

 その言葉を聞くたび、りのはなにかが胸に詰まったような感覚を覚えていた。


「どうしたの、元気ないじゃない?」

「……ううん、なんでもない」


 彼女もまた梛のように悩んでいた。

 “ママには相談出来ないもん”と心の中で叫び、梛と同じように体育座りをして膝に顔をうずめた。


 翌日、梛はずっとそわそわしていた……周りから見てもわかるくらいに。

 実はりのもそわそわしていたのだが、梛とは違って平静へいせいよそおうのが上手かった。

 そんな二人の様子を黙って見ていた都は、一時間目終了後の休み時間に梛に近付いた。

 そっと耳元でささやく。


「いつ話すの?」


 この日ずっと考えていたことを尋ねられ、梛は一瞬石になったかのように固まった。

 その様子を見て察した都が、彼の返答を待たずにまた囁く。


「今日の放課後、私とほのの班が日直でいないから……」


 彼女が最後まで言うことはなかった。

 それは彼女が考えた中で最高の“いきはからい”だったのかもしれない。

 その優しさに胸がじんと温かくなった。

 都に協力してもらった以上、中途半端なことは出来ない……そう思い、覚悟を決めた。


 彼は自覚していなかったが、その頬は若干赤みを帯びていた。


 放課後、都とほのは先生に頼まれて職員室へ荷物を運びに行った。

 なにも言わないで待つ気満々のりののほうを向き、言った。


「外で待たない?」


 その声は少し震えていた。

 りのはなにも聞かず、ただこくんと首を縦に振っただけだった。


 校舎を出て、校門前まで歩いて行く間、二人は隣に並んでいるというのに一言も言葉を交わさなかった。

 りのもなぜ外に出たのかはわかっており、気まずいのだ。


 優しく吹いた風によって梛とりのの髪はふわっとなびく。

 頬を撫でるその風はべっとりした熱を帯びていて、彼らの顔は赤みを増した。


一昨日おとといのこと。ずっと悩んでて、遅くなってごめん」

「気にしてない、大丈夫。真剣に考えてくれてありがとう」

「答えなんだけど……」


 ずばっと言いたいことを切り出した梛の震える声を、りのの元気良い声がさえぎる。


「うん、“ごめんなさい”、でしょう?」


 弾かれたように梛はりのの顔を見た。

 その表情は、明るく元気な声とは裏腹に、今にも泣き出しそうだった。

 こんなにつらそうな顔を見るのは初めてで、思わず息をんだ。

 彼女はまた梛の返答を待たずに言葉を続けた。


「気遣わなくて良いから。私が気付いてないと思った? 梛が都のこと好きだってこと」

「え……?」

「……もしかして、自覚なかった?」

「それってどういう……」

「良く目で追いかけてる、とか、話してるときに普段より良く笑ってる、とか。つまり、あんたが都に“恋してる”ってこと!」


 恋。恋。恋? 恋……?

 梛の脳内で、“恋”という漢字がぐるぐると回る。

 回って回って回って、やっと漢字の大回転は止まった。

 そしてその漢字がどんどん拡大されて脳内を埋め尽くしていく。


「恋。恋ってこういうことなんだ……」


 “恋”という言葉の意味を理解したとき、梛はそうつぶやいた。

 そのとき、りのは少しあきれたようにため息をついた。

 やっと知らない感情の名前を見つけられてすっきりした気持ち、初めての感情に戸惑う気持ち、なんだか恥ずかしい気持ち……彼の中で様々な感情が一瞬で渦巻うずまいた。


 梛の顔がより一層赤みを増してきたとき、遠くから彼らの名前を呼ぶ声が聞こえた。


「りの! 梛! お待たせ!」


 手を大きく振って走って来る都の額にはうっすら汗が浮かんでいた。

 彼女を見た梛の顔は、ぼっと熱くなった。

 彼の赤い顔を見た都は、“りのおめでとう!”と心の中で祝福していた。

 なぜ彼が顔を赤くしているのか……その本当の理由を知らないから。

 誤字脱字、疑問点などありましたら、感想欄またはメッセージにてお願いいたします。

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